第49話 松原凌馬はかく語りき

 松原凌馬はどういった経緯かは分からないが、精霊の力が混じっているように見えた。


 精霊は人間に取り付き、その身体を乗っ取ることもできる。


 だが、元の人格が強く自我を持っていた場合、完全に支配することができないことがある。

 松原凌馬が乗っ取られていないのは、自我が非常に強固なのか。

 それか、精霊の力が何らかの理由で減衰しているかだ。


 上級精霊を呼び出したことも含め、彼に宿るのは上級のさらに上にいる存在だろう。


 その権能は上級精霊など比べ物にならないくらい、凄まじい。

 であれば精霊の力が減衰している可能性が高いな。


「そのことを見破られるとは思いませんでしたよ。――ですが、だからなんだというのです? 私は上級精霊を無尽蔵に生み出せます。いずれあなたは数で押しつぶされる!」


 松原凌馬はまた手を振り上げ、精霊を呼び出そうとする。


 ――しかし。


 オレは床を蹴って飛び上がる。

 一足飛びで二階に足をかける、そして――。


「来なさい。上級精――ぶべぇ!?」


 そのまま松原凌馬を殴り飛ばす。


 殴った方向と角度は計算済みだ。彼は観客の上を飛び、席と席の間の通路を抜け、壁にぶち当たった。


 オレは見ている視聴者や会場のみんなに向かって言う。


「はい、皆さん! これは悪い見本ですね! べっらべらべらべらと! 話している暇があるなら殴りましょう! そうしたら相手のターンを潰せますからね!」


 松原凌馬は立ち上がりながらいう。


「き、貴様……! この私を殴るなど、恥を知れ!」


 わりと無茶苦茶なこと言い始めたなこのおっさん。

 テロリストを殴ることの何が恥なのか。

 気取った口調も崩れている。


「でもなんかこういう感じ、実戦経験のない学者って感じがしますね! いいと思います!」


 いくら上級精霊より格上の存在が混じっているとはいえ、人間の肉体に縛られている。

 大してレベルも高くないであろう松原凌馬の肉体を使っている限り、上級精霊より少し上くらいの能力しかないだろうことを、オレは知っていた。


「き、貴様……。私は経済学者だぞ……! 経済の第一人者にこんなことして、いいと思っているのか!」


「ほーん?」

 絶対それ関係ないだろ。


「いでよ上級せいれ――」

 そこまで言って、松原凌馬は言葉を止めた。


 オレが地面を蹴って殴ろうとする姿勢を見せたからだ。


 その優勢な状態とは裏腹にオレは非常に困っていた。


 なぜなら――。

 ――このまま終わったら、盛り上がりが足りないな。


 そう考えたからである。


「探索者くん。協力をしませんか? 私はあなたの立身出世を最大限サポートしましょう。力はあっても知恵はないあなたと、知恵の優れた私が協力し合えば、この国の頂点に立つことは難しくありません」


「……なるほど?」


 いいぞいいぞ松原凌馬!

 ちゃんと全部出し切るまで踊れよ?


「君の名前は何ですか? 探索者くん」


「ハルカだ」


「ハルカくんか。聞いておきますが、探索者というのは、他人の都合で使われるだけの、ただの下働きに過ぎません。あなたはそんな場所で終わる気ですか?」


「いいや。ただの探索者で終わるつもりはないな」


 それは本心だった。

 オレは大成功するからだ。


 松原は笑みを深め、満足そうにうなずいた。


「歴史の話を知っていますか? たとえば西部開拓時代のゴールドラッシュ。金を探しに行く愚かな人間たちが大勢いました。しかしその中で最も成功を収めたのは、道具を売った商人たち、そしてそれを税で搾取した政府。真の成功者とは常に上層に存在するのですよ」


