23 帰省

 大晦日の日。あたしは昼食を食べてから電車に乗り、バスに乗り換え、実家に着いた。久しぶりに見る一軒家は、とても大きく感じられた。インターホンを押すと、園子さんが出た。


「今開けるね」


 鍵が開き、園子さんが顔を出した。長い黒髪を低い位置で一つに束ねていた。


「お帰り、蘭ちゃん」

「うん」


 ドタドタと足音が聞こえてきた。二階から、大樹がおりてきた。


「お姉ちゃん! お帰り!」

「大樹、大きなったな」


 靴を脱いであがると、大樹が抱きついてきた。あたしは顔をしかめた。それに気付いたのか、園子さんは慌てて言った。


「大樹。お姉ちゃん、びっくりしてるから、やめたり」

「はぁい」


 リビングに入ると、ダイニングテーブルに父親が座っていた。


「お帰り、蘭」


 あたしは頷いただけだった。父親とどんな話をすればいいのかわからなかった。なのでひとまず、彼に東京土産を差し出した。


「これ。友達んとこ遊びに行っててん」

「おう、ありがとう」


 大樹が袋を触りだした。


「お姉ちゃん、これ何ー!?」

「お菓子やで。後で食べよか」


 ダイニングテーブルの上には、寿司が並べられていた。あたしの好きなイクラが多めにあるのが見えた。園子さんはあたしの好みをわかってくれている。それだけに、やはり複雑だった。あたしは席についた。園子さんは言った。


「蘭ちゃん、大学どない?」

「楽しいよ。友達もようさんできたし、単位もしっかり取っとうで」

「ほな良かった。ほんまに久しぶりやね。心配しとったんよ」


 向かいの席に座っていた大樹が、身を乗り出してきた。


「お姉ちゃん、おれめっちゃ寂しかってんで! お姉ちゃんとこ行きたいって言うたら、お父さんもお母さんも反対するし!」

「まあ、こんといてほしいかな」

「えーなんで? 彼氏おるん?」


 小学三年生とは、そんなにませていただろうか。あたしは言った。


「おらんよ。いっつも女友達とおるよ」

「えー、お姉ちゃん美人やのになぁ!」


 一年以上会っていなかったというのに、大樹の態度は相変わらずだった。本音を言うと嬉しかったが、なるべくそれを表に出さないようにした。寿司を食べている間も、あたしは大樹の質問攻めにあった。時々はぐらかしたり嘘をついたりしながら乗り切った。

 園子さんは蕎麦も作ってくれた。ダシからきちんと自分でとったらしい。美味しかった。料理が本当に上手なのだ、この人は。あたしはさすがに素直に伝えた。


「園子さん、これめっちゃ美味しい」

「ありがとう、蘭ちゃん」


 お風呂に入り、大樹とテレビを見ながら、カウントダウンを迎えようとしたのだが、彼は十一時過ぎには眠ってしまった。父親が大樹をベッドに運んだ。そうして大人三人になってしまうと、ひどくそわそわとした気分になった。

 年が明けた。あたしたちは新年の挨拶をした。それから、父親がこう言った。


「蘭。ちょっと二人で話しよか。園子。もう部屋行っといてくれ」

「うん、わかった。おやすみ」


 あたしは父親に聞いた。


「お酒とかないの?」

「あるで。飲むんか?」

「うん。ビールがええな」


 父親は冷蔵庫から缶ビールを取り出し、わざわざグラスに注いで、ダイニングテーブルに置いてくれた。あたしはそれを飲み、尋ねた。


「話って何?」

「大樹のことやけどな。園子が私立に入れたがってんねん」

「えっと、中学の話?」

「そうや。蘭は結局、高校まで公立やったやろ? 不公平ちゃうかと思ってな」


 なんだ、そんなことか。あたしは作り笑顔をした。


「別にええやん。行かしたったら。あたしは気にせぇへんで」

「ほんまか。ええんやな?」

「ええよ。園子さんもついたっとんやったら、大丈夫やろ」


 沈黙がおりた。あたしはビールを飲むしかなかった。タバコが吸いたくなってきたが、バレたくないと思い我慢した。しばらく後、父親がようやく口を開いた。


「蘭はしっかりしとうな。酒も飲めるようになって」

「うん。ショットバーとかよう行くよ」

「そうか。大人なったな」

「うん」


 あたしの大学での過ごし方なら、大樹を通して父親も聞いたはずだ。もうこれ以上、あたしからは言うことがなかった。もう寝ようか、と席を立とうとしたとき、父親が言った。


「蘭。ほんまに大学、楽しいか?」

「うん。めっちゃ充実しとうで。何も心配いらへん」

「そうか」


 二階にあがり、自分の部屋に入った。園子さんが掃除してくれているのだろう。ホコリ一つ無かった。ベッドに入ったが、寝付けなかった。あたしはスマホをいじりはじめた。


『あけましておめでとう』


 健介に送った。返事はすぐに返ってきた。


『おめでとう。今年もよろしく』


 良かった。健介もまだ起きているのか。あたしは続けてラインを送った。


『北区におるんよね? 会わへん?』

『ええよ』


 あたしたちは、地元の小さなショッピングモールで待ち合わせることにした。

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