49 新しい日々
卒業式には、パンツスーツを着ていった。園子さんには、袴を借りればいいのにと言われていたが、断った。
アリスと美咲は華やかな袴姿だった。あたしたちはゼミの男子に頼み、三人での写真を撮ってもらった。
謝恩会は、カジュアルな小さなレストランを貸し切って行われた。あたしはゼミのメンバーたちと酒を交わした。終わる頃になって、アリスが泣き出した。
「あかん。めっちゃ寂しい。私、蘭と美咲ともっとずっとおりたかった」
美咲がアリスの肩を抱いた。
「うちら、卒業してもずっと友達やで」
「うん、うん……せやんなぁ」
あたしたち三人はきつく抱き締め合った。さすがのあたしも涙腺がゆるくなり、みんなでわんわん泣いた。
翌日、新大阪駅まで、あたしは白夜を見送りに行った。荷物はあらかた向こうに送っていると言い、小さなリュック一つだった。
「蘭。今まで本当にありがとうなぁ。このリング、向こうに行ったら外すけど、ずっと大事にする」
「白夜、あたしこそありがとう。ええ男見つけるんやで。女が欲しなったら、あたしに連絡して」
「ははっ、そうする。またな」
白夜の背中は階段の向こうに消えていった。この二年間の思い出が脳裏を駆け巡った。彼は宣言通り、都合のいい彼氏で居てくれた。あたしもこのリングを生涯大事にすることだろう。
四月になり、あたしは玲子さんの事務所に挨拶に行った。
「本日よりお世話になります。生田蘭です」
玲子さんの他に、二人の男の事務員さんが居た。彼らは優しく席に案内してくれた。玲子さんが言った。
「今日は、とりあえず親睦会な。焼肉の店予約してんねん。もう少ししたら行くで」
夜に会う玲子さんとは違い、とてもサバサバとしていた。彼女がこれからあたしの上司になるのだ。あたしは気を引き締めた。
それから、慣れない事務仕事は大変だった。働いたことが無いので、電話一本取るのにもてんてこ舞いだ。郵便の知識も無かったので、事務員さんたちから詳しく教えてもらった。
仕事の後は、やっぱりお酒だった。あたしは金曜日になると神仙寺さんの店へ行った。
「蘭ちゃん、いらっしゃい。今日もお疲れさん」
いつも変わらない温かいおしぼりが、あたしの心を癒してくれた。
「ビールか?」
「はい」
この日は健介と待ち合わせをしていた。三十分ほどして彼が現れた。
「蘭、お疲れさん」
「健介もお疲れ」
あたしは早速健介に愚痴り始めた。
「もー、大変やねん。ワードは卒論で使ったからようわかるけど、エクセルがあかん。ショートカットキー? 色々教えてもらってんけど、一気に覚えられへん」
「まあまあ、始まったところやし、ゆっくり慣れていったらええやん」
「せやけどなぁ。玲子さんにはよ認めてもらいたいんよ。使えるって思って欲しい」
「蘭なら大丈夫やで」
飲み終わった後は、お決まりのセックスだ。疲れたあたしをいたわってか、健介はゆっくりと抱いてくれた。終わった後、タバコを吸いながら、彼が聞いた。
「明日はどうするん? おれ暇やけど」
「あー、翔と会うねん」
「まだ続いとんかいな」
「うん。まだ切る気ないもん」
翌朝、帰ってから、あたしは丹念に部屋を掃除した。働くようになってから、掃除機をかける頻度が減った。この部屋に来るのも、翔くらいなものだ。
「よう、蘭」
翔はいつものたこ焼きを引っ提げてやってきた。あたしも彼も、仕事の話をした。お互い社会人になってしまったと改めて思った。あたしは話題を変えた。
「美咲とはどうなん?」
「まあ、仲はええよ。このまま結婚するんかな」
「ええやん。式には呼んでな?」
それから、荒々しいセックスをした。翔はまた、あたしの身体に傷をつけた。
「こんなん美咲にはできひんわ」
アザをなぞりながら、翔は言った。
「あたしにだけ、やって」
「好きやで、蘭」
こうして男たちと交わることは、もはや生活の一部となった。これとタバコと酒。それがないと、あたしの生活は成り立たなかった。特に刺激が欲しいときは、また他の男とも遊んだ。
就職してから一年目を迎える頃、白夜から連絡がきた。彼氏ができたらしい。あたしはシュウさんの店のことも彼に教えていたのだが、どうやらそこで出会ったらしい。
『全部蘭のおかげ。ありがとう』
そんなメッセージと共に、彼氏とのツーショットが送られてきた。真面目そうなメガネの男性だった。彼らはきっと、幸せになるのだろう。
あたしは達己のことも思い出した。それでたまに、東京まで出ていった。シュウさんの店に行き、達己と二人で飲んだ。シュウさんが言った。
「蘭さんは、本当に綺麗になりましたね」
「そうですか?」
「とても生き生きされていますよ。充実されているんですね」
「俺もそう思う」
「確かに、充実してます」
仕事もようやく一人で任されることが増え、戦力と呼べるようになってきた。法律のことも、少しずつ勉強し始めた。あたしは目まぐるしい日々を送っていた。
そうして、あたしは歳を重ねていった。
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