26 関心

 冬休みが終わる直前。あたしの家に、アリスと美咲が集まった。


「はい、これお土産!」


 美咲は可愛い缶に入ったチョコチップクッキーを渡してくれた。この缶は大事にしよう。あたしからも、東京土産を二人に渡した。アリスが聞いた。


「東京まで行っとったん?」

「友達おるねん。ショットバーも行ったで」

「蘭はほんまに酒好きやなぁ」


 それから、話はディズニーのことになった。美咲はやや暗い表情で言った。


「わたしは楽しかってんけどな。翔くんはどうやったんやろなぁって。けっこう並んだし、しんどそうな顔しとった」


 アリスが言った。


「それで、やったん?」

「ううん。疲れた言うて翔くん寝てしもた。まぁ、夜行バスやったし、予定詰め詰めで行ってもたからな。そんな余裕無かってん」


 あたしは黙って缶ビールを飲んでいた。その内また、翔から連絡が来そうだな、と思った。その日は鍋をしようということで、狭いキッチンを使い、アリスが食材を切ってくれた。


「浩太んとこで慣れとうから、ここほんま使いにくいわ。蘭、ようやるなぁ」

「だってあたし自炊せぇへんもん」


 鍋はわざわざアリスが持ってきてくれていた。あたしの部屋にあるのは、即席麺を作るための小さなものだけだったからである。出来上がった鍋を囲み、あたしたちはもう一度乾杯した。美咲が言った。


「わたしも料理頑張ろうっと。翔くんにお弁当とか作ってあげたいな」


 美咲の努力は、どう転ぶのだろう。彼女はまだまだ諦めていない。ともかく見守るしかないと思った。この日は終電までに解散した。案の定、翌日翔からラインがきた。


『今日、家行ってもいい?』

『いいよ』


 玄関に入るなり、翔はあたしを抱き締めてきた。あたしは背中をさすった。


「蘭、会いたかった」

「そう」


 それから、翔からのディズニーの話を聞いた。


「美咲って、可愛いやん。あんな子一緒に連れとったら、やっぱり優越感みたいなもんがあるねん。ディズニーでも、それは感じてた」

「うん」

「でもな、蘭の顔が浮かぶねん。蘭と行きたかったなぁって思ってしまうねん」

「あたし、そういうとこ行きたないよ。東京行ったけど、観光もせんと、男の家行っただけやったし」


 翔は真っ直ぐにあたしの瞳を貫いた。


「東京にも男おるんか?」

「せやで。だから言うてるやろ。あたしは誰のもんにもならへんって」


 達己とは、東京に行って以来連絡を取っていなかった。彼とのセックスは無邪気で楽しいし、またしたいとは思うのだが、あちらも仕事で忙しいだろう。また神戸に来てくれるときがあれば、あたしの家に泊めてもいいとは考えていた。

 翔は缶ビールを一気に飲み干した。そして、黙ってベランダに行った。あたしはその後を追った。二人でタバコを吸いながら、無言の時を過ごした。居心地が悪かったので、あたしから切り出した。


「美咲、料理頑張るって言ってたよ。お弁当作ってあげたいねんて」

「ほんまに、ええ彼女やと思うわ。俺なんかには勿体ないわ」

「せやな。勿体ない」

「そこは否定せぇよ」

「なんで? 彼女おるのに彼女の友達の家に上がり込むクズ男のくせに?」


 タバコを揉み消し、翔はあたしの頬を叩いた。あたしは彼を睨み付けた。


「こんなんにさせたんは、蘭やろが!」

「責任なすりつけるんもええとこやわ。最初に誘ってきたん、自分やで?」


 こんなことでひるむものか。あたしに非はないのだから。翔はうなだれて言った。


「……はたいてごめん」

「ええよ、別に」


 あたしは翔を抱き締めた。二人の間に熱がこもった。寒さも忘れて、あたしたちは長いキスをした。部屋に戻り、セックスをした。

 翔は長い間、ベッドに寝転がり、天井を見つめていた。あたしは何も喋らず、彼の鎖骨を指でなぞっていた。翔が言った。


「俺、美咲と別れようかな」

「なんで?」

「蘭が俺のもんにならんくてもええ。俺が蘭のもんになりたい」

「飽きたらポイするで?」

「その時は、その時や」


 あたしはまだ、翔に飽きていなかった。彼の求めはますます激しくなっており、それにあたしの身体がどこまで耐えられるのかを試してみたかった。彼にはまだ利用価値があった。

 翔は起き上がり、スマホをいじり始めた。美咲に連絡をしているようだった。止めたかったが、もう彼の決意は固いのだろう。好きにさせた。彼らは会う約束を取り付けたみたいだった。


「あたしとのことは、言うたらあかんで? あたしは美咲を失いたくない」

「わかっとう。俺が一方的に冷めたことにする」


 いつか、美咲を慰めるための女子会が開かれることだろう。面倒だが、もうそれでいいと思った。美咲には、また新しく誰かと付き合ってもらえばいい。


「なあ蘭、好きやで」

「うん」

「嘘でも、俺のこと好きって言って」

「嫌や。でも、嫌いやないよ」

「そうかぁ」


 好きの反対は無関心だといったっけな。あたしは翔に関心がある。この男の内に、どんな衝動があるのか、見定めたい。そして、あたし自身のことを知りたい。もっと違う自分を発見したい。そういう好奇心だけが存在していた。

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