第11話 ギルドにて小早川沙月が現れ絡まれ以下テンプレ

「……ちょっと、いいかしら?」

 女性のこわばった声がした。

 その声の方向に視線を向けると、顔立ちの整った少女がいる。

 小早川沙月だ。


 用事があってギルドに来たオレと、偶然出会ったのだ。


 彼女は何やら険しい顔でオレのほうを見ている。


「何か用か?」

 そう尋ねると、眉がひそめられた。


 なんだ……?

 もしかして、この前助けたことを余計な世話だとかいうつもりか?

 そう思ってオレは警戒した。


 そういった人間は実際にいる。

 助けてもらったのに、それを認識できずに「余計なことをしやがって」などとのたまう連中である。

 その場ではお礼を言いつつも、あとあと考えを変えて文句をつけてくるやつもいる。

 ひどいやつになると、「配信の見どころを削ったから損害補償をしろ」なんてことも前回の世界線ではあった。


 オレは少しがっかりした気分で小早川沙月を見ていた。

 すると彼女は何か意を決した様子になる。

 顔は赤くなり、怖い顔をしている。


「あのっ……!」

 そういって、深く、深く頭を下げた。


「ありがとうございました!」


「あ、ああ……。お礼ならあの時受け取ったが……」

 すごい勢いで言われて少し戸惑いながら答える。


「とんでもないです! あの時は命を救われたお礼と、剣技を見せてくれたことに対してのお礼でした! でも、ずっと考えていたんです!」

「お、おう……?」


「あなたが私に教えるよう見せてくれた剣技の価値を……! あれは、私の知る中で、一番到達点に近い……! まさに神技です!」


 下げたままの頭がさらに深く下がった。


「そのようなものを惜しげもなく教えていただき、本当に、本当にありがとうございます……! 私の頭ではいくら下げたところで、その価値に届かないでしょうけれど……!」


 なんだなんだ、と視線が集まってきている。


「それでもッ! どのように思っているか、お伝えするためには……!」


 ガバッと音を立てて、小早川沙月は地面に手をついた。

 正座して頭を地面にたたきつけるように下げようとして――

 オレは土下座しようとする小早川沙月を止めた。


「大丈夫。大丈夫だから。話あるなら聞くから……!」

 オレはしゃがんで小早川沙月の肩を抑えながら、立ち上がらせる。


「とりあえず、周りの視線がすごいことになってるから。場所を変えようか」

 オレが提案すると小早川沙月は心底嬉しそうに微笑んだ。

「はいッ!」



 と、場所を移動しようとしたところで、横から近づいてくる気配を感じた。


「おいおい。何女の子に頭下げさせてるんだよガキぃ」

 それはガラの悪い男だった。探索者用の装備をつけていることから、探索者であろうことがわかる。

 似たような雰囲気の男が後ろにもう二人いる。


 オレは小早川沙月を見ながら聞いた。

「えーと。知り合いか?」


 小早川沙月は首を横に振る。


 三人の男は小早川沙月を無遠慮にじろじろと見ていう。

「そんなヒョロいやつより、俺たちと行こうぜ」

 小早川沙月の腕を取ろうとした男の手を、小早川沙月は軽くかわした。


 すると男が言った。

「あ、この子、小早川沙月じゃね!?」

「ホントだ。実物かわいすぎ」

「俺たちとダンジョン行こうぜ」

 などと口々に好き勝手なことを言っている。


「悪いが先約がある」

 内心ため息をつきたい気持ちでオレがいうと、三人はオレに凄んできた。


「お前さ、誰にモノいってんだよ? なァ!?」


 男が掴みかかってくる。

 オレは彼が手を出してくれたほうが話がはやくてありがたいと思っていた。

 その手を掴み捻りあげようとしたところで――


 オレより早く動いた小柄な影があった。


 小早川沙月だ。

 彼女が先に男の手を掴み、ぶん投げた。

 体術もかなり学んでいる身のこなしだ。

 男は空中で二回転ほどしてから壁に叩きつけられる。


 周囲からざわめきが聞こえる。


 倒れた男の仲間がこちらを睨みつけながら叫ぶ。

「お前! こんなことしていいと思ってんの!?」

「女だからって優しくしてりゃあつけあがりやがって!」


 残り二人の男。

 彼らはたった今見せられた力量の差もわからず、小早川沙月に駆け寄った。

 小早川沙月は先に来た男を回避、そのまま足を引っかける。

 倒れこむ男の背を振り向きもせずに肘で刺す。


 肘を入れるために下げた手で拳を握り、もう一人の男の顎を殴りぬいた。


「お~~」

 オレはそれを見てぱちぱちと拍手をした。

 動きに無駄が少ない。

 さらに何がいいって、ためらいがないのがいい。


 この手の相手に『話せばわかる』とか言い出すやつ。

 そういうやつはパーティを全滅に導く存在だったりする。


 優しいのかもしれない。


 たしかにそれで上手くいくこともあるだろう。

 しかしその優しさ――あるいは甘さと言い換えてもいい――それを利用する悪人によって、破滅するのだ。

 一人で破滅するならまだしも、それは周囲を巻き込むことすらある。


 ブラック事務所にもそういう人間はいた。

 奴隷扱いのオレすら気にかけてくれた。

 だが優しさを利用されて破滅していた。周りの人間すら巻き込んで。


 男たちは一瞬で地面に転がされていた。


