21 嫉妬

 あたしはお土産の袋を提げて、神仙寺さんの店に入った。健介はすでに一杯やっていた。あたしは彼の隣に座った。


「蘭ちゃん、いらっしゃい。東京行ってきたんやて?」

「はい。これ、お土産です」

「サンキュー!」


 定番の東京ばな奈を渡した。神仙寺さんはすぐさまそれを開け、あたしと健介、それに他のお客さんにも配り始めた。お礼を言われ、あたしは会釈した。


「で、何にする? ビールか?」

「はい」


 健介もビールだった。二人で乾杯すると、彼は聞いてきた。


「それで、どっか観光してきたん?」

「ううん。ショットバー行って、達己んとこ泊まって帰ってきただけ」

「ええ? せっかく東京まで行ったのに?」


 あたしはシュウさんの店のことを話した。そこで出会ったモデルみたいに綺麗なハノンさんのことも。神仙寺さんは言った。


「あそこはちょっと特殊やからな。ええなぁ、俺もシュウくんに会いたいわ。達己はもうええわ」

「あははっ、そうですか」


 神仙寺さんは、どうやらあの店の事情を知っているらしかった。しかし、それについては触れることなく、達己の話になった。


「それで? わざわざ東京まで行ってやってきたんか?」

「はい。達己とするん楽しいんで」

「あいつ、女慣れしとうからな。またあの店行くことあったらどついたろう」


 中島さんがやってきた。神仙寺さんは彼にもお土産を渡した。


「蘭ちゃん、ありがとう。東京行ってきたんや」

「はい。あっちのショットバー行ってきました」


 それから、中島さんはこんなことを言った。


「夜泣きのとき、俺も起きるようになったわ。ミルク作っとう」

「ええですやん。あたしも弟が小さいとき、ミルク作ってました」

「あれ、寝ぼけてたら何杯入れたかわからんようになるなぁ?」

「わかります」


 あたしは大樹の事を思った。園子さんは母乳が出にくい体質だったらしく、完全にミルクだった。彼の成長を見守る事自体は楽しかった。歳の離れた弟ができたと言うと、学校でも羨ましがられたものだ。

 けれど、父親が大樹を抱っこしているところを見るのが、何だか嫌だった。あたしの心にはぽっかりと穴が空いた。もう埋めることなど到底できないほど深い穴だ。あたしはその穴に気付かないフリをしながら思春期を送った。自然と、一人で過ごす時間が増え、高校に入学したときは、当たり障りのない付き合いしかしなかった。

 それが変わったのは、家を出たからだろう。アリスと美咲に出会い、彼女らが居ないと大学生活が成り立たないほど、あたしたちは仲良くなった。ずっと友達で居たいというのは本心だった。

 健介と中島さんは、何やら仕事の話を始めた。つまらなくなってきたので、あたしはボトルを眺めた。神仙寺さんが言った。


「蘭ちゃん、次何する?」

「うーんと、まだ飲んだことないやつ……いや、やっぱりカンパリソーダで」

「はいよ。そうや、蘭ちゃん。この前玲子さんと一緒に帰ったよな?」

「あっ、あの後ラブホ行きました」

「あの女、またやりよったか。蘭ちゃんも蘭ちゃんやけど」

「えへへー」


 あの夜は凄かった。未だに思い出すと赤面しそうになる。あたしは口角を上げ、神仙寺さんに言った。


「女同士もええですよ?」

「なあ、実際どうやるん?」


 あたしは玲子さんとの一夜を詳しく語り始めた。途中から、健介と中島さんも黙ってあたしの話に耳を傾けてきた。あたしは赤裸々に話した。終わる頃には、男三人はすっかり固まってしまっていた。口を開いたのは、神仙寺さんだった。


「あかん。やっぱりようわからん世界