「まあ、なるほど」

 それは一つの考え方だった。


「だから私はこの国の頂点に立つ。それが当然なのです。私の考えたプランに従えば、君も私も必ず成功します」


 自分の思想に狂った目で松原は言う。


「それで、続きは?」


「ああ、なるほど。乗り気になってくれましたか。あなたが言った通り、私は素晴らしい力を持つ精霊の能力を多少ですが振るうことができます。ですから、その力を使ってこの横浜を精霊アストラル界化すれば、精霊を呼び出し戦力はいくらでも補充できます。精霊に命じてこうべをたれさせ、首を刎ねればレベルも上げ放題です」


「ふむふむ。それは、ダンジョンではダメなのか?」


「できなくはないですが、最大効率は望めません。ここを私と精霊の領域にすることで、その精霊は無尽蔵の力を使うことができます」


「……領域?」

 そういった特殊な権能を持つ類の精霊か?

 上級の上の精霊は、特級精霊と呼ばれていた――。


 特級精霊は通常の精霊を遥かに凌ぐ、圧倒的な力を有する稀有な存在だ。

 その力は絶大で、大規模な変動や破壊を引き起こすことができる。

 特級精霊を呼び出し、適切に操ることが出来る者は未来においても極めて少なかった。


「その無尽蔵の力で、敵対者を屈服させ、精霊アストラル界化した横浜の政策で自らの名を高めます。精霊に命じれば、ここでは全てが可能となります。私の指揮の下、全ての政策が上手くいくことでしょう」


「そりゃあ、すごいな」

 百発百中で、他の人間ができないことを為せば名はあがるだろう。

 彼が前回の世界線でカリスマ政治家となったのは、その背景があったからだろう。

 自作自演で問題を起こし、誰にも解決できないことを精霊に向かって「やめろ」というだけで、やめさせることができる。


 だから彼は政治の世界で成り上がることができたのかもしれない。


 ……まぁ、最後はあんなことになってしまったが。


「そして、私の部下には環境活動家の佐藤美緒がいます。彼女には、横浜で起きる事件を予言させています。彼女を使って、横浜の調査を妨害すれば、ここで起こったことは誰にも知られることはない!」


 興奮した面持ちで松原凌馬はいう。


 今まで誰にも話せなくてつらかったのかもしれないな。

 オレを含め数千の観衆の前でする演説は、大変気持ちがよさそうだった。


「そ、そんな計画を思いつくなんて……! ……たしかに、それは効果的かもしれないな。あなたはとても頭が回るな……」


 オレは松原凌馬をよいしょしてみる。


「まあ、私ほどの人間になればさして難しいことではありませんよ。君には事情に詳しい探索者役をしてもらい、それを理由に高いポジションにつけましょう。いかがですか?」


「うーん。でも、そんなことをしたら、皆が困るんじゃないか?」

 オレは善良な馬鹿っぽく言ってみた。


「これは多くの人の幸せのために必要なのです!」


「というと?」


「たしかに横浜は消滅し、市民はほぼすべて死亡するでしょう。しかし私はそれ以上に多くの人間を救います! 他国に負けない国を作り、多くの国民を救う! これは、確実です」


「いやでも、そんなの、どうなるかわかんないし。今悪いことしてるんだから、捕まえたほうがいいよね……?」


 若干自信なさげに言ってみる。


 すると松原凌馬は自信満々といった様子で、説得してくる。


「考えてくださいハルカ、私をここで捕まえたら、何人の人々が未来で苦しむことになるでしょうか!」


 松原凌馬は悲痛な顔でいう。

 あと何気に呼び捨てにし始めてるな……。


「それでもいいのですか? それがあなたの望む未来ですか? もしそうなったら、その全ての苦しみは、あなたの手によって生まれたものです!」


 両手を広げ、カリスマ性の溢れる声でいう。


「私がいなければ、日本はもう救いようがありません。政治の舞台裏は腐敗し、真に国民を思う政治家は存在しない」


 そのセリフには一定の説得力があった。


「私こそが、この状況を打破すべく立ち上がったのです」


 松原凌馬は――本当ならばこんなことはしたくない――そう思っているだろうと確信させる話し方、身振り手振りだ。


「私の思い、私のビジョンを理解してください。私がここで成し遂げようとしていることは、一億の国民全てが幸せに生きる未来を築くことです」


 彼は真摯な顔でオレに近づいてくる。


「私を信じて、私の行く道を開いてください。これは単なる私個人の願いではなく、全国民の未来のための、正義のための行動です!」


 切実な声と、顔。


「私を見逃して、私の全てを日本の未来のために捧げる機会をください。そしてあなたも、私と共に新しい未来を築いてください。私たちの手で、真の平和と繁栄をこの国に取り戻しましょう!」


