36 やっぱり

 白夜を送り出してから、あたしはトーストを食べ、ベッドの上でスマホを見ながらぼおっとしていた。連休中、特に予定はない。

 うとうとしていると、健介からラインがきた。


『今日、神仙寺さんとこ行こう』


 健介からの誘いは、履歴を辿ると一ヶ月ぶりだった。神仙寺さんのところへも、そういえばしばらく行っていなかった。あたしは行くと返信した。

 神仙寺さんの店に着くと、健介はまだ来ていなかった。雅さんが一人でカウンター席に居た。


「あっ、蘭ちゃーん!」


 雅さんは大きく手を振った。あたしも軽く手を振り返した。


「蘭ちゃん、いらっしゃい。ビールか?」

「はい」


 この時間に雅さんがいるのは珍しいとのことだった。初めて彼女と会ったときのように、大体閉店直前に来るとのことだった。


「今日はお店自体が休みなんよ。だから実家に顔出そうと思って」

「おいおい、俺んとこが実家なんか?」

「せやで。神仙寺さんはアタシのパパやもん」


 健介もやってきた。あたしは雅さんと健介に挟まれる格好になった。


「うわっ、雅や」

「健介くん、お久しぶりぃー!」


 健介が神仙寺さんに一杯奢り、四人で乾杯した。雅さんが言った。


「健介くん、蘭ちゃんとやっとうねんて?」

「ははっ、せやで。彼女とも別れてもたし、寂しなって呼んだ」


 あたしは健介の肩を掴んだ。


「待って、別れたん?」

「うん。重くなってな。結婚とか匂わせてきたから、嫌になってん」


 神仙寺さんが言った。


「健介のくせに、勿体ないことしたなぁ」

「ええんです。おれ、まだ結婚とかしたないですから」


 雅さんは足を組み換え、あたしと健介を交互に見つめて言った。


「二人は付き合わへんの? お似合いやと思うけど」


 あたしは言った。


「付き合いませんよ。健介とはこのくらいの距離感で丁度ええんです」

「おれも、蘭とはこのくらいでええなぁ」

「そうなんや。まあ、アタシも一人には縛られたくないけどな」


 ビールを飲みながら、雅さんの話に耳を傾けた。彼女が今居る店は三宮にあり、お客さんの年齢層は高いとのことだった。


「アタシ、今めっちゃ充実しとんねん。だから男とか興味あらへん」


 あたしは雅さんの手の甲をさすって言った。


「女の子には興味ありますか?」

「アタシ、女もいけるで」

「ふふっ、あたしもです」


 神仙寺さんがしっしっと手を振って言った。


「そこ、いちゃつかんといてくれる? よそでやって」

「はぁい」


 雅さんはちろりと舌を出した。そして、彼女とあたしは連絡先を交換した。御幸雅ごこうみやび。彼女も珍しい名前だ。彼女もあたしと同類らしく、今まで様々なセックスを経験してきたとのことだった。


「複数でもようやってた時期あったで。蘭ちゃんは?」

「この前、三人で、見られながら童貞奪いました」

「あははっ! 蘭ちゃんもようやるなぁ」


 あたしと健介は先に店を出た。健介の家に着き、しっとりとキスをした。あたしは音楽をかけるように言った。あたしたちの交わりは加速した。


「蘭。やっぱり蘭はええわ。めっちゃええわ」


 ベッドの上で、健介がそう言った。曲はバラードになっていた。静かに落ちるピアノの音色が、高ぶっていた精神と肉体を落ち着けてくれた。


「あたしも、健介とするん気持ちいい」

「可愛いなぁ、蘭」


 そして、三人でした、ということについて聞いてきた。


「どういうことなん?」

「翔って子、おるやろ。その子が、綺麗な男の子連れてきてん。童貞奪ったって、ってな」


 あたしは彼らとのセックスのことを話した。白夜がいかに過敏に反応したのかも。健介は興味深そうにそれを聞いていた。あたしは聞いた。


「なあ、健介の初めてっていつやったん?」

「中二のときやで」

「早っ」

「彼女の家でやった。夏の暑い日でな。シャワー浴びられへんから、汗だくで帰ったんよう覚えとう」


 その彼女とは、高校が別々になって、自然消滅したらしい。健介は高校ではよくモテたらしく、色んな女の子と付き合ったのだとか。


「浩太先輩には、手ぇ出しすぎやでってよう怒られとった。二股かけてたんがバレて、両方の女の子からどつかれたこともある」

「健介はその頃からよう遊んでたんやな」


 あたしは男とは無縁の女子高生時代を送っていた。性への関心は高かったものの、一歩踏み出す勇気は無かった。

 今のあたしは、その反動なのだろうか。健介や翔、玲子さんのお陰で、新しい世界を次々と見いだすことができた。この半年間で、あたしはすっかり変わってしまった。


「健介は、他の子と三人でしてみたい?」

「おれは嫌やな。やっとうとこ見られたくないし、蘭がやられてるとこも見たない」

「なんや、残念」


 翔と引き合わせても面白いかと思ったのだが。あたしは起き上がり、服を身に付け始めた。そして、タバコを吸った。遅れてきた健介が言った。


「やっぱり、蘭はええわ」

「もう、なんなん? そればっかり」

「他の子とおったら、蘭がやっぱりええなぁって思うんよ」


 健介は決して、「好き」とは言わない。そう言ってしまうのがこわいのだろう。あたしは彼にもたれかかった。タバコの灰がはらはらと落ち、床を白く汚した。

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