50 暴露
二十五歳の誕生日がきた。この日は土曜日だった。夜からは、神仙寺さんがバースデーパーティーを開いてくれる。あたしはのんびりとしながら日中を過ごした。
お昼過ぎに、翔から連絡がきた。
『今日、そっち行っていい?』
今日は翔の誕生日でもある。美咲と過ごさないのか。あたしは迷ったが、いいと返信した。現れた翔は、ひどく沈んだ表情をしていた。
「どないしたん、翔」
「うん。ちょっとな。話すことあんねん。とりあえずは、誕生日おめでとう」
「翔も、おめでとう」
翔はコンビニの小さいケーキを買ってきてくれていた。あたしたちはそれを黙って食べた。ゴミを片付けて、ベランダでタバコを吸いながら、あたしは尋ねた。
「話って何なん? 美咲と過ごさへんかったん?」
「昼に会った。それで、蘭とのこと、全部話した」
「……なんで?」
翔によると、これ以上隠し続けることがしんどくなってしまったとのことだった。何てことをしてくれたんだ。あたしは彼を睨み付けた。
「どこまで、話したん」
「二回生のときから、蘭とやっとったって言った。俺の童貞奪ったんは蘭やって」
「美咲はどう言っとったん?」
「泣いとった」
あたしはタバコをもみ消した。翔は言った。
「別れたわ。もう終わりや。でも、俺は蘭と続けたい。蘭のこと、諦められへん。好きや」
そうしてキスをしてこようとする翔をあたしは押し退けた。
「なんべんも言っとうやろ。あたしは翔のこと、好きにはならへん」
「それでもええんや。なあ、しような?」
バカな男だ。美咲を手離して。こうしてあたしを求めて。だけど、だからこそ、あたしも翔が可愛いのだ。
「ええよ。翔のしたいこと、全部しよか」
あたしは翔の手を握った。とても冷たい手だった。部屋に戻り、彼の欲望を全て吐き出させた。ぐったりとした彼の背中を、あたしはゆっくりと撫でた。
そうしていると、電話がかかってきた。アリスだった。とても早口だった。
「蘭、翔くんとのこと、ほんまなん? 美咲から聞いてん。なあ、ほんまなん?」
「ほんまやで。今も、一緒におるよ」
鼻をすする音が聞こえた。アリスは言った。
「蘭のこと、信じとったのに。いくらなんでも、友達の男には手ぇ出さへんと思っとったのに」
「それが、あたしや」
「蘭。もう絶交や。私、蘭と翔くんのこと、許されへん」
アリスは電話を切った。ああ、終わった。あたしは彼女らと過ごした時間を思い返した。かけがえのない日々だった。翔があたしの顔を覗き込んできた。
「アリスちゃんから?」
「うん。絶交やって。翔、えらいことしてくれたな」
「……済まん」
翔はうなだれた。でも、あたしは笑っていた。
「いつか、こないなるんちゃうかなって思っとった。今までようバレへんかったわ。そういえば、最初の時、翔言っとったな? バレんかったらええねんって」
「そうや」
「自分からバラすとか、ほんまにアホやな」
あたしは翔の今までの行動を細かく掘り起こして責めた。最初にセックスをしたときから、美咲と一度別れたこと、白夜のことまで。彼は一筋の涙を流した。
「アホやわ。翔はほんまにアホやわ」
「もっと言って」
「このアホ」
これからも、この男とはこういう関係が続いていくのだろう。あたしは翔の存在には感謝していた。彼が居なければ、あたしは自分自身の可能性に気付かないままだっただろう。泣き止んだ翔が言った。
「今晩、泊まってもええ?」
「あかん。ショットバーでな、あたしのバースデーパーティーがあるねん。だからもう少ししたら出るで」
「俺も行ったらあかん? 今日は一人にしてほしくないんや」
あたしは少し悩んだ。しかし、あの店に連れて行ってやるほどの資格が翔にはないと思って断った。
「これからもたくさん翔のお願い叶えたげる。だから、なっ?」
「……うん」
翔の目が余りにも可哀想だったので、もう一度セックスをした。今度は彼がされるがままになり、あたしはしつこく身体を攻めた。いくつもの痕が浮かび上がった。
「ありがとう。蘭、ありがとう。俺はもう、蘭の奴隷や。愛しとうで」
もう何度目だろう。愛していると言われるのは。あたしがこの男を愛することができたらどんなに彼は救われるだろう。けれど、できない。どうしても、愛していると言えない。
「翔、ありがとうなぁ」
そう言うので精一杯だった。翔は満足そうに目を閉じた。彼が出ていってしまってから、あたしはシャワーを浴びた。神仙寺さんの店には遅れてしまうだろう。それでも、彼の感覚を洗い流したかった。
髪を乾かし、タバコを吸いながら、カメラロールを眺めた。卒業式のときの、アリスと美咲の三人で撮った写真が出てきた。あたしはそれを削除した。
行こう、三宮へ。あたしが花開ける場所へ。あたしは丁寧にメイクをした。
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