第21話 《SIDE:鈴木真白2》
――それは幻聴ではありませんでした。
夜の、山間の廃工場。
――もう二度と会えないと思っていたのに。
木々と金属の匂いしかしない、こんな場所に。
――わたしが――こうだったらいいな、と――そう考えた妄想なんかじゃ、ありませんでした。
ずっと頭の中に思い描いていた男の子がいた。
彼は幻影や残像ではなく、確かな質量をもってそこにいた。
「助けに来たよ。――真白」
彼がそんな意図のセリフを言った。ちょっと細部は違ったかもしれないが、要約すればつまりはそういうことだった。
真白はハルカを見つめた。
――かわいくて、かっこいい。頼りになる。素敵。佇まいは美しく凛々しい。声はまるで鈴――いいえ、鈴なんかよりずっとずっと軽やか。鼻筋も通っているし、眉毛もかっこいい。目なんか、その瞳で見つめられたら月すらも彼に恋に堕ちてしまいそう。耳はふにふにしたいし、耳の後ろすらいい匂いがしそう。身体はぱっと見たら細く見えるけど、たくましくて頼りがいもある。鎖骨なんか全人類を誘惑しているに違いない。まだ見ぬおへそも、さらけ出せば、きっと太陽すら恥ずかしくて隠れてしまうだろう。この世全ての尊いものを集めてもまだ足りない。神ですら彼の尊さの前には膝をつくだろう。
真白の脳内では、一日中ずっとハルカが完全リピートされていた。
美化という言葉が生ぬるいほどに美化し、神格化すらしていた。
否。
神すら凌駕していた。神も彼に取ったら付属品にしかすぎない。
それほどに、真白は妄想を
とにかく、そんなハルカが絶望に落ちた自分を助けに来たものだから、真白はもうたまらなかった。
尊さのあまりに吐血しそうだった。というか多分していた。
――あああああああああ! 今はるきゅんがわたしに微笑んだ! 微笑みました! 真白、大☆勝☆利! です! うわああああ! 手も、手も振りました! 見ましたか!? ねえ、見ました!? はるきゅん! お姉ちゃんはここですよー!!! わたし今日死ぬんですか!? あああ! そういえば死ぬんでした!! はるきゅううううん!!!
真白は興奮のあまり、震え、咳き込んだ。
ハルカが自分のためにここまでしてくれている。
そのことだけで、天上に昇ってしまいそうだった。
真白をさらった男たちが何かを言っているが、半分くらいは耳に入ってこない。
――はるきゅん――尊すぎます。
ハルカが禍々しさすら感じる斧を取り出す。かっこ∃。
その斧を振った。
それだけで、車が横に真っ二つになり、なんかその辺の他のものも砕けた。
―― ( ゚∀゚)o彡゚はるか! はるか!! ( ゚∀゚)o彡゚はるか! はるか!!
――ああああああああああ! はるきゅんがピースしてるううう! かわいいいい!!
真白はハルカの素敵さ(真白特攻倍率×10000)の攻撃を受け、くらくらしていた。
しかし、真白の耳がハルカのピンチをとらえた。
脳内の妄想がすべて止まり、抗いようのない、救いようのない、ただただ冷たいだけの現実が目の前にはあった。
それは、つけるだけで、身体能力が低下する指輪だった。
もしハルカがすごく強くても、そんなものをはめてしまえば、勝てるはずがなかった。
一匹のアリは象に勝てない。
ただ、それだけのことだ。
先ほどまでの熱は一気に冷めてしまい、恐怖が脳を支配する。
真白は持ちうる気力全てを使って叫ぶ。
喉が痛い。
裂けそうだ。いや、裂けたかもしれない。
血と咳を入り混じらせながら必死になって叫ぶ。
――だめ! だめです! ハルカくん……! そんなのつけたら……! わたしなんて、見捨ててください! ハルカくんが、誰よりハルカくんがいちばん大事です……! だから――!