 松原凌馬はオレに向かって手を伸ばす。

 彼の指にはまった特徴的な指輪が青白く光る。


 何も知らず、松原を信じる人間がいたら迷ったかもしれない。

 370万人の死とトレードで仮に1000万人が救えるのならば、数の上での計算は成り立つ。


 ――しかし。


 オレはいう。



「いや、無理だよ?」



 オレは確信を以って告げるが、松原はまだ説得を続けてくる。


「今一度考えてみてください……! あなたは、一億を苦しませてもいいのですか……!?」


「だから無理だよ」


 だって知ってるもんな……。

 あんたさ、8年後か9年後あたりに、大炎上して消えるもん……。


 松原凌馬は未来において、他国の放ったハニートラップに早々に引っかかる。

 彼の息子ともども、ハニトラの餌食となり、かなりめちゃくちゃな政策を連発。

 国民にそれがバレ、追及が始まる――といったところで、彼は謎の死を遂げた。


 彼の理論からいえば、逆にいないほうが国民のためになる人間ということになる。

 それを知っているのはこの世界でオレだけだった。


「な、なぜです……!? なぜそう思うのですか? くだらない正義感ゆえですか? 若さゆえの無思慮ですか? ハルカ、そのようなくだらない思想は捨て、賢くなりなさい……!」


