第14話 鈴木鉄浄は困っている

■10年後のデータ


名前:鈴木 鉄浄


称号:鍛冶聖


年齢:58歳


性別:男


信条:金と能力が全て。人の感情や縁故は無意味である。


弱点:人の心や感情を理解するのが極端に苦手。というよりも一切理解を放棄している。人間関係の構築ができず、信頼関係を築くことが難しい。


性格:非常に孤独を愛し、人間関係を避ける。金に対しては極度に執着心が強い。他者の利益や感情を度外視し、金や名声のためならどんな手段も厭わない。


人間関係:過去のトラブルや経済的な困難により、信頼する相手はほとんどいない。彼の門下には弟子がいるものの、彼の冷徹な性格や金に対する執着から、多くが去っていく。


出身地:栃木県、山間部に位置する里。かつては「名工」として知られる鍛冶師が住んでおり、彼の伝説が村の歴史に刻まれている。しかし、現在はその栄光も過去のものとなり、村はかなり寂れている。


外見:白く透けるような髪、深い色の瞳、硬い顎のライン。筋骨逞しい体格を持つが、その瞳には人を寄せ付けない冷徹さが宿っている。


特技:金属との"対話"。金属と触れ合うことで、その金属が何を求めているか、何に相応しいかを理解できる。


背景:栃木の鍛冶で有名な里で生まれ育ち、幼少期から鍛冶の技を学ぶ。しかし、才能は長い間開花せず、生計を立てるのに苦しんでいた。人間関係が難航していく中で、金属の声を信じるようになり、その才能を開花させる。この変化が彼を"鍛冶聖"へと導くこととなる。


目標:名声と財をさらに増やし、鍛冶界の頂点に立つこと。


―――――――――――――――――――――――――――


 オレは週末を利用して、栃木県宇都宮市に来ていた。

「たしか、このあたりだったはずだが――」

 と辺りを見回しながら街を歩く。


 東京都とは比べるべくもないが、住んだり買い物するのには困らないくらいには栄えた地方都市だった。

 ここで、未来の鍛冶聖・鈴木鉄浄が鍛冶屋を開いているはずだった。


 オレは以前の世界線で、鈴木鉄浄に鍛冶の師事を受けたことがある。とはいっても、弟子になったわけじゃない。彼が自分の名誉を高めるために開いた、合宿兼講習会のようなものだ。

 そこで見た彼は、一言でいえばクソ野郎だった。


 彼は金と能力が一番で、人などどう扱ってもいいと思っていた。

 罵倒しようが殴ろうが骨を折ろうが、彼はずっと鍛冶の第一人者であり続けた。

 それはそうだ。当時日本で最強の探索者ですら、彼の作った装備の世話になっていた。


 探索者たちが得る資源が世界を支えていたため、多くの人々が彼の行動を擁護していた。

 もしかしたら、人前で人を殺しても無罪を勝ち取れるであろう超上級国民だったのだ。


 オレは彼が『ゴミみたいななまくら』と言っていた武器を、『名刀』として高額で売っていたのを目撃した。

 そのことについて、口を出したら思いっきり殴られた。


『殴られていてえか、風見。わかったら二度と口答えするんじゃねえぞ』

『わかるか? あいつには、才能がねえ、見る目がねえ、名刀を使っても駄目にしちまうだろうよ。なまくらを使っても同じだ。どっちも同じ価値しかねえ。なら、なまくらを名刀として売って何が悪い?』

『人の好さなんてくそくらえだ。能力がありゃ他人はついてくんのよ。お前もその人の好さをさっさと捨てちまいな。そうすりゃ、それなりにはなるんじゃねえの。鍛冶の才はそこそこにはあるようだからよ』


