45 温もり

 八月の蒸し暑い日、あたしは玲子さんと神仙寺さんの店に居た。まずはビールで乾杯だ。


「蘭ちゃん、卒論頑張ってる?」

「はい。毎日パソコン向かってます。ウイスキー飲みながらですけどね」

「あははっ、そうなん?」


 あたしは角瓶を常駐するようになった。飲み方は気分によって色々だ。最近はソーダ割りにして、キーボードを叩いていた。


「それで、蘭ちゃん。ほんまにうち来てくれるってことで、ええねんな?」

「はい。ぜひお願いします」


 玲子さんに礼をすると、彼女はあたしの肩を叩いた。


「ほな、今日はどんどん飲もか。神仙寺くん、次は白ワイン用意しといて」

「かしこまりましたぁー!」


 あたしと玲子さんとで、一本の白ワインを開けた。お代は玲子さん持ちだ。あたしがタバコを取り出すと、すかさず玲子さんは気付いてきた。


「蘭ちゃん、タバコ変えた?」

「はい。大事な人と同じ銘柄にしたんです」

「そう。ええことやね」


 そこにはあまり触れられたくなかった。話題を戻そうと、あたしはおずおずと聞いた。


「あたし、バイトもしてなかったし、働くのってほんまに初めてなんです。大丈夫ですかね?」

「うちの子ら世話好きやし、大丈夫やで。いっぺんに覚えようとせんでええから。やれることから徐々にやっていってな」


 扉が開き、中島さんがやってきた。彼はあたしの隣に座った。


「蘭ちゃん、久しぶり」

「中島さん、なんか痩せました?」

「わかるか? 子供に付き合って公園とかよう行くようになってな。運動量増えたわ」

「ええことです」


 中島さんは玲子さんとも親しいみたいだった。


「玲子さん、相変わらずお綺麗やなぁ」

「そら、金かけてるもん。独身やしね。中島さんは奥さんと順調?」

「実は、二人目どうするかで揉めててな。嫁はつわりが酷かったから、こわい言うとるんよ」


 園子さんもつわりがあった。食べられるものが日によって違ったため、あたしが毎日スーパーやコンビニへ買いに走ったものだ。二人目をためらう気持ちはなんとなくわかる。あたしは中島さんに言った。


「奥さんの気持ちが第一ですよ。産むんは奥さんなんですから」

「せやけど、あまり年齢開けたくなくてな」


 すると、神仙寺さんが言った。


「うちの子ら、七つ離れとうよ。上の子は一人っ子期間長くて、かえって赤ちゃん返りとかせえへんかったし、離れてるんも悪くないで」


 あたしも加勢した。


「あたしも弟とけっこう離れてますけど、ええもんですよ。ケンカとかしませんし」

「そうかぁ。ほな、もう少し考えてからにしよかなぁ」


 中島さんはタバコに火をつけた。それから、玲子さんとゴルフの話が始まった。神仙寺さんも加わって、一人置いてけぼりのあたしは大人しく彼らの言うことを聞くより他はなかった。

 あたしも、ゴルフができれば、楽しめるのだろう。玲子さんのところで働いて少ししてみたら、連れて行ってもらおうか。そんなことを考えた。

 白ワインが尽きる頃、玲子さんはもう出ようとあたしを誘った。そして、彼女のお願いで、あたしの部屋に行くことになった。


「お邪魔します。綺麗にしとんやね」

「友達とかよう来ますからね。掃除はまめにしてます」


 ベッドに並んで座り、キスをした。そして、玲子さんはあたしに命令した。


「自分でやってるとこ、見せて。いつも通りにするんやで?」


 あたしは下だけ脱いで、ベッドに寝転がった。玲子さんの視線を浴びながら、あたしは言われた通りにした。


「玲子さん……触って……」

「あかん。最後まで自分でやるんやで」


 切ない思いを抱えながらも、あたしは達した。ぐったりとしたあたしの髪を、玲子さんは優しく撫でてくれた。


「蘭ちゃんはええ子。素直なええ子やわ。大好き」


 まだ身体の熱が残るあたしは、貪欲に玲子さんを求めた。二人の身体が重なり合い、ベッドはきしんだ。

 終わってから、風呂場に行くと、玲子さんは水鉄砲を掴んで言った。


「これ、何なん?」

「彼氏と遊ぶために買ったんです」

「おもろいなぁ」


 あたしたちも水鉄砲で遊んだ。玲子さんは甲高い悲鳴をあげて、狭い風呂場で身体をくねらせた。

 玲子さんはドライヤーであたしの髪を乾かしてくれた。母親の趣味で、あたしはずっとロングヘアーにさせられていたと父親に聞いている。きっとこんな風に母親にもされていたのだろう、と思うと胸が痛くなった。


「玲子さんって、やっぱり、お母さんみたい」


 あたしは玲子さんの肩に寄りかかって言った。


「ふふっ、そう。嬉しいわぁ」

「就職したら、上司と部下ですけど……こらからも、こんな風に甘えていいですか?」

「もちろん、ええよ」


 ベランダでタバコを吸った後、あたしは玲子さんに包まれて眠った。まるで胎児に戻ったかのような、安らかな眠りだった。

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