第51話 絶対的存在
「というわけでこの生配信の内容は今から『精霊王を倒して横浜を救ってみた!』をやってみようと思います!」
だが、オレが言った次の瞬間、コメントが途切れた。
配信が切断されたのだろう。
それどころか目に見える風景が全て切り替わった。
暗闇。
気付けば、周囲には、色とりどりの光が踊っていた。
それぞれの光は精霊たちの息吹だった。
時折、それらの光が絡み合い、新たな色を生み出しては消えていく。
それは、まるで生命の営みそのものを見ているかのようだった。
オレは別世界にいた。
――おそらくは、
この世界には確固たる物質が存在せず、全てが流動的だった。
目の前にあるのか、遠くにあるのか、わからない。
地面すらも確かではなく、一歩踏み出すたびに足元が波立つ。
空間そのものが、精霊たちの思念や意識に反応し、その形や色、光が変化している。
何万もの意識が絶えず交錯し合い、それに呼応するように世界は激しく変動する。
そこでは、時間の概念も曖昧で、一瞬で永遠が過ぎ、永遠の中で一瞬が芽生える。
そんな感覚に包まれる。
「ここが
通常、
今のオレのように、肉体ごと連れ去れることはありえないはずだった。
だが、その横紙破りやってのけるのが、目の前の精霊王なのだろう。
『貴様……。何故、当たり前のような顔でこの空間にいられる……ここは、ただの精霊界ではない――余の、月の領域ぞ――?』
精霊王は、厳かに言った。だが、声にはわずかに戸惑いが感じられた。
「ふむ?」
『ここはすべてが流動的であり、時間の感覚すらない場所。ただの人間が、そのように何事もない顔をしていられることは、あり得ぬ』
たしかにここは前後左右も、時間の感覚も、自分が人間という意識さえ、失いそうな空間だ。
通常の人間であれば、いるだけで気が狂うであろう場所。
「……ああ。最初はちょっとびっくりしたな。でも、もう
戸惑ったのはこの世界に来た瞬間だけだ。
一秒も経たない間に、オレはある程度この場所に適応した。
『あり得ぬ……。貴様、人ではなく、我ら精霊の類ではないのか?』
「いいや。人だよ。それより元の場所に戻してくれないかな。精霊王さんよ」
『ふむ――しかし帰ることを望んでいるようだな。たとえ平気な顔をしていても、心の奥ではそうではないということか。――しかし、断る。あちらの場所で余が力を振るえば、我が国民となるべき者を巻き添えにしてしまうだろう。肉片一つすら残らず吹き飛ばしてしまえば、余の配下の精霊を降ろすこともできぬゆえにな』
――そういう話じゃ、ないんだよな。
こんな電波のつながらない場所では、配信ができないからだ。
まったく繋がらないというわけではないようで、先ほどから微弱に繋がったり切れたりを繰り返している。
この電波強度では電話することも難しければ、配信などもってのほかだろう。
おそらくこの場は横浜に非常に近しい――というよりも、同じ座標にある場所だろう。
これから横浜にとって代わるはずの精霊界が、ここなのだと見当をつける。
『では、塵のように消えゆけ。人間』
月の精霊王が言うと、空間が歪曲した。
月の光を用いて、世界を捻じ曲げるかのような、人には理解できない攻撃。
オレの右腕がはじけ飛ぶ。
ひじの少し上から先が、そっくりそのまま、消失した。
元からそうでないことを証明するように、腕からは血がどばどばと勢いよく流れ出る。
死を免れない大怪我だ。
――オレじゃなければ。
オレは腕が消し飛んだというのに、心にわずかなさざめきもなかった。
「ああ、なるほどね。ここはそういう場所なのか」
オレは何のことはなしに言った。
『……なぜ、防げた人間。貴様は今の一撃で
「腕とったのも、あんまり意味がないけどな」
次の瞬間に、消滅させられたはずのオレの右腕はもうそこにあった。
何事もなかったかのように、オレの腕は無傷で存在した。
『……何をした?』
「何といわれてもな。回復させただけだよ」
『貴様……余を謀ったな。この空間に、相当慣れている。幾万年、いや、数十万年以上の時を経た精霊か……』
その声には間違いなく驚愕の響きがあった。
「誓って言うぜ。オレはこの空間、初めてなんだよ。でもだいたい分かったし、さっきのお前の攻撃でさらに理解は深まった。ここでも向こうでも、もうどっちで戦っても変わらんよ」
攻撃の出し方。魔素の集まり方、精霊力の流れ、効果を及ぼすまでのわずかなタイムラグ。
そういったものを複合するだけで見えてくるものがある。