 ……現状否定する要素は何があるだろうか。

 未来を知っているといっても信じてはもらえないだろう。


 いかん。理由が思いつかない……。


「いやほら、あんた、ハニトラ引っかかりそうな顔してるし……」


「……顔!?」

 松原凌馬は何一つ理解できない、考えることすら無駄だと直感で感じているような、虚無った顔をした。


 いや、さすがに顔はまずいか――下手すりゃ炎上沙汰だ――オレはそう思って話を変える。


「それに経済学者だよな? お金持ちなのか?」


「まあ、そこそこ裕福ではあるが……」


「じゃあダメでしょ。経済学者ならお金持ちじゃないとさ」


 オレが言うと松原凌馬は戸惑いを顔に浮かべた。


「ええ……?」


「経済の動きがわかるなら、株式や為替市場で大儲けできるだろ。なのにできてないなら、後付けで判ってる振りしてるだけじゃないの?」


「ふ、増やそうとすればこれからいくらでも増やせます。いくらでもです。お金が欲しいなら、私につくべきですよ! 成功が約束された道に……!」


「それは確かに、あんたの提案に惹かれる気もするんだけどさ。無理だよ」

 オレはとても残念そうに言ってみた。


「な、なぜ」


 オレは彼の問いには答えず、別の問いを投げる。


「そういえば、松原凌馬さん。あなたの協力者って誰でしたっけ? 環境ナントカの」


「佐藤美緒です! 彼女もまた有能な私の手足です! 私と彼女と君の三人で頂点を目指そうじゃないですか!?」


「いや、佐藤美緒さんともども、あんたもう終わってるからな」


「え……?」




「だってこれ今ネット配信されてるもん」




「……は!? 電波は遮断されているはず……!」


 オレはやれやれと肩をすくめさせた。欧米人のように。

「でもなんか繋がってるんだよねぇ……」

 正確には水無月璃音が復旧させてくれたのだが。


 松原は汗をだらだらと流しながら、ポケットからスマホを取り出した。

 そして。


 ――彼は死んだ顔になった。


 たぶんスマホで電波状況を確認したのだろう。


 彼はネット配信されている中で、犯罪を実行し、あまつさえこれから自らの行う予定の犯罪をすべて白状したのだった。






   ◆SIDE:シンガポールのアイドルオタク◆


 シンガポールに住む一人のアイドルオタクがいた。

 この国では日本のポップカルチャーはかなり人気が高い。日本食も含め、日本文化はかなりの尊敬を集めている。


 彼もまた日本文化を好意的にみる人間の一人だ。

 今も自宅で星辰メイズというアイドルグループが行っているコンサートの有料ライブ配信を見ていた。


「最高だなあ……星辰メイズ。日本にいって会いたいよ」


 彼はパソコンの前で呟いた。

 星辰メイズのコンサートは実際に最高であり、今最も熱いエンターテインメントだと彼は思っていた。


 突如、画面にノイズが走った。一瞬、何か幽霊のようなものが見えた気がして、彼は怖くなった。

 だがその後画面は黒くなり、何も映さなくなる。


「なんだ。トラブルか……?」


 不可解な想いを抱き、大好きなライブが見れないことに多少腹を立てながらも、彼は配信が再開されるのを待った。


「あーあ。現地組はいいなあ。今頃、渚のダイナミックなダンスを楽しんでるんだろうな」


 そしてしばらく待つと、配信が再開された。


「……なんだこれ」


 そこではもうコンサートは行われていなかった。


 多種多様な精霊たちが、会場にいた。


「これ、大丈夫かよ……!?」


 これは大事件だ――と感じたとき、彼が知らない日本語の単語が聞こえた。


『バーカ!』


 なんだ、これは……?


「Barrrrca……? どういう意味だ……?」


 疑問に思う間もなく、精霊たちが次々と消滅していく。


「ワオ! ファンタスティック! 何が起きてるんだ!?」


 彼は自分の知っているオタク仲間に、ScypeやThitterで連絡をし始めた。




   ◆同時刻 アメリカ東部のアイドルオタク◆


 アメリカ在住のアイドルオタクは、オタク仲間からの通話でたたき起こされた。

「なによぉ……。こんな時間にぃ……。時差を考えてよね、時差をぉ……」

 電話してきたのはシンガポール人だ。


 現在シンガポールでは18時。

 そしてアメリカ東部では朝の5時だった。


「悪い悪い! でもそれより見てくれ! 星辰メイズのライブ配信を!」


「アタシ、タイムシフトで見るって言ったじゃない……。仕事あるんだから……いい加減にしてよねジャスパー……」


「いいからマジで見てくれ! 見ないと後悔するぞ! 大変なことになってんだ!」


「うるさいわねぇ……今課金するから……」


 そして、ライブ配信を見たとき目が覚めた。


「なにこれ……!? Barrrrka? 何このコール、この演出! 見たことないわよ!?」


「演出じゃないよ、ジェシー……! 精霊テロが起きてるんだ!」


「は……!? 精霊!? 正気じゃないんじゃない!?」


「それをこの、退魔の呪文『Barrrrca』で追い払ってるんだ!」


「……大丈夫?」


「こいつらはきっとジャパニーズ・エクソシストだよ! オンミョッジってやつだろ!」


「今すぐ皆に拡散するわよ!」


「オーケージェシー! 仕事はどうする?」


「何言ってるのよ。――今日は初めから休みよ! そういうことにするわ」


「ナイスだぜジェシー!」



────────────────────────

あとがき


皆様、ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

これからどんどん盛り上がってくるはずです!

明日もお楽しみにしてください!


期待をわずかにでも感じた方は、★とフォローをよろしくお願いします!


また、すでに★やフォローをくださってる方にはただただ感謝を。

たくさん反応を頂き、とても嬉しく思っています!


なんとかランキング10位以内に入りたいと願っております。

もしよろしければ、お手伝いください!


これからも、皆様に喜んでいただけるような作品をお届けするために頑張りますので、今後ともよろしくお願いいたします!



もちぱん太郎

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