48 卒業旅行
卒論の諮問が終わった。教授からは、厳しい言葉も飛んだが、これで無事卒業だ。あたしとアリス、美咲の三人で、旅行をすることにした。
「わあ、久しぶりやわ
あたしは浮かれていた。神戸電鉄に乗ったのは高校を卒業して以来だ。アリスと美咲は初めて乗ったようで、山道をどんどん走るこの列車に驚いていた。美咲が言った。
「なあ、家の屋根より高いところ走ってるんやけど……」
「うん、それが神鉄や」
到着したのは有馬温泉だった。地元ではあるが、滅多なことではここへは来ない。大学生でも行けるような安めのお宿にあたしたちは着いた。アリスは部屋に入った途端に叫んだ。
「あー! 旅館さいこー!」
それから、アリスは畳の上をゴロゴロと寝転び始めた。美咲は部屋のあちこちを見て回りはじめた。窓際に置いてあるソファにあたしは座った。有馬の景色が一望できた。
しばらく部屋を楽しんだ後、あたしたちは外湯に出掛けた。アリスも美咲もいいスタイルだなぁと不埒なことを考えながら、服を脱いだ。アリスは身体も隠さずはしゃいで言った。
「わぁ! ほんまに濁っとう!」
やってきたのは、金泉と呼ばれる茶褐色の湯だ。あたしたちは三人並んで身体を洗い、湯に浸かった。温泉なんて本当に久しぶりだ。ゆったりと手足を伸ばし、手のひらで湯を弄んだ。美咲が言った。
「はぁ、落ち着くわぁ」
「ほんまやね」
湯上りに、有馬サイダーをぐびりと飲んだ。あたしたちは写真を撮り合った。それから少し川沿いを散歩した。アリスが叫んだ。
「あっ、猫!」
黒猫が、ささっと駆けていくのが見えた。
「あー、逃げてもた」
「アリスが大声出すからやで」
美咲は不満そうだった。あたしも猫は好きなので残念だった。土産物を見ながらアリスが言った。
「蘭は白夜くんに何か買って帰らへんの?」
「あー、白夜になぁ」
旅行をすることは白夜には告げてあった。特に土産物はねだられなかったが、何もないというのも寂しいだろう。あたしは炭酸煎餅を買った。
旅館に戻って懐石料理を頂き、今度は内湯に入った。狭かったが、風情があって良かった。あたしは二人より早めにあがり、喫煙室でタバコを吸った。
部屋に敷かれたふかふかの布団に、全員で飛び込んだ。あたしたちはくったりと寝転がり、それぞれの彼氏の話を始めた。
「翔くん、お金貯めたいから実家は出えへんねんて。大阪まで通うって。わたしもそうする。そんで、貯まったら一緒に住むねん」
「私はどうしようかな。働き出したら、浩太んとこ行く回数も減るなぁ」
アリスがあたしの方へ転がってきて言った。
「蘭は? 白夜くんどないするん?」
「東京で就職したしなぁ。遠恋できる気がせえへんし、別れるかもしれへん」
「ええっ、ほんまに?」
美咲もあたしの所へ寄ってきて、二人に挟まれる形になった。
「せっかく付き合えたのに、勿体ない」
「まあ、白夜が決めたことは応援したいしな。あたしの存在が邪魔になるんやったら、身ぃ引くよ」
あたしたちは、夜遅くまで長い話をした。初めて語学の授業で出会ったときのこと。あたしの家での宅飲み。ゼミに卒論。そんな話をしていると、どんどん感傷的になってきた。
二人が寝てしまってから、あたしは喫煙室に行った。大学の四年間は本当に充実していた。友達に恵まれて、父親とも向き合えて。こんなに幸せなのに、どこか不安だった。
『まだ起きてる?』
そんなラインを健介に打った。
『起きてるよ』
『電話してもいい?』
『いいよ』
健介に電話するのなんか初めてだ。あたしは薄暗いフロントを通りすぎ、旅館の外に出てから電話をした。
「健介? 今な、友達と有馬温泉おるねん」
「へー、ええなぁ」
「そんで、大学のこと振り返ってたらな、なーんか寂しくなってきてん」
そうして健介に電話していると、心のつかえもおりていった。ひとしきり話をした後、あたしは彼女らが眠る部屋へと帰った。
旅行が終わってから三日後、白夜を部屋に呼んだ。
「これ、お土産」
「ありがとう。これアテにして飲もか」
白夜はたくさんの缶ビールを買ってきてくれていた。炭酸煎餅をパリパリつまみながら、旅行のことを話した。
「夜も朝も料理めっちゃ美味しかったよ。行って良かったわ」
「ふぅん、オレも蘭と旅行したかったなぁ」
「そうやったん? 言ってくれたら良かったのに」
「もうすぐ彼氏終了やし、迷惑かと思ってな」
あたしは白夜の手を取った。
「ほんまやな。あと少しやな」
「蘭、楽しかったで」
「あたしも」
白夜と長いキスをした。彼の指のリングをあたしはさすった。それからゆっくりとセックスをした。
「蘭はこれからも翔とは続けるんか?」
タバコを吸いながら、白夜が聞いてきた。
「うん。あいつとするん、おもろいしな」
「蘭はこれからも変わらへんねんな」
あたしは白夜の手を握った。
「うん。卒業しても、就職しても、あたしはあたしや」
「それでええ」
もしかすると、これが最後かもしれない。そう思いながら、二人で眠った。
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