43 生と死

 大学三回生の日々はあっという間に過ぎ、とうとう四回生になった。あたしは就職が決まっているので気楽だ。卒業までの単位は足りていたが、暇だったし、せっかくなので商学部の授業も受けに行くことにした。

 隣には翔と白夜。マーケティングの講義をあたしは受けていた。翔が舟をこぎだしたので、あたしはつついて起こした。少人数の教室だ。寝たら目立つ。翔は大きなあくびをした後、あたしに礼をした。


「腹減ったー! 何にする?」


 翔が天に向かって伸びをしながら言った。白夜が返した。


「とりあえず食堂行こうや」


 二限終わりで混み合う食堂、四人がけの席を確保してから、トレイを持って並んだ。翔が聞いてきた。


「蘭、何にするん?」

「うーん、オムライスかな」

「俺もそれにしよ」


 白夜は唐揚げ丼を頼んでいた。あたしたちが席につくと、新入生だろう、服装に気合いの入った女の子たちがチラチラと白夜を見ていた。本人は、こういうのも慣れっこのようだった。翔が言った。


「あーあ、俺らもついに四回か」


 翔は、就活について話した。エントリーシートはいくつか出しているらしく、六月頃になると面接が始まるとのことだった。

 白夜も活動を始めていた。本当に東京にしか絞らないらしい。交通費なら、親が何とかしてくれるので大丈夫のようだ。あたしは言った。


「二人とも、頑張ってなぁ。あたしは卒論気合い入れるわ」


 食事が終わり、三人で喫煙所に行った。タバコに火をつけ、翔が言った。


「今日、蘭の家で宅飲みしようや」

「あたしはええけど。白夜は?」

「オレもええよ」


 夕方に直接、あたしの部屋に来てもらうことにして、彼らとは一旦別れた。そして、ゼミの教室に行った。アリスと美咲がすでにそこにいた。アリスがニヤニヤと笑いながら話しかけてきた。


「また白夜くんと一緒におったやろ。もー、仲ええねんから」

「あはは。見られてたんか」

「食堂で翔くんともおったやろ?」

「なんやアリス、話しかけてくれても良かったのに」

「二人がええ感じやったから遠慮しといてん。なっ、美咲?」


 美咲は椅子に座り、足をぷらぷらさせながら言った。


「なーんか、わたしよりも蘭の方が翔くんと一緒に居てへん? わたしも商学部の授業取っといたら良かったわ」

「あれな、けっこう面白いで?」


 そして、今夜「蘭飲み」をしたいとアリスが言ってきた。あたしは白夜が来るからと断った。嘘は言っていない。本当のことを言っていないだけだ。こういうのも、もう慣れた。

 教授は、卒論までのスケジュールについて説明した。十二月には提出だ。それまで、何度か面談をして、方向性を決めていくらしい。


「就活もあって大変やと思いますけど、皆さんの大学生活の集大成です。計画性を持って行うように」


 四限は空きコマだった。あたしは一人、図書館で本を読んで過ごした。家だとだらけてしまうので、こういう環境があるのは良い。

 家に帰り、掃除機をかけた。冷蔵庫には、まだ缶ビールがいくつか残っていた。食べるものはない。あたしは白夜に連絡した。


『コンビニでパスタ買ってきて』

『了解』


 翔と白夜が、ビニール袋を提げてやってきた。あたしたちはまず、めいめいの食事をレンジで温めて食べた。


「蘭、白夜。やってや」


 翔は缶ビールを開けた。あたしは白夜をベッドに押し倒した。翔の目があると、白夜はいつもより遠慮する。それが可愛らしかった。


「じゃあ次、翔な」


 あたしは翔に手錠をかけられた。いつの間に用意していたんだか。そして、首を絞められた。いつもより……強い。


「あかん! 蘭死んでまうて!」


 白夜が翔の手を掴んだ。あたしは激しく咳き込んだ。翔は鬱陶しそうに言った。


「大丈夫やて。この女やったら」

「せやけど……やりすぎやで」


 あたしは翔の手を自分の首に持っていった。


「もっかい、やってよ」

「うん」


 失神する寸前まで、何度も手を強めたり弱めたりということを翔は繰り返した。白夜も何も言わなくなった。

 終わって、三人でタバコを吸った。二人分の熱がしぶとくあたしの身体に残っていた。白夜は言った。


「翔。さっきのはやっぱりやりすぎやと思う」

「そうかぁ。まあ、ほんまに蘭のこと殺してしもたら、俺もそのまま首吊るわ」

「あんまりそんなこと言いなよ」


 あたしは二人の会話を黙って聞いていた。翔に殺されるのはごめんだし、その後死なれるのももっとやめてほしいと思った。翔は言った。


「セックスするってことは、生と死のやり取りやと俺は思っとうから。だから、ギリギリまでやりたい」

「翔がそんなんなら、オレももう止めへんけど……」


 翔がそういうことを思っているということは、今までの行動から推察できていた。あたしはいつか、セックスの最中に死ぬのかもしれない。それもまた、こんなあたしにはふさわしいのかもしれない。

 けれど、あたしはまだ生きていたい。今じゃない。これからもっと、あたしは知りたい。生のやり取りを交わしてみたい。だから、あたしは言った。


「今度は翔の首絞めさせてよ」

「うん、ええで」


 白夜は脅えた目であたしたちを見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る