第15話 鈴木鉄浄の娘の真白も困っている

 それからオレは鈴木と話をした。


「一つ仕事の話をしたいんですけど」

 オレがそういうと鈴木は首を横に振った。


「助けてもらってすまん。だが、さっきのを見ただろう? 今はそんな余裕もないんだ」


「それは、先ほどのことですか?」

 悪徳探索者のことを思い出しながらオレは言った。


 鈴木は一つ頷いた。そして口を開く。

「わしは、そんな大した腕前じゃない。わしより鍛冶仕事が上手い奴を紹介しよう」


 オレはその言葉に衝撃を受けた。

 前回の世界線で、鈴木鉄浄は何度も言っていた。

『この世で一番わしがうめえんだよ。それ以下はみんな雑魚だ。誰も変わんねえ。わしから見たらな』

 そんな感じのセリフだ。


 実際に彼が作った武器は、とんでもない価格がついた。短時間で作ったものすら、他の鍛冶屋の渾身の一振りより段違いに高く売れた。最低でも億超え。コネと実力を持つ連中がその値段で買っていった。実力もコネもなく金だけある連中は、その百倍近い金額を払って、名刀と騙され凡作を買わされていた。

 もちろん彼が作る凡作ですら、他の鍛冶屋の作る『生涯最高の一振り』よりもずっと優れていた。


 現代の人間が鍛えた武器は、過去の名品やダンジョン産武器には決して勝てない――という通説を、この男は一人でぶち壊したのだ。


 それなのに。


――わしより鍛冶仕事がうまい奴を、紹介する、だと?


「紹介はいりません。それより、聞かせてくれませんか。いったいどうしたんです? さっきの奴ら」


「他人に聞かせるようなことでもねえがよ……。あんたには、さっきの見られちまったしなぁ」

 少し悩んだ様子を見せてから鈴木は言った。

「連帯保証人制度だよ。わしは、わしの兄弟子の保証人になった。『絶対迷惑はかけない。頼む』という言葉を信じちまったのよ。何度も世話になった兄弟子だったしな……。まさか、夜逃げするとは思わなくてな。その金を貸してたのが、さっきの奴らってことよ」

 鈴木はつらそうな顔をした。


「……なるほど」


「このあたりの奴や、職人仲間にも助けを求めたがよ……」

 暗い声だった。


「……だめだった、と、いうことですか」


「いろいろ親切にしてきたつもりだったんだがなぁ……。人の情ってもんは、もうねえのかもなぁ……。と思ってたら、兄ちゃん、あんたが来てくれたんだ。この状況は、もうどうしようもねえが、嬉しかったぜ」

