第16話 誘拐された……? よろしい。ならば配信だ
オレは夜のタクシーの中で揺られていた。
街の灯りや車のライトが、夜の闇の中で光っている。
向かう先は栃木県宇都宮市にある鈴木鍛冶工房だ。
高速道路の途中でタクシーは深夜料金に切り替わる。
降りたときの料金は七万八千円ほどになった。
オレは探索者用のカードで支払いをする。
目的地に到着すると、鈴木夫妻は家の前で待っていた。
家の扉は何者かによって破壊されたのか、無残に砕けていた。
鈴木のおっさんは平静に見えなくもないが、硬く拳を握りしめていた。殴られたような傷跡もあった。
おっさんの嫁さんは目を真っ赤にして、瞳に涙をためている。
「……すまねえ。君を呼んじまって」
絞り出すような声を出す鈴木にオレは軽く応える。
「構いませんよ。従業員の問題はオレの問題ですからね」
オレが成功して幸せになる副産物として、鈴木のおっさんも幸せになってもらわなきゃいけないからな。
――オレの大成功のついでに周りの人間も成功させてやる。
そうじゃないと気分が悪い。
加えて、前世のこのおっさんもオレは決して嫌いじゃなかった。
クソ野郎だったとは思うが、鉄と才能にだけは真摯な男だったと思うからだ。
そこには何らかの哲学があった。
「それで、昨日の奴らがオレを呼んでいるって聞いたんですけど」
「ああ……。君以外に言ったら、真白を殺すと脅されている。君を呼ぶしかなかった」
「借金はもう返したんですよね……?」
「もちろんだ。君に言われた通り、奴らの口座に振り込んだ」
――じゃあ、どういう目的だ?
オレは不可解に思った。
そもそも鈴木のおっさんの借金は八百万。それはもう返している。利子も含めて、そこそこに美味い思いはしているはずだ。
それに仮にまだ借金が残っていたとしても、わりに合わないだろう。八百万は決して安い金額とはいえないが、家を襲撃して人一人をさらうには
探索者が現れて、警察の影響力が弱まったとはいえ、公に所属する探索者も多くいる。今はおとなしく従わない場合は、殺害すら許可されている世の中だ。
加えて、わざわざオレを呼びだす?
――もはや意味がわからん。
「連絡取れます? 鈴木さん」
鈴木はポケットからスマホを――違う。ガラケーだ。
ガラケーを取り出し操作すると、どこへと通話をかけた。
オレはそのガラケーを受け取る。
通話がつながった。
「オレを呼んでるって聞いたが?」
キンキンとうるさい男の声が返ってくる。
『てめえ! 昨日のガキだな!』
すぐに昨日のチンピラ探索者だとわかった。
「ああ。あんた、オレにビビッて漏らしてたやつだろ。ズボンとパンツはちゃんと新しくしたかい?」
『てっめ……! 絶対殺す!!』
騒ぎ出すチンピラに、通話の後ろから『うるせえぞ!』という声が聞こえた。アニキと呼ばれていた男だろうか。
「んで、何の用なんだ? わざわざ呼び出そうなんてさ」
『今すぐに誰にも言わずに、ここへ来い』
と住所を伝えてきた。
『いいか! 一人でだぞ! 一人で来なきゃこの女を殺すからな!』
「はいよ」
小さく、『ハルカ、くん、こな、いで……』という声が聞こえた。探索者の――そしてオレの耳でなければ聞き逃していただろう。
オレの耳は小さな音の一つ一つすらとらえるようになっている。
だがそのあと、何度も咳き込む声が聞こえたため、誰であっても真白が生きていることはわかったはずだ。
『んっで軽く返事できんだよ! どうせ来ねえ気だろ!?』
オレは鼻で笑ってから言った。
「お前と一緒にすんなよ。今から行くから待ってろ」
これは真白を殺す気はないな、とオレは結論付けた。
まずこんな荒っぽく誘拐をして殺す、などというのは意味不明だ。リスクが高すぎる上に、リターンが何もない。死体処理の手間すら生まれてしまう。
最初は可能性として、オレに対して怒り狂ったやつが暴走した――というのならあった。
だが後ろからアニキと呼ばれた男の声が聞こえたため、これは組織的な犯行であることがわかる。
ならば、奴らは真白に何らかの価値を見出している。ということは、真白は殺されないということだ。
「じゃあ行ってきます。ご心配なく」
オレがいうと、奥さんが泣きついてきた。
「お願い、お願いします……! どうか真白を……! あの子は、私たちの宝なんです……!」
地面に雫が落ちてシミができる。
「……わしも一緒に行こう」
鈴木のおっさんはそう言った。だが、それはオレが止めた。
「鈴木さん。相手はオレ一人で来いと行っています。もし鈴木さんがいったら、娘さんが何されるかわかりません。オレ一人で行きますよ」
「……だが!」
オレの肩を掴もうとする鈴木のおっさんの腕をつかみ、ぐい、と押して見せる。
それだけで鈴木のおっさんはバランスを崩して転びそうになる。
「ほら、オレは探索者です。オレってすごい強いんですよ」
安心させるように微笑んだ。
「鈴木さんが来ないほうが、娘さんは助かる確率は高くなるんです」
それは建前だった。
本音は、足手まといはいらない――ただそれだけだ。
オレは再びタクシーを電話で呼び、乗り込む。
鈴木鍛冶工房から約四十分ほどの距離にある廃工場だった。
――しっかし、深夜の廃工場に呼び出されるとか。マンガやラノベのテンプレだなぁ。
だがよく使われるということは、それだけ可能性としてあり得ることなのかもしれない。
灯りのない山や林ばかりの鬱蒼とした景色が続いた後、その廃工場は現れた。
タクシーの運転手がオレに声をかけてきた。
「お客さん、本当にここでいいんですか? その、自殺とか、したりしませんか……?」
オレは笑ってしまった。
「自殺って、唐突ですね」
「この廃工場、何件か自殺が起きてまして……。そういうスポットとして、この辺りじゃ有名なんですよ」
運転手は心配そうにいう。
そうか。運転手は何やらずっと神妙な顔をしていると思ったら、そんな心配をしていたのか。
深夜に一人でタクシーに乗って廃工場に行く若者なんて、不審過ぎるもんなぁ。
「大丈夫ですよ。オレ、死にたくても死ねないんで」
そうだ。
オレは契約で縛られてダンジョンに潜らされている間、ずっとずっと死にたかった。
危険な場所も何度も行ったし、それどころか確実に死ぬような場所すら行った。
でも、オレは生き残ってきた。
――まあ、だから余計に危険な場所に送り込まれたりもしたわけだけど。
運転手は怪訝な顔をしていた。
「帰りにまた呼びます。――そのときにあなたが来るかどうかは知りませんが」
そう言ってオレは料金を払い、廃工場へと向かった。
廃工場では男が四人ほど待ち構えていた。
その奥に縛られている鈴木真白の小さな姿があった。
そしてオレはその姿を見て――
――配信を始めた。
「こんばんはー! ハルカです! 今日はですね! この前のチンピラ探索者にさらわれた少女を助けに来ました!」
◆リザルト
◇タクシー代
▲78,000円
▲16,500円
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