35 白夜

 五月の連休の最中。翔からこんな連絡があった。


『面白いことしよう。お酒多めに持ってくる』


 いつものように扉を開けると、翔の他に、金髪の男の子の姿があった。翔が言った。


「こいつ、磯上白夜いそがみびゃくや。俺と同じ商学部の三回生」

「どうも、初めまして。生田蘭です」

「……どうも」


 部屋に二人を招き入れ、あたしは言った。


「ビャクヤくん、って珍しい名前やね」

「よう言われる」


 白夜くんはその名にふさわしい、冷たい印象を持つ綺麗な子だった。背はすらりと高く、肌も白かった。翔が言った。


「こいつ、クォーターなんよ」

「へえ? 道理で顔立ちがくっきりしてると思った」

「オレはこの顔、嫌いなんやけどな」


 二人はビニール袋二つ分のお酒を持ってきていた。しばらくはそれを開けながら、白夜くんの話をした。


「俺と白夜は最近知り合ったんよ。ゼミが同じになってさ」

「そうなんや。白夜くん、カッコいいし、モテるんとちゃうん?」

「いや、そんなことないよ」


 翔がつんと白夜くんの頬をつついた。


「こいつ、童貞やねん。それで、言ってた面白いことなんやけどな」

「うん」

「蘭、俺の目の前で白夜の童貞奪ったってくれへんか?」


 あたしは白夜くんの顔を見た。彼は恥ずかしそうに目を伏せた。あたしはにっこりと微笑んだ。


「ええよ。でも、白夜くんはそれでええの?」

「うん……ええよ。でも、もう少しお酒進めてから」


 白夜くんは缶ビールを飲み干した。そして、次の缶に移った。あたしはあまり酔っていない方がいいだろう、と控えておいた。彼が三本目を終えた頃、あたしはごろりとベッドに仰向けになった。


「白夜。呼び捨てにしてもええ?」

「ええよ、蘭」


 視界の端で、翔が舌なめずりをしたのが見えた。あたしは白夜を受け入れた。キスをしながら、ゆっくりと互いの服を脱がせた。


「ゴム、俺がつけたるわ」


 翔はコンドームを置いている位置をわかっていた。白夜につけてあげると、彼はいよいよ緊張しはじめた。あたしは言った。


「あたしが動こか?」

「いや、オレがしたい」


 白夜はぎこちなく腰を振った。またこうして、男の初めての相手になることに、あたしは言い知れぬ感覚を味わった。彼はきちんと達することができた。あたしは彼の金髪を撫でた。


「よくできました」

「白夜、初めての女の感想、どうやった?」


 翔は直接的な単語を使わせながら、白夜に全てを言わせた。白夜は最初はおそるおそるだったが、追加で酒を飲み、最後はあっけらかんとあたしを罵った。


「女もただの肉の塊やって、わかったわ」

「せやろ、白夜。それでええねん」


 それから、翔も服を脱いだ。


「白夜。いっぺんも目ぇそらしたらあかんで?」


 翔とはいつもより抑え目にセックスをした。白夜の視線が羞恥心を燃え上がらせた。あたしは翔ではなく、白夜にさらけ出した。彼は言われた通り、しっかりと目に焼き付けているようだった。

 終わって三人でタバコを吸った。高揚感があたしを満たしていた。新しい愉悦をくれた彼らにあたしは感謝していた。翔が言った。


「俺はもう帰るわ。白夜は好きにしぃ」

「蘭、泊まってもええかな?」

「ええよ」


 二人っきりになった部屋で、もう一度あたしと白夜はセックスをした。あたしの腕の中で、彼はこう言った。


「翔から、条件つきやけど女とやらしたるって言われたときは、どうしようかと思ったけどな。来てよかったわ」

「あたしも。面白かったわ。白夜のこと、気に入ったで」

「そうかぁ」


 白夜はベッドの中であたしを抱き締めた。彼はあたしの肩甲骨をなぞりながら言った。


「でも翔、彼女おるねんな?」

「せやで。あたしの友達」

「マジか」

「絶対内緒やで? 白夜はええ子やから黙っとけるやろ?」

「うん。黙っとう」


 その夜あたしは白夜を泊めた。彼が寝付いてから、スマホを見ると、翔からラインがきていた。


『今日、どうやった?』


 あたしはこと細かく白夜との二回目のセックスについて送信した。文章に起こすと、自分のやったことが客観視できて、余計に高ぶった。

 ベッドに潜り込んで、白夜の上下する胸を眺めた。もう何人目なのだろう。とっくに両手の指では数えることができなくなっていた。

 翌朝目覚めると、白夜があたしを見ていた。彫刻のように洗練された彼の顔立ちは、とても童貞を卒業したばかりとは思えないほど猛々しかった。


「おはよう、蘭。ずっと蘭の顔見とったわ」

「おはよう。なんや、恥ずかしいなぁ」

「蘭は可愛いなぁ。オレ、こんな可愛い子と過ごせて幸せやわ」


 白夜にコーヒーを出し、タバコを吸った。彼は言った。


「蘭、またここ来てもええ?」

「ええよ。ライン、交換しよか」


 一夜限りの男たちには連絡先を聞かない。白夜とは、またしたいと思ってやったことだった。彼を送り出してから、もう一本タバコを吸った。二人分の男たちの感触が、しつこく残っていた。

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