 鈴木は力なく笑った。


 そんな様子は、回帰する前は見たことがなかった。

 いつも自信満々で、人を人とも思わぬような男だった。

 だからその様子には不満しか覚えなかった。


 誰より高く飛べるのに自らを卑下するこの男に。この男を裏切った兄弟子や職人連中に。そしてこの男を窮地に陥らせている悪徳探索者に。

 怒りすら覚える。


「オレがなんとかできるかもしれません」


「……あん?」


「鈴木さん。真面目なお話があります」

 オレは真剣な声と顔で言う。


「真面目な話? だが、わしはもう身動きがとれん。君の役には立てんよ」

 いかつい顔の眉尻を下げながら鈴木は返した。


「オレに雇われませんか? 専属鍛冶師として」


 鈴木は不可解そうな顔をする。


「わしに頼むよりいい鍛冶師はいくらでもいるから、そちらに頼むといい」


――は? アンタよりいい鍛冶師? いるか? いるわけねえだろうが。他の鍛冶師なんか要らねえよ。

 そう思ってオレは彼の、他人を紹介するという言葉を無視した。否定の言葉を発すると声を荒げてしまいそうだったからだ。


「契約金は、あなたの借金の額と同額でどうです?」


 鈴木はオレの言葉を信じていないように見えた。


「……君はまだ若いだろう。大学生くらいか? その金額を用意するのは難しいし、わしにその価値はない」

「おいくらですか?」


「……八百万だ」


――八百万。それはたしかに馬鹿にできない金額だろう。それをなんとかできない人間はたくさんいるだろう。


 だが、はした金だ。

 この男にとったら、はした金のはずだった。


――でも、なんとかなるな。

 ちょうどオークションに出したブラッドシャドウゴブリンの装備が、千二百万で売れたという連絡があったばかりだった。

 それで現在はゴミとされているアイテムを買い集めているが、それをいったん取り下げれば用意できる。

――まぁならなくてもなんとかするが。


「実はですね――」

 とオレは元々鈴木を説得するために用意していた資料を彼の工房にある木机の上に出す。


 資料の内容はこうだ。

 自分、風見遥はダンジョン探索者をしていること。

 登録者がすでに五万人を突破していること。それによる広告収入の価格。ダンジョン探索の収益などなど。


 証拠としてオレはギルドの支部に電話を一本かけて頼みごとをした。

 以前オークション部であった中年の職員だ。


 そして鈴木にも電話をかけさせて、オレの話が真実だと伝える。


 そのようなことまでして、ようやく鈴木はオレが本気だということに気づいたらしい。

「本当なのか……」

「そうですよ。最初から言っている通りです」

「だが……」


――この後に及んで躊躇っているんじゃねえよ。


「オレはあなたがいいんです。あなたは大成する。オレはそう思ってます。オレと一緒に来てくれませんか」


「でも……」

「でもじゃないんですよ。オレはあなたが欲しい。他でもないあなたが。あなたに仕事を手伝ってほしいんです」


「わしにそんな価値は――」

 そのセリフを聞いて余計に腹が立った。

――価値がないだ? 未来じゃあんたは誰より価値があったよ。オレにもあるっていってくれただろうが!


「腕も特に優れているわけじゃない……」


――まだそんなことを言うのか!


 オレは机を叩きながら鈴木に言う。木机にヒビが入った、


「人の好さなんて、くそくらえだ!」


『人の好さなんてくそくらえ』と言っていたのは未来の彼だ。きっとそう思うに至る何かがあったのだろう。もしかしたら妻も娘も失い、裏切られ続けたのかもしれない。この人のよさそうなおっさんが、ああなるまでに何があったのか、オレは詳しくは知らない。


「な、なにを」


「今あんたに価値があるかないか決めるのはあんたじゃない。あんた以外だ!」


「だが、役に立てるとはとても思えん」


「あんたがどう思うかじゃない。あんたがどうしたいかだよ。このまま借金を抱えてさっきの奴らの言う通りにすんのか、オレと一緒に仕事すんのか――」

 オレは口を閉じたままの鈴木に詰め寄った。

「どっちがいいんだよ! なぁ! 来んのか、来ねえのか!」


 それでも鈴木は迷っているように周囲を見た。


「困ってる嫁さんと娘さんいんだろ? オレと一緒に、成功しようぜ! オレは絶対に成功する! だからあんたも一緒に来て、一緒に成功すんだよ!」

 そう言って無理やり鈴木の手を取る。

 彼の手はごつごつしていて、皮膚は分厚くて、鍛冶を生業にする男の手だった。

 ずっと真面目に鍛冶仕事をしている男の手だった。


 鈴木は観念したように声を絞り出した。

「……わかった。君のその熱を信じよう」


 オレは安堵の息をはいた。

「それは、よかったです」


 すぐにオレはギルドに連絡して、ゴミアイテムの買取を一時停止してもらい、必要な分だけオレの口座に金を振り込んでもらった。


 そして、用意していた契約書を鈴木の前に置く。

 労働契約書、秘密保持契約書、あとはオレが作る予定の事務所に所属するという覚書である。


 現在オレは事務所を作ろうとしている。

 しかしまだ未成年のため、勝手に作ることはできない。そのため海外にいる母親に、同意書を書いて送るように頼んである。とんでもない放任主義の母親だから、とくに問題なく書いてくれるとは思うが。

