27 再会

 冬休みが終わり、講義が始まった。息つく間もなくまたテスト期間に入る。その後は長い春休みだ。

 美咲と翔は本当に別れた。あたしの家で、アリスと一緒に慰めた。美咲は自身を責めていた。わがままを言いすぎたかもしれないと。あたしは黙って彼女を抱き締めた。

 講義の合間に、神仙寺さんの店に行き、健介の家に行ったり、翔があたしの家に来たりするという日々が続いた。あたしは他のショットバーにも足を運ぶようになった。そこで出会った男とワンナイトの付き合いを交わすこともあった。これもまた、楽しかった。

 けれど、安心するのは、やはり健介の家だった。音楽をかけながら、ソファで寄り添い、体温を分かち合った。ある夜、健介が言った。


「蘭は就活どうするんや?」

「うーん、全然決めてへん。神戸離れたくないから、できれば地元の企業がええなぁ……」


 三年生からは、国文学のゼミに所属することになっていた。アリスと美咲に合わせただけである。本当はどこでも良かった。どうせ就活ではゼミの内容まで見られないだろう。大卒の資格さえあればいいのだ。


「健介は何でパチ屋なん?」

「大学のときにバイトしとってん。就活中々決まらんかって、そしたら店長が、うち来るかって言ってくれて」

「そうやったんや」


 あたしは今さらバイトなんてする気が起こらない。大学に入ってようやく自覚したことなのだが、うちの父親は相当に高収入だったらしい。奨学金を借りていないと言うと、アリスに驚かれた。

 健介と出会ってから、三ヶ月が過ぎようとしていた。あまり多くのことを知りたくはないと思ってはいたのだが、結局こうして話をしてしまう。彼は言った。


「実はさ。バイトの子に告白されてさ。どうするか悩んどうねん」

「その子、可愛いん?」

「蘭ほどやないけど、可愛いで。でも、社内で付き合うとなると色々と面倒やしな」

「とりあえず付き合ったらええやん」

「せやな。とりあえずな」


 明日は二人とも休みだった。健介はスマホをいじりながら言った。


「何か、美味しいもん食べたいなぁ」

「せや。友達とその彼氏が働いているレストランがあるねん。そこ行かへん?」

「おれと蘭で?」

「うん」


 その店は元町にあった。あたしはまだ行ったことが無かった。アリスに連絡すると、明日は二人とも入っているとのことだった。


「よっしゃ、行こ行こ。なっ、健介?」

「まあ、ええか」


 レストラン白猫軒。ランチタイムに入ったが、アリスを通して予約していたのですぐに席に通された。


「いらっしゃいませ! 蘭が来てくれるなんて嬉しいわぁ! 健介さんも、初めまして! アリスです!」

「初めまして。健介です」


 あたしはオムライスを、健介はハンバーグを注文した。卵はふわとろで、肉がたくさん入っていた。あたしは健介と一口ずつ交換した。使っている肉の質がいいのだろう。ハンバーグはとても噛みごたえがあった。

 食後のコーヒーを持って、浩太さんが現れた。


「蘭ちゃん。これサービスな」

「……浩太先輩?」

「えっ、健介?」


 健介は立ち上がった。


「浩太先輩やないですか!」

「おう、ほんまに健介や! 久しぶりやなぁ!」


 浩太さんはバシバシと健介の背中を叩いた。どういうことだろう。あたしは彼らからの説明を待った。


「蘭ちゃん、こいつ、高校の後輩やねん。まさか蘭ちゃんの男が健介やとは思わんかった」

「おれも、ここに浩太さんがいはるん知りませんでした。シェフになる夢、叶えはったんですね」


 遠巻きに見ていたアリスが言った。


「いやぁ、世間って狭いですねぇ」


 本当にそうだ。浩太さんが言った。


「健介、今何しとんや」

「大学卒業して、パチ屋で働いてます。浩太さんは専門学校行ったんですよね?」

「おう。それからここに勤めとうねん」


 話は尽きなかったが、営業中だ。浩太さんは一旦厨房に帰っていった。健介は上機嫌だった。


「まさか、浩太先輩に会えるとはな。蘭、ありがとうなぁ」

「凄い偶然やったね」


 それから、健介は浩太さんにタバコを教えられたのだと笑った。その当時、帰宅部ばかりが入り浸る小屋のようなものがあり、そこでこっそり喫煙していたのだと。


「浩太先輩も、父親おらへんねん。やから、おれのこと可愛がってくれてな」

「そうやったんや」


 少し長めに居させてもらい、健介と浩太さんはしばし語らった後、店を出た。健介の表情は少年のようだった。


「あー、色々懐かしいこと思い出したわ。やっぱり楽しかったなぁ、高校」

「良かったな、健介」


 その後は、あたしの家に行き、セックスをした。ベッドで寝転がりながら、健介が言った。


「そうや。明日震災の日やん」

「あっ、ほんまや」

「ここの近くの公園に、モニュメントあるん知っとう?」

「いや、知らへん」

「今から行ってみるか?」


 あたしたちは服を着て、外に出掛けた。

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