ハルカは真白に向かって優しく微笑んだ。
「だから、君は黙ってオレに助けられなよ。安心していいよ。約束する。オレは今日、君にたった一つの傷もつけさせない」
そんなセリフすら言ってみせた。
きっと、ただの強がりだ。
だって一般人が探索者に勝てるはずなんかない。
強がりでしかない虚勢。
彼は、それを強がりにみせないほどの、心の強さも持っていた。
そして――そんな恐ろしい指輪をつけたというのに。
ハルカは、結界を、真白に使った。
――そんな。なんで……。なんで……。
愛しさと切なさと悲しさと怒りと、そして、わずかな――心強さを感じていた。
真白でさえわかる。
常識だった。
だというのに、ハルカは、ずっと強がっていた。
絶対勝てないはずなのに笑みすら浮かべて――。
探索者二人の素早い攻撃を、ハルカがぎりぎりかろうじて回避していた。
――なんで、そこまでするんですか……。わたしの、ために?
涙と、血があふれる。もしかしたら、噛んだ唇の血も混じっていたかもしれない。
どれほど、つらい時間が過ぎたことか。
ハルカはそのすべてに耐え、避け、凌いだ。
――なんて、立派なんでしょう。はるきゅん。
そして悪徳探索者すら倒してみせた。
夢ですらありえない圧倒的荒唐無稽。
ハルカはそれを、何事もないかのように為したのだ。
ハルカが真白に近寄ってくる。
「はる、か、くん……」
「真白ちゃん、さん? 大丈夫? すぐに助けられなくて、ごめんね」
すぐ助けるなんて、そんなことできっこないのはわかり切っていた。
そこまで真白を早く助けたかった――というハルカの気持ちが伝わってくる。
「い、いいんです。けほ、いいんですよ、はるかくん……。わたしのために、こんな、危険なことを……」
「全然危険じゃないから、大丈夫だよ。気にしないで」
危険じゃないはずなんてなかった。
一歩間違えば死ぬような状況だった。
それなのに!
――わたしを心配させまいと、配信までして、平気なフリして、戦って。
「そんな……。危険じゃないはず、ないじゃないですか……。絶対、無理な状況なのに、無理して、大丈夫みたいに、ふるまって……」
「えぇ……そんなことないんだけどな……」
困ったように笑うハルカ。
彼の心はなんと温かいのか。
なんという広い心を愛情を持つ人なのか。
「ほんとうに、ありがとうございます……」
「まぁ、いいけどな……」
ハルカは気にさせまいと、どうでもいい、といった態度をとってくる。
――そんな態度とっても、お姉ちゃんにはわかってるんですからね。はるきゅん……。
そう思うと、じわ――と胸の奥が温かくなってくる。
これは、きっと、愛だ、
心のうちに愛が湧いてきた。
ふと、一つの考えが真白の頭の中に生まれる。
だめ。だめだめ!
そんなことしたらだめ!
でもちょっとだけなら!?
真白の心の中の天使と悪魔が綱引きをしていた。
その間隙を縫って、真白本体は心を決めた。
――よし! やっちゃいましょう!
「助けられたわたしが、することじゃ、ないとおもいますけど……」
建前的にちょっとためらいをみせる。
それから、ハルカの頭に手をのせる。
――ああああ! 髪が! 髪が! さらっとしてつやっとしてあああああ! くんかくんかしたい!!! だsdfrくぁrfdgvsdg!!!!
「よし……よし……。えらい、です、よ……。よく、がんばりましたね……」
――わたしは心の中の吐血を無理やり抑えて言った。
壊れものを触るように、優しくなでる。もし真白が触れたせいで壊れてしまったら、それは世界の損失だ。
緊張と興奮で息が荒くなっていく。
――嗚呼。もう死んでもいいです。嗚呼――やっぱり駄目です。はるきゅんと配信者しなきゃ……。
――ああ。神様――時間を! 止めてください!
――ですが願いは叶うことはありませんでした。その甘いような嬉しいような、切ないような、それでいて温かいような――そんな時間は、無遠慮なサイレンの音で終わりの時を迎えたのでした。
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あとがき
ここまで読んでくださってありがとうございます!
真白ヤバ! と思った方はぜひ★やフォローで応援お願いします!
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本当にありがとう!!!
応援コメントもありがとう! おすすめレビューと合わせて、見てでゅふでゅふしてます!
明日の分は今日投稿しました! つまり明日の分はまだないです! ストック作らねばならぬのに……!!
本当に皆さんありがとう!
応援されてるから書けてます!
これガチです!
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