40 ペアリング

 白夜の誕生日がきた。あたしたちは昼過ぎに待ち合わせ、三宮でケーキを食べた。


「白夜、誕生日おめでとう」

「ありがとう」

「彼女と過ごせるん、幸せ?」

「うん、幸せ。ほんまは彼氏がええけどな」

「あははっ、ええ男おらんの?」

「卒業までは蘭にしとくわ」


 それから、白夜がペアリングを欲しがっていたので、元町で手作りのリングを作った。


「これ、他の男とするときもつけとくわ」

「ええで。どうせその方が興奮するんやろ? 蘭は」

「えへへっ」


 容姿端麗な男を連れ歩くのはやっぱり楽しかった。白夜が本当は男を愛しているのだと知れば、皆はどんな反応をするのだろうか。

 夕食は、ちょっといいステーキを食べた。もちろんお代は持ってあげた。あたしも白夜も、呆れるくらいビールを飲んだ。


「蘭、飲み過ぎ」

「白夜もな」

「誕生日なんやし、ええやん」

「せやな」


 店を出ると、二人ともフラフラだった。あたしたちは、リングをはめたばかりの手を繋ぎ、三宮を出て、電車に乗った。

 家に着き、キスをしようとする白夜をあたしは止めた。そして、引き出しから、雅さんに貰った道具を取り出した。


「今日は誕生日やし、特別なことしたろ。ローションもあるよ」


 白夜は大人しくズボンを脱いだ。あたしはローションをすりこんだ。いい具合になってきたところで、道具を彼に突き立てた。彼の身体はすんなりそれを受け入れた。びくびくと震える彼の肢体は可愛らしかった。


「ありがとう、蘭。こんなんしてくれるん、蘭だけやわ」


 今度は口付けに応えてやった。


「蘭、お返ししたい。尽くさせて」


 白夜はあたしの手の指を、丁寧に舐め始めた。それから、ありとあらゆるところを。耳が一番感じた。あたしが吐息を漏らすと、彼はニヤリと笑った。


「他の女にはこんなことせえへん。蘭にだけや」

「他の女は知らんでええの?」

「ええねん。蘭だけで充分、満たされてもうたわ」


 セックスが終わり、あたしは浴槽に湯を張った。そこに無理やり二人で入った。あたしは水鉄砲を買っていた。白夜に撃つと、彼は湯をバシャンとかけてきた。疲れてしまったのか、身体を拭くと白夜はすぐに眠ってしまった。あたしは彼の長いまつ毛を眺めていた。 

 翌朝、駅まで白夜を見送った後、コンビニで酒とタバコを買った。今夜は三人での女子会だった。アリスと美咲は同時にあたしの家にやってきた。


「やっほー蘭! 久しぶり!」


 アリスは日に焼けていた。なんでも、浩太さんと海に行ったらしい。そして、目ざとかったのは美咲だった。


「あっ、蘭、ペアリング買ったん!?」

「せやで。白夜の誕生日に作ってん」

「ええなぁ。わたしも翔くんに頼んでみよ」


 彼女たちは大荷物を持ってきていた。たこ焼き器とその材料だ。具材を切るのはアリスにやってもらった。たこの他に、チーズやチョコレートなんかもあった。焼くのもアリスにお任せだ。あたしは出来上がった色んなたこ焼きをほいほい口に放り投げていた。美咲が言った。


「蘭にも決まった彼氏ができてほんまに安心やわ。白夜くんなら、一途そうやしな」


 卒業したら別れる関係、だなんて美咲には言えなかった。あたしはとりあえず笑っておいた。アリスがリングを見たがったので、外して彼女の手のひらの上に乗せた。


「わあっ、ほんまに綺麗やなぁ。やっぱり、ペアリングってええよなぁ。浩太はな、仕事で邪魔になるからつけられへん言うて、嫌がるんよ」

「ああ、それやったら仕方ないなぁ」


 それから話は、就職のことになった。あたしは玲子さんのことを話した。二人はとても驚いていた。アリスが言った。


「えー! もう決まっとんや。ええなぁ、私就活とか嫌やぁ」

「まあ、口約束やけどな。西宮やったらここから通えるし、丁度ええわ」


 美咲はため息をついて言った。


「わたしも就活憂鬱やわ。何の取り柄もあらへんしなぁ」


 文学部なんて、就職とは何の関係もない勉強ばかりをするところだ。もちろんそれを仕事にする人も居るだろうが、あたしたち三人にはそこまでの情熱は無かった。

 就活もそうだが、卒論もある。大卒の資格を得るには避けて通れない。アリスも美咲も、バイトを減らすのだという。美咲が聞いた。


「白夜くんとは結婚考えとん?」

「いや、今のところは特に。白夜もどこに就職するかわからへんしな」

「そっかぁ。翔くん、神戸から通える距離にはしときたいって言っとった。何年か働いて、貯金して、そしたら二人で住みたいなぁ」


 あたしは誰かと一緒に住むことなど考えられなかった。一人暮らしがそう長いわけではないが、自分のやり方というものが確立している。アリスが言った。


「私は浩太んとこ行きすぎて半同棲状態やけどな。着替えも歯ブラシも全部置いとうよ」

「ええなぁ、そんなん羨ましいなぁ」


 あたしはベランダに出て、タバコを吸った。吸いながら、リングをそっと撫でた。あたしと白夜の絆の証。それはとても愛おしかった。

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