 だめだったら代理を立てるつもりだった。


「この契約書はよく読んでください。決して、鈴木さんに不利にはならないように書いてあります」


 本当に契約書には理不尽な契約などは一切書いていないつもりだ。

 オレは絶対にブラック事務所なんてつくらない。

 かつてのオレのような犠牲は作らない。

――オレの事務所のやつらは、全員幸せじゃなきゃいけないんだ。


 鈴木はまた何とも言えない不思議そうな顔をする。

「君は、いったいいくつなんだ。向こう見ずな熱意は、子供のようにも見える。だが用意周到さは経験を重ねた大人のようにも見える」

 契約書に記入しながら言う鈴木に、オレは答える。


「15歳――あれ、16だったかな? まぁそんくらいの高校一年生ですよ」

 鈴木が目を丸くした。

「……高校生だって? ……冗談かな?」

「学生証でも見ます?」


 ちょうど記入を終えて、本当なのか、と呟きながら額に手を当てた鈴木にオレは言う。

「まあ年齢なんて重要じゃないでしょう。大事なのは能力があるかどうかですよ」


 オレはギルドから八百万の振り込まれたネットバンクの残高を見せながら言う。

「それで、どこにいくら振り込んだらいいんです?」


 オレは鈴木の口座に、伝えられた金額をネット経由で振り込む。


「あと、良かったら娘さんに会わせてくれませんか?」


 鈴木は不思議そうにしていたが、断らなかった。


――できたら娘さんも救ってやりてえな。


 オレには責任がある。

 本来なら未来で、一人で成功を手にしていた鈴木鉄浄だ。


 だが彼は一人きりだった。

 そこに家族はいなく、信頼できる相手もいないようだった。

 彼は誰もサポートもなく大成功を収めた。

 オレはその流れを、オレの欲のために変える。


 オレが何もしなければ彼は成功する。

 家族とは離れ離れになるかもしれないが、間違いなく大成功するだろう。


 なら、オレが引き連れる奴は、本来よりも不幸にしたらいけない。


 本来の未来と、オレがいることで変わる未来。


 その二つを比べたときに、『今回の――ハルカと進んだ未来のほうがよかった』と言えるようにするんだ。


 だからこのおっさんには、成功した上に家族とともにいられる未来をくれてやる。


 オレは勝手にそう心に決めていた。




 鈴木のおっさんに連れられ、鍛冶工房に併設された自宅へとお邪魔する。

 ごく普通の自宅だ。

 オレは自宅でおっさんの奥さんに挨拶をした。

 人の好さそうな、優しそうな奥さんだった。


 そして、娘さんの部屋まで来た。

『真白』という木札が扉にかかっている。


 鈴木のおっさんが扉をノックする。

 中から咳まじりの声が聞こえた。

「どうぞ……いい、ですよ……けほ……」


「はいるぞ、真白。こちら、今度父さんと一緒に仕事をすることになった、風見さんだ」

 白とピンクといった淡い色合いが印象に残る部屋だった。


 薄桃色のパジャマに身を包んだ少女がベッドの上にいた。

 身を起こしている。

 美しい白髪の幼い少女だ。

 アルビノかとも思った。

 だが、違う。目は赤くない。薄い灰色をしている。

 幻想的な雰囲気があり、可愛らしさと美しさを兼ね備えている。

 年のころは10歳前後だろうか?

――わからん。


「はじめ、まして……。お父さんが、お世話になって、ます。鈴木、真白、です……」


 状態異常治療ポーションとかで、なんとかなるんじゃないか。

 オレははじめそう思ってオレは鈴木のおっさんに娘に会わせてもらった。

 だが、これは状態異常治療ポーションなどでは、根本的な治療ができないことが感覚的にわかる。

 なぜだ?

 記憶のどこかで、何かが引っかかっている。


「ああ。オレは風見ハルカだ。よろしく」

 いうと、娘さんは目を開く。


「もしかして、けほ……。ハルカちゃんねるの……? ハルきゅ……ハルカくん?」


 オレのチャンネル名を……!?

 まさか、視聴者か……!


