第18話 お茶の間のヒーロー

「こんばんはー! ハルカです! 今日はですね! この前のチンピラ探索者にさらわれた少女を助けに来ました!」


 そんなことを言いながらオレは無造作に廃工場の敷地内入っていった。


 真っ暗な山の中にその廃工場はあった。


 星と月――その灯りでぼんやりと見える姿は、人工物だというのにどこか幻想的だった。


 夏のぬるく湿った夜の風がオレの頬を撫でる。

 木々の香りと金属の匂いの入り混じった、独特の香りが鼻をつく。

 廃工場はかつての鉱山にあり、以前は鉱石の精製をしていた場所だった。


「ようやく来たかクソガキィ! 逃げなかったようだなァ!」


 その声の先にはチンピラ探索者がいた。

 昨日の三下っぽい男だ。

 さらに、アニキと呼ばれた男の他に、もう三人ほど人数が増えていた。

 彼らの周りは、二台の黒い車から放たれる無遠慮なライトで照らされている。


 その奥に、少女がいた。

 月の明かりで照らされた白い髪の少女――真白ましろが目を見開いている。

 オレに向かって何かを叫ぼうとして、叫べずに咳き込んだ。


 オレは咳き込む少女に向かって『大丈夫だぞー』と伝えるように、にこっと笑って手を振ってみた。

 真白は苦しそうに胸を押さえている。


「おいおいクソガキ。いまさら後悔してもおせえからな?」


 オレはチンピラ探索者の様子に違和感を覚えた、


――ん? こいつ、昨日はあんなにライブ配信に怯えていたのに。今はまったくそんな雰囲気じゃないな。


 顔と犯罪バレしても逃げる算段がついているのか、電波妨害装置ジャマーを用意したか。

 すぐにその答えに気付く。

 オレの使用している配信機材に電波の状況が悪くなった知らせがあった。

 魔素を通じてオレの脳内に直接伝わってきた。

 ダンジョンが生まれてからしばらく経った結果、魔力・魔素などを用いた製品は一定数出ている。


 ダンジョン配信関連の道具は、そのあたりの技術が使われているものが多かった。

 オレの機材もそういった最新のテクノロジーが入ったものに、買い換えていた。


――なるほど。近づくたびに電波強度が下がるな。ってことは電波妨害装置ジャマーか。


 オレが視線を巡らせると、車の影に黒い金属の箱が置かれている。

 大きさは約50cm×50cm×30cmほどだ。

 数個のツマミとLEDランプがついている。


 実際に配信を妨害できたところで、オレがすでに先日のチンピラと言っているため、特定されてしまうことは少し考えればわかるだろうに。

 短絡的だな。

 実に愚かだ。


 チンピラ探索者は半笑いでオレに向かって口を開いた。

「わざわざ来たってことは、自信過剰の馬鹿なのかぁ?」


 ある程度近づくと、もはや電波は完全に遮断されてしまっている。


「昨日はよくもハッタリ聞かせてくれたな? 所長に聞いたら、おめえのことなんか知らねえってよ。そんなすぐわかる嘘をついて、後でどうなるか分からなかったのかァ?」


 チンピラ男も、周囲の男たちも馬鹿みたいに笑っていた。


――こいつら楽しそうだな。


 だからオレも一緒になって笑ってみた。

「あっはっはっは、こりゃぁ、ケッサクだぜぇ!」とオレのセリフである。


 チンピラ探索者は笑ってたかと思えば青筋を立てはじめた。

 情緒不安定か?


「なんだてめえ。馬鹿にしてんのか、オラ」

「実はわりとしているかな」

「所長の名前を出したから昨日は見逃してやったんだってコト、わかってんのかァ?」


「忘れっぽいのかな? 藤岡も歳だからなぁ。もう一回聞いてみ? その電波妨害装置ジャマー切ってさ」


 オレが鼻で笑ってからいうと、男たちの雰囲気が変わった。


「気づいてやがったみたいスよ。アニキ」

「は。気づいたところで何もできやしねえよヤスぅ。俺らをナメやがった小僧をカタにハメねえと、俺の男が下がっちまうからなあ。殺して埋めるぞ」


 オレは目を丸くした。

 馬鹿にされたから、殺しとかないと、周りの目が気になる……ってコト!?


「わざわざオレを呼んだ理由って、そんだけ? オレがふざけた態度とったから、オレを殺したい。本当にそんだけ? 嘘だろ?」


「残念だけど、嘘じゃねぇーんだよなァ。ねぇアニキ? クソガキ、てめえはくっだらねえ正義感出したからここで死ぬんよ。ブァーカ」


――本当にそれだけの理由で? 単に気に食わなかったから――?

 もしオレであれば、そんなくだらない理由でオレを敵には回さない。

 絶対にだ。

 何を天秤の向こう側に置かれてもワリに合わない――というのは自己評価が高すぎるかな。


――まぁ、実際争いごととかせずのんびりチヤホヤされて暮らしたいしな。強い相手と戦うなんてバカらしいな。


「にしてもアンタなんかムカついた・・・・・・・・だけで余計なこと・・・・・をしたから失敗するとか、ダーウィン賞でも狙ってんのか? 人類の進歩に貢献できるぜ」


「お前あんま舐めた態度とってると、人質がどうなるかわかってんのかよ」

 脅すような口調でチンピラ男がいう。


「わかるよ」


「じゃあ手ェついて謝れや。無様にな。もしかしたら気が変わって、助けてやるかもしれねえよ? ねぇアニキ」


 オレはため息をついた。


「あんたらは人質に手を出せない。間違いなく。結構重要でしょ。あの子のこと」

 オレは確信をもっていった。

 返事はない。

 だから、言葉をつづけた。


「なんでさらったんだ? まさか夜の店で働かせるために自宅襲撃? ハッ。ありえない。ワリに合わなすぎる。それともそれくらいも理解できない? そうだとしたらオレの想定外だ」