 彼の価値観は金・能力――それで形作られていた。


 だが、それを押し通す実力があった。


 その男に今から会おうとしている。


――気が重いな。


 一週間程度だが、いろいろなことを教えてもらった。だがその反面、何度も何度も殴られた。骨すら折られた。

 思い出すと殴られた痛みを感じるような錯覚があった。


 真っ白い髪にいかつい身体。まなじりを釣り上げた目は、まるで鬼のようだったな――。


 そんなことを思い出しながら歩くと、突如として大きな声が聞こえた。


「そろそろ金返してくんなきゃ困るんですがねぇ!?」

 脅すような声色だ。

 その声を発した主は、みるからにチンピラといった風体だった。

 赤いアロハシャツに白のスラックス。じゃらじゃらとアクセサリーもつけている。

 そして腰にダガーをぶら下げている。


 あのアクセサリーは低級ではあるが、マジックアイテムだ。

 ほぼ間違いなく、探索者だろう。


「金借りといて払わねえってどうゆうことなんですかねぇ!? いい年してんだから、わかるだろうが!」

 そういって、チンピラ探索者は目の前にいる四十代くらいの男の頭を掴んだ。


 頭を掴まれた男はただ謝罪を繰り返す。

「申し訳ない。きちんと払う。だから、どうかもう少し待っていただきたい」


 チンピラの後ろにいた体格のいい男が言った。こちらもガラシャツを着た目立つ風体だ。マジックバッグを使っているのか、武器の類は持っていない。

「借りたもんは返す。当たり前だよな。でも俺たちも鬼じゃないんだ。返す方法を一緒に考えようや、って言ってるんだよ」

 四十代の男は頭を掴まれたまま、言い淀む。

「…………それは」


「まずあんたがうちで鍛冶仕事をしてもらう。鉱石を溶かしてインゴットにするだけの簡単な仕事だよ」

「わかった。わしだけでいいなら、いくらでもやろう」

「でもそれだけじゃあ、返すのにどれだけかかるのかわかんねえよなあ?」

「……だが」


「だからさ、家族に手伝ってもらおうや。苦しい時に支えあうのが家族だよなあ? あんたにゃ娘さんがいんだろ。結構な別嬪さんじゃねえか。いい子なんだろう? じゃあ、親の借金を一緒に返してくれるんじゃねえのかい」