「お。見てくれてるんだ。ありがとうね。飴ちゃんをあげよう」

 オレは、数日前に購入していたマジックバックから飴を取り出す。

 これは状態異常治療ハーブを混ぜて作った飴だ。

 睡眠ガスや毒霧などの持続的な状態異常攻撃に対する対策として持っている。

 あらかじめ舐めておくと、予防できるのだ。


 オレはあげてもいいか? と鈴木のおっさんに目線で確認してから、真白ちゃんに飴玉をあげた。


「わぁ。ありがとう……ございます」

 ふんわり笑う真白ちゃん。

 少し年の離れた妹がいたらこんな感じなのだろうか。


 飴玉を口に入れると真白ちゃんはからころと口の中で転がした。

「おいしい、です」


「それはよかった。でも、よくオレのことを知っていたね」


「わたし、ここから、うごけないから……よく、探索者さんたちの、動画、見てるんです」

 へへ、と笑いながら真白ちゃんは言った。


 しばらくしてから、オレは尋ねた。

「体調は、どうかな。実はその飴は、食べると体調がよくなるっていう探索者のアイテムなんだ」

 すると真白ちゃんは、ためらうような、困ったような、そんな様子を見せてから言う。


「……ハルカくん……ありがとう、ございます。ちょっと、楽な、気がします……」

 あまり楽になったようには見えなかった。


――おかしいな。少しは楽になるはずなんだけど。


「……まだ小さいのに大変だね」


 オレが言うと真白ちゃんは寂しそうに笑う。


「これでも、ハルカくんより、けほ……お姉さんなんですよ? もう、にじゅっさいです……」


「……え?」


 鈴木のおっさんがいう。

「真白は十年位前から体調を崩し始めてな――それと同時に成長も止まっちまったみたいなんだ。髪が白くなり始めたのも、そのときだよ」


 オレはそれを聞いて頭の中でピースがはまった。


――精霊病――あるいは精霊の加護。


 未来ではとても件数の少ない奇病とされていた。その後に、加護と呼ばれるようになる。

 それはダンジョンの祝福と呪いを受けた者のことだ。

 ダンジョンの発生自体は五年前と言われているが、その少し前からこの世界には様々な異変が起きていたのだ。

 精霊病もその一つだ。


 この病は特に、精霊たちに深く愛される者たちに訪れる。

 人間にはそれぞれ相性の良い精霊がおり、その精霊の影響を受けるなどすると、その人の髪の色はその精霊の色調に変わることがある。

 だが白い髪だけは違う。

 純白は例外的で、全ての精霊たちが好む色とされ、それを持つ者の周りには様々な精霊が群がるのだ。


 しかし、その結果として、多くの精霊が集まってくるために体調を崩すことが多く、また、その人の成長の力を精霊たちが取り込んでしまうこともある。

 そのため、精霊病の真実や対処法を知らない者は、徐々に命を奪われてしまう。しかしながら、正しい知識と対処法があれば、精霊たちと共存し、彼らの加護を受けることができるのだ。


――そしてオレはその対処法にアタリがついている。


「真白ちゃん――いや、真白さん、かな。もし、元気になったら何がしたい?」


 真白は困ったように笑う。


「……あんまり、考えたこと、ないです……。でも、何か、楽しいことが、したいなあ……」


「そうか。それなら、オレとダンジョン配信者でもしないか? オレはもうすぐ事務所を作るから、そこに所属してさ」


 いうと真白は心から嬉しそうに微笑んだ。


「それは、楽しそうですね……。けほ、けほ、けほ……ごほっ」

 真白は強く何度も咳き込んだ。


 そろそろ休ませてあげなければならない、ということでオレは真白の部屋を後にした。


 鈴木のおっさんがオレにいう。


「真白を元気づけてくれて、感謝する。叶わない夢だとしても、嬉しかっただろう……」


――叶わない夢なんかじゃない。


 それは言葉に出さずに、鈴木のおっさんに言う。


「鈴木さん。あなたに与えるまず最初の業務を与えます」


「ああ。何でも言ってくれ」

 鈴木はどんな苦難でも耐えて見せる、と決意しているような、厳しい顔で言った。



「鉄とかいろんな金属で遊んでてください」



 鈴木はぽかんと口を開いた。

「……は?」


「鉄を触ったり、積み木にしてみたり、なめたりかじったりしててください」

「それは、冗談か……? あまり面白くないが……」


 む。冗談だと思われてまともに受け取られないと、ちょっと都合が悪い。


 オレは厳しい声を作った。

「冗談? 一言一句、冗談など一つも含まれていませんよ」


「……ええ……。やれっていうなら、やるが」


「ちゃんと給料は出します。これは業務命令です。金属を感じとってください……!」

 これは以前の世界線でオレが鈴木鉄浄に与えられた課題でもあった。


 視覚で、触覚で、嗅覚で味覚で聴覚で。

 第六感を含めてそれ以外の感覚すべてで。

 金属を感じろ理解しろ。

 金属には想いがあり理想がありあるべき形がある。

 それを見いだせ。

 人の気持ちに意味はないが金属の気持ちに意味はある。

 それだけを大事にしろ。


 そんな感じだったはずだ。オレは人に意味がないというところを抜かして、そのあたりを伝える。


「インゴットを並べてベッドにしてください。インゴットの詰まれた部屋で一日中過ごしましょう。親しい友も兄弟も金属です。金属は何も語りませんが、その姿ですべてを語ります――。人間の数億倍信じられる存在、それが金属です――いいですね?」


「……なに言ってんだ……」

 困惑した顔をする鈴木のおっさん。


――なんで困ってんだよ。あんたが言ったんだぞ、これ!


「と、とにかく。それをやっておいてください。あと借金も返しておいてくださいね! 借金は今日中ですよ!」

「あ、ああ……」


「真面目にやってくださいね! もし命令に従わなければ絶対に許しませんよ! いいですね!?」


 オレはそれだけ伝えると、鈴木の自宅を後にした。


 鈴木のおっさんは最後まで戸惑った顔をしていた。









――そして、翌日の夜になろうかという時間のことだった。


 鈴木鉄浄から、鈴木真白がさらわれたと連絡が入ったのは。


 先日のチンピラとアニキの仕業らしい。


――奴らは、オレのことを呼んでいるらしかった。





◆リザルト

 ◇事務所加入予約

  ○未来の鍛冶聖

 ◇金額

  ▲8,000,000円

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