『そのような馬鹿なことがあるか……! この空間に初めて来て、もう慣れただと? 理解しただと? 余ですら完璧に理解できぬ法則を人間如きが、あり得ぬ。戦いながら、いや、攻撃を受けただけで成長したとのたまうか。王に虚偽を述べるとは痴れ者が――』
月の精霊王は信じてくれない。
だが、事実は精霊王が『あり得ない』といった内容そのままだった。
「戦いながら成長? そんなの、当たり前にできなかったら、オレはもうとっくに死んでるよ」
前の世界線でな。
死というものを体感すれば、わかる。
よく死の瞬間に時間が引き延ばされるというが、それは正しい。
死に瀕すると脳の処理速度が爆速的にあがるのだ。
死なないために、普段は意識の外にはじき出すような小さな情報まで取り入れてくれる。それをもとに思考を進めてくれる。
そういった経験をして乗り越えれば、精神のレベルが急成長する。
成長を終えた状態でまた死にかければ、また脳が爆速で自らを成長させてくれる。
ただひたすらそれを繰り返す。万に一つの可能性を数えきれないくらい引き続ける。
そうしたら、精霊王が信じられないと言っていることができるようになる。
ただそれだけの話だ。
ごく当たり前の事だ――とオレは思った。
「だから、なぁ、元の場所に戻してくれよ。頼むからさ。じゃないと配信できないだろう?」
『
月の精霊王は言葉を力強く発した。
「そういうのはいいから、元の場所に戻してくれって。それか電波繋がる場所に行こうぜ?」
オレは微動だにせず言った。
実際、自分で帰る方法を探すことはできなくはない。
だが、自分でこの世界の解像度を深め、元の場所に戻る技法を使えるようになるには、少し時間がかかりそうだった。
『人よ……貴様の死体は余の器にするに相応しい』
「ああ。そっか――。おまえ、俺の話を聞く気がないよな」
もう一度、不可視の空間歪曲攻撃が飛んでくる。
だがそれはもう、オレの身体に傷一つつけることはできなかった。
発生する前に、消滅させた。
「そうか……。配信が繋がらないんじゃ、舐めプも魅せプも要らないよな」
――視聴者に理解できるように戦う必要などもない。
「じゃあ、
オレの声がただただ平坦になった。
前の世界線で、死地において、よくなっていた状態だ。
感情を排し、ただ目的を遂行するだけ。
――
オレの腕がつぶれようが足がもげようが目玉がえぐられようがどうでもいい。
そんなものは後でどうとでもなる。
ただ目の前の敵を殺す。
殺せば先へ進むことができる。
先へ進めなければ自分が死ぬ。
そんな思考法。
とはいえ――この程度の相手にもう傷つけられる気はしなかった。
『余の配下よ、こやつを殺せ……! 身体は残しておくことを忘れるでないぞ!』
月の精霊王、ルナー・マジェスティがいうと、無数の精霊が出現する。
それらの多くは月の精霊であり、特級精霊が数多くいた。
特級精霊は、外の世界で会う王級精霊に匹敵する力を持っているように感じられる。
どれだけ多くの探索者が集まったところで、現状ではこの特級精霊一体を倒すこともできないだろう。
だが――。
それら特級精霊たちが、はじけ飛ぶ。
オレは精霊たちを見ることすらしなかった。
出現した
初級も、
中級も、
上級も、
――特級も。
すべてが、等しくちり芥に過ぎなかった。
『な、何故だ……!? 余の配下たちが、なにゆえ……!?』
何も理解できていない月の精霊王があまりにも哀れだった。
その存在ごと消滅させる前に、一言だけ告げる。
「月の精霊王。お前はもう見せ場も何もなく、ただ塵のように消えるだけだ。オレにとってお前は、足元に転がる石ころと何ら変わらない。感情の動き一つなく、ただ拾って退かす。それだけだ」
『全兵力を集め、あの人間を――消滅させよ! もはや遠慮など要らぬ……!』
精霊が現れ、弾ける――その速度が上がった。
月精霊たちの全力はその程度の意味しかもたらさなかった。
『貴様はなんだ……! なんだというのだ……! 人ではない! ダンジョンマスターでも魔王でもない! 精霊というには逸脱しすぎている……! 貴様は、貴様は……!』
「……たしか、こうだったかな」
月の精霊王の身体が歪んだ。
腕が歪み、身にまとった鎧の軋む金属音が響く。人であれば腕も身体も、ありとあらゆる骨が折れるような状況。
その場に至って、ようやく月の精霊王が言った。
『すまぬ……! すまぬ……! 余が愚かであった! 許してくれ……! 余はまだ消滅しとうない……! ようやく五千二十二歳になったばかりの若造――いや子ども――いや赤ちゃんなのだ……! 許してくれ……! よく、松原の奴が学生にさせていたことをお前にする……! だから……!』