 チンピラ男が歯をむき出してオレを睨みつける。

「あのガキは精霊なんちゃらとかで役に立つんだよ。お前と違ってな」


「おい、ヤス――」


「いいでしょアニキ。どうせ殺すんだからさァ」


――やっぱその線かぁ。知ってる人はここでも既に知ってんのか。


「あのガキはえーと、なんかァ、先に処置してから殺す? んでしたっけ? アニキ。そしたら、髪も腕も爪も歯も目玉も舌も、全部が精霊を使うためのアーティファクトに加工できんのよ。特に脳は価値があるらしいぜェ」

 チンピラ男は自分の頭を指で示しながら言う。


 奥で、真白が震えているのが見えた。

 無理もない。自分が殺されて細かに分解される予定だなんて、どれほどの恐怖だろうか。

 夜の店に売られるほうがまだマシだ。


 もしかしたら、本来の世界線であれば、この子は材料になったのかもしれない。

 いや、きっと、そうなったのだろう。

 オレは鈴木のおっさんを救うことはなかったし、鈴木真白という存在も知らなかった。

 おっさんがクソ野郎になったのも、その辺りが原因かもしれないな。


 精霊の加護持ちを分解して、アーティファクトに、ね。


――まぁ、でも、その程度の知識か。

 精霊病患者――精霊の加護持ちをそんな使い方するなんて、馬鹿デカいダイヤの原石を砕いて紙吹雪のように使うような暴挙だ。


「マジかよ……」

 勿体なさ過ぎる、とオレは驚愕していた。


 チンピラ男がその様子で勘違いしたセリフをはいた。

「ひゃはは。びびってんじゃん! 『一般人』には、キツ過ぎたかなァ? わかるゥ? 俺ら、こーゆーセカイでイきてっからよォ!?」


「お前ら、本気かよ……」

 金の卵を産むガチョウを殺すほうがまだマシな行為だぞ……?


「ナマぬる~い世界で生きてるお坊ちゃん? 残念でしたァ。もう君は、元の世界にもどれませーん。俺らの、闇のセカイで死んでいくんだからなァ!?」


――!?


 まぁ、知りたいことはもう分かったからいいや。カメラ回ってたらこんなに話てくれなそうだしな。



「あと、あなた方に言っておくことがあります」

 オレは意図して、配信用の口調・・・・・・に切り替える。


――どうもすぐ口調が混じっちゃうようだからなぁ……。


「なんだ、命乞いかァ? 面白かったら聞いてやるかもしれねえぞ、ねぇアニキ」


 なぜこいつらは、こんなに余裕なんだろうか。


 知らないのか?


 獲物を前に舌なめずりは三流のすることだって。



――そして。舐めプしていいのは圧倒的な格上だけだということを。



 オレはマジックバッグからブラッドシャドウの斧を取り出す。


「おめでとうございます。あなたたち、明日から人気者になれますよ。ヤッタネ」


 真横に一閃。


 彼らの車と、電波妨害装置ジャマーがぶち砕かれる。


 車二台のナンバープレートの辺りが真横に一瞬で消失・・した。


 周囲に置かれていた金属の廃材もただ圧倒的な破壊力によって、壊れて砕けた


 人間は殺していない。オレの技量で、当たらないように武器を振るったからだ。


――別に殺してもいいが。配信上で人殺しは、オレが人気者になるのに差し支えるからな。動画も公開しづらくなっちまう。



「ほら、喜べよ。日陰者の犯罪者が一躍お茶の間のヒーローだ」



 オレは悪徳探索者たちに向かってそう言ってから、視聴者に語り掛けた。


「はい。とゆーことで皆さん、配信再開です! 見てますか? チャンネルはそのままにしてくれましたか?」


 チンピラ男は口をぱくぱくと金魚のように開いたり閉じたりしている。


 配信機材から魔素を通じて脳にコメントの内容が流れてくる。

『まってました!』

『放送事故かと思ったwww』

『てか配信途切れる前よりなんか荒れてね? 車あんなのだっけ……』

『でも相手、ガラ悪そうなのいっぱいいるよ……。大丈夫?』

『大丈夫だからやってんじゃね? ハルカくんを信じろ!』

『ハルカ氏ねハルカ氏ねハルカ氏ねハルカ氏ねハルカ氏ね』

『↑黙れ』

『がんばえー』



「これから、悪徳探索者へお仕置きをします! あとで切り抜き動画でも作りましょうかね」


 少し考えてから言う。


「タイトルは『悪徳探索者をフルボッコにしてみたwwwww』とかいうの、どうです? 皆さん、いいですか? 彼らは舐めプした結果、こうなりました!」



――まぁ、舐めプしてなくても結果は同じなんですけど。


「て、てめえ!」

 チンピラが焦りか怒りか驚愕か――はたまたそのすべてなのか、複雑な表情を浮かべている。



「皆さんいいですか? 舐めプしていいのは圧倒的格上だけですよー。ちゃんと油断せず、細心の注意を払って敵とは戦いましょう!」



 オレは顔を真っ青にしている悪徳探索者たちに向かって、ピースをしてみた。




 へいへーい。ぴーすぴーす。だぶるぴぃーす!






――ちなみに特にこの行動に意味はない。

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