 打ち倒された男たちがいう。

 視線を向ける先は俺たち――ではなく、周囲で見ていた探索者たちだ。


「いきなり暴力をふるわれた! 警察を呼んでくれ!」

「配信者がこんなことしていいのかよ!?」

「コリコリに言って暴露してやるからな!」


 これはマズいかもしれない、と周りに視線を巡らせる。

 しかし、周囲の見物人たちは冷めた目で男たちを見ていた。


「いや、俺、見てたけど……。絡んだの君たちだよね」などという呆れたような声も聞こえた。


 小早川沙月は男たちを見下しながらいう。

「私のことは別に何を言ってもいいわ。でもね、先生にナメた口をきいたら絶対に許さないから」

 小早川沙月から強い殺気が放たれる。


 男たちどころか、周囲にいた見物人すら自らの身を抱いている。

 小早川沙月から放たれているのは殺意の乗った魔素だ。

 ダンジョン探索者はそのようなこともできるようになっている。


 それから慌てたように小早川沙月はオレを振り返った。

「あ、あの! 先生って、勝手に呼んじゃって、ごめんなさい……。許してくれますか……?」

 不安そうに視線を左右に揺らすその姿は、可愛らしい少女のそれだ。

 殺気を振りまいていた姿とは別人にしか見えない。


「……先生は勘弁してほしいかな」

 教えたといっても、たった30分にすら満たない時間だ。

 それも、見る目のない人間から見たら稽古にすらならないだろう。

「では、なんて呼んだら……?」


「ハルカでいいよ」


「……はい。ハルカ様」


「…………様じゃなくて、さん、あたりで」

「は、ハルカさん」

 小早川沙月は顔を赤くしながら言った。


 絡んできた男の一人が叫んだ。

「わかった! こいつ! ハルカちゃんねるのハルカだ!」

 それからその仲間の男たちが言う。

「マジ!? こいつら仲いいの?!」

「じゃあこの前の配信ヤラセじゃん!? それもばらしてやるからな!」


 ……これも有名税なんだろうか。めんどくさいな。

 オレはこんな奴らにどう思われてもいいが、オレのチャンネルにいきなりケチがつくのも問題だろう。


 どうやって潰すかな――。


 オレがそう思っていると、小早川沙月が腰の刀を抜いた。

 こしらえと刃は立派な、ごく普通の刀だ。


 小早川沙月がこちらを向いてにっこり微笑んだ。


「ハルカさん。こいつら殺しますね」


「ふぁ!?」


 いや、いやいやいや!?

 ギルドの中で、人殺しを!?


 たしかに絡まれて殴り返すくらいは、探索者なら不問とされることが多い。


 だがさすがにこの程度で殺人を犯せば、許されはしないだろう。

 日本は一応法治国家ということになっているのだ。


 男たちは勢いをなくした声で小早川沙月にいう。

「お、おい。冗談だよな……?」

「そんな脅しに意味ねえし……」


 小早川沙月は、微笑んでいるが、目の奥はまったく笑っていない。瞳孔広がりまくりのガンギマリの表情で口を開いた。

「冗談? どこに冗談の要素があるのよ」


 男たちが震えあがっている。


――未来では存在しなかったからわからないが、かなり危ない人間を助けてしまったのか……?


「……小早川さん、さすがにマズい」

「心配しないでください。ハルカさん、大丈夫です」

 

 小早川沙月がにっこりとアイドルもかくやという可愛らしい笑顔を浮かべた。



「私、懲役、行ってきます」



「君の倫理観どうなってんの!?」


「社会通念として、殺人がよくないことはわかっていますよ。そういった行動の結果として、罰則があることも理解しています」

「ならやめよう?」

「ですがこの人たちは先生を――ハルカさんを馬鹿にしました。それどころか、後で報復するという類の発言もありました。ここで消しておいたほうがいいのではないかと思います」


 それに、と小早川沙月が続ける。


「せん――ハルカさんの剣技は完全に記憶しています。塀の中でも毎日思い出していれば、外に出てきたときには強くなっているはずですから。ご心配には及びません」


 だめだ。

 完全に悪いことを悪いこととわかって行えるタイプの狂人だ!


 オレは自分でもこの男たちを潰す方法を考えていたというのに、気づけば小早川沙月を止める側にまわっていた。


「ほら、な? そんな殺すまでの事でもなくない?」


「ハルカさんを馬鹿にしました。ハルカさんに不快な思いを与えました。許せません。それに私個人としても不愉快です」


「君がそれをいまする必要はないから……」


 オレがため息交じりに言うと小早川沙月は目を見開く。


「ご、ご迷惑、でしたか……?」

「まぁ、やりすぎかなとは思う……」

「……お心、思い違いをして申し訳ありませんでした」

「自分のことは自分でできるからな。君がやる必要はないし、彼らを殺す必要もない」


「それならば、この腹を掻っ捌いてお詫びいたします……」

 沈鬱な表情で小早川沙月がいう。


 こいつ、相当おかしなやつだ……。


「……そんなことしなくていいから」

 とオレはため息をつきながら小早川沙月の自害を止め、彼女の手を引いてギルドを後にした。


 もちろん周囲とギルド員には騒がせたお詫びをした。

 オレが悪いわけではないけれど。

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