言って月の精霊王は、骨の折れた身体で、跪いて――。
土下座をした。
だがそれが見逃す理由にはならない。見逃しても見逃さなくてもどちらでもいいが、オレは月の精霊王を消すと、軽い気持ちとは言え、一度オレが決めたのだ。
ならば殺さねばならない。
オレは至極どうでもいい気持ちで、月の精霊王の命を刈り取ろうとした。
――その瞬間だった。
【つながった!!!!】
【ハルきゅん!? 大丈夫!? 消えちゃったけど!】
【ハルカくん負けるな! がんばれ……!】
【え、どういう状況!?】
【あのすごそうな精霊、土下座してない!?】
コメントが復活したのだ。
配信が再開したようだった。
【ようやく復活できたよ。褒めていいからね。RM】
【何↑のコメント?】
RM。おそらく――リオン・ミナヅキ。
彼女がなんとかしてくれたのだろう。
だからオレは――
「ぐ、ぐわあああああ!」
オレは叫んで、
わざと唇をかみ、口の端から血を流す。
背中を精霊界の地面にたたきつけられ、腕がおかしな方向に曲がっている。
というか、自分で曲がっちゃうように地面に叩きつけた。
「く……やるな。さすが、月の精霊王……。オレの力じゃ、足りない……強すぎる……。化け物かよ……」
オレは荒い息をつきながら、戦慄したかのような声を月の精霊王にかけた。
『え? なに? どうなっているのだ? え? もしかして余、覚醒した? 余の真の力、目覚めちゃった……?』
月の精霊王は混乱していた。
そして、しばらくして納得する。
『は、ハハ、ハハハハハ! なるほど……なるほど……。これが貴様が言っていた『死の間際の成長』か……』
月の精霊王はクククと笑った。
月の精霊王の自己肯定感があがったのだろう。
意志力の生物である精霊としてのパワーがあがっていくのを感じる。
月の精霊王は見下すように言った。
『余はァ、貴様を超えている……! だが、王たる余を愚弄したのだ! 貴様はもう終焉を迎える以外の道はすべて閉ざされている……。覚悟は良いな? 人間』
月の精霊王は勝ち誇りながら、オレに迫ってきた。
「くっ……。こんな化け物と戦うハメになるなんてな……。さすがに、勝てないかもしれない……」
オレは『苦戦して頑張って倒すムーブ』を演出していた。
◆オマケ◆
◆RANK1 低級精霊
低級精霊は最も基礎的な存在であり、その力は小規模ながらも多種多様だ。主に日常の助けとなり、一般的な戦闘での支援も可能である。その活動領域は狭く、大きな影響を与えることは出来ない。
◆RANK2 中級精霊
中級精霊は特定の環境や状況において優れた力を発揮する。これらの精霊は複数の特性や魔法を操り、特定の領域において戦況を有利に導く能力を秘めている。
◆RANK3 上級精霊
上級精霊の存在は、その強大な力によって戦場の絶対的支配者とも言える。その特性を活かし、戦局を大きく左右する能力を持つ。様々な戦略や組み合わせが可能となり、深みと幅広さが求められる。
◆RANK4 特級精霊
特級精霊は通常の精霊を遥かに凌ぐ、圧倒的な力を有する稀有な存在。その力は絶大で、大規模な変動や破壊を引き起こすことが可能。特級精霊を呼び出し、適切に操ることが出来る者は極めて少ない。
◆RANK5 王級精霊(精霊王)
王級精霊は領域の支配者としての存在であり、特級精霊以上の力を持つ。その力は特定の領域において絶対的。彼らの役割は、領域の秩序を守り、そのバランスを維持すること。自分の領域を持たない場合、自分の領域を作ろうとする習性がある。
────────────────────────
あとがき
皆様、ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
いかがでしたでしょうか!?
個人的には良いのではないかなと思っていますが、皆様と感性がずれてないか心配もしております。
ハルカつえー、もしくはハルカひでーなどと感じた方は、★とフォローをよろしくお願いします!
また、すでに★やフォローをくださってる方にはただただ感謝を。
たくさん反応を頂き、とても嬉しく思っています!
なんとかランキング10位以内に入りたいと願っております。
もしよろしければ、お手伝いください!
これからも、皆様に喜んでいただけるような作品をお届けするために頑張りますので、今後ともよろしくお願いいたします。
もちぱん太郎
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