「……それだけは、勘弁してほしい。借金は娘には何も関係ない。それに娘は病気で、いつまで生きれるかもわからないんだ……」


 その言葉に、体格のいい男は冷酷な言葉を返す。

「じゃあ死ぬ前に少しでも稼いでもらおうや。優しい娘なら、そうしたいって思ってくれるだろうよ」

「…………わしがなんでもする。だから、どうか……」


 チンピラが叫ぶ。

「おっさん! アニキがこんだけ言ってんだから、さっさと頷けや!」

 チンピラが四十代の男の髪を掴んで振り回す。


――さすがに、見てらんねえなぁ……。


 オレは持っている配信機材を作動させる。


「なあおっさん! 娘に働かせろよ! まだ生きてんだるォ!?」

 チンピラ男にアニキと言われた男は半笑いでいう。

「おいおい。あまりいじめてやるなよ。なあ」


 オレはバカなYoutuderのような口調を意識して、そちらに一歩を踏み出した。

「あれ、あれあれあれぇ!? なんかすごいことになってますねェ!」


 するとチンピラ風の男とアニキと言われた男がオレのことを見た。

 頭を掴まれてるおじさんは振り向くことができない。


「んだてめぇ!!」とチンピラ男。

「兄さんよ。今大事な話をしてるから、余計な茶々入れるもんじゃねえぞ」と体格のいい男。


「めっちゃ、恐い! もしかしてあれですかですか!? 悪徳探索者ですかぁ!?」


 悪徳探索者――それはダンジョンができてしばらくしてから現れた存在だ。

 ダンジョンで深層に潜ることを諦め、命を惜しんで探索をやめた探索者たちの一部だ。

 ダンジョンでの稼ぎの良さを諦められず、かといって命をかけることもできない。

 上昇した身体能力で、自分より弱いものを食い物にするやつらのことだ。


「んだてめぇ!」


「皆さん、これが悪徳探索者ですよ! たった今! 悪徳探索者が、娘さんを借金のカタになんやかんやしようとしている場面に遭遇しています!」


 アニキと呼ばれていた男が、額に青筋を浮かべる。

「なあ兄さん、誰に何してるかわかってんのか? お前死にたいんか?」

 チンピラ風の探索者は不可解そうな顔をした後、ハッとした様子になる。

「アニキ、やばいす! あれ撮影してますよ!?」


「あ? うるせぇぞヤスぅ! 撮影だ? ボコったあとでカメラだかなんだかぶっ壊しゃいいだろうが」

「違いますよ! アニキ! あれ多分、ライブ配信してます!」

「……ライブ配信?」

「生中継のことですよ! 今、そういうのできるんすよ!」


「生中継してますよ。見ます?」


 するとアニキと呼ばれた男がこちらを強く睨んだ。

「俺たちは仕事の話をしていただけだからな。だけどあんまり関係ないことに口はさんでたら、困ったことになるかもしれないから気をつけたほうがええぞ」

「困ったことですか? それって脅しですか? あなたがオレを困らせることをしますよって認識でいいですか?」

 聞くとアニキと呼ばれた男が苦々しい顔になる。


「いちいちうるせえなぁ……」

「つまり脅迫してる? 犯罪ですよね?」

「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえぞ! 誰にもの言ってんだ!」


――すっげえ怒ってるじゃん。


「誰にものをいうってあなたに言ってるんですけど?」


「アニキに舐めた口聞いてんじゃねえぞ!」

 アニキと呼ばれた探索者の意を汲んだように、チンピラ風の探索者がオレに殴りかかってくる。


「はっ」

 遅すぎて、鼻で笑ってしまう。

 しかしおそらくレベル自体はオレよりも高い。

 敏捷性もオレより高いだろう。だが、身体の使い方がなってない。


 オレは彼の腕をつかみ、捻りあげる。


「いで、いででで――! 離せ! 離せよこの野郎!」


「ほらよ」

 オレが手を離すと、急に離されたためか、チンピラ風の探索者は情けなく尻餅をついた。


「てめえ……! 両腕両足ぶっ壊してやるよ!」


 オレはチンピラを無視してアニキに声をかけた。


「ところで、藤岡さんお元気ですか?」

 話しているうちに思い出してきたのだ。


 こいつら、前回の世界線で会ったことあるやつらだ。

 オレの所属していたブラック事務所の下部組織にいたチンピラだ。オレもいいように使われて、何回か食い物にされたことがある。

 藤岡は、彼らの探索者事務所の所長の名前だ。


「な、なんだい、兄さん。所長を知ってんのかい……?」

「逆に今の流れで知らないって展開、あります?」

 オレが尋ねるとアニキと呼ばれた男は動揺した様子をみせる。


「そんで、どーすんです? アンタ。誰に喧嘩売ってんのか、わかってやってんだよな?」

 オレが口の端を笑みで歪め、睨みつける。

 ついでにちょっと殺気を込めて威圧してやる。


「ひっ……」

 チンピラ風の男は後ろに後ずさった。

 アニキと呼ばれた男も冷汗をかいている。


「い、いくぞ。ヤス……」

「でも、アニキぃ……」


「所長の甥っ子かもしれねえ……。こんぐらいの年齢のがいたはずだ」

「わかったっす……」


 そして悪徳探索者たちがいなくなるのを見送る。


「ということで! たぶん悪徳探索者の方たちでした! 危ないから皆さんは真似しないでね!」

 と、オレは配信を切った。



 悪徳探索者に詰められていた男がオレの背中に声をかけてくる。

「もしかして、君もあの事務所の関係者なのか……?」


「ははは。全然関係ないですよ。たまたま知っていただけです。ハッタリですハッタリ」

 笑いながらオレは男のほうを見た。

 オレはその四十代の男性を見て驚愕した。


 その男に見覚えがあったからだ。


「そう、なのか……?」


 オレはその顔をただ見つめていた。


「やっぱり人も捨てたものじゃないな……。だが君も、危ない真似はあまりしないほうがいい。助けてもらったわしがいう事でもないとは思うが……」


 鈴木鉄浄。

 以前の世界線で、鬼のような顔でオレをぶん殴った男がそこにいた。

 今は黒髪で気弱そうな表情を浮かべている。

――兄弟、とかか?

 本人ならこんなセリフ言うわけがない。

 そう思いつつ、髪の毛の色以外はそっくりだと考える。


「もしかして、鈴木鉄浄さんですか?」


「たしかにわしは鈴木鉄浄だが……。わしを知っているのか?」

 と、鈴木は不思議そうな表情を浮かべていた。



――まーじか。このおっさん、人が結構好さそうだけど。どうしてあんなにねじ曲がっちまったんだ……。


 オレはそんな内心を表に出さずに鈴木に言った。


「ええ。実は仕事の依頼に来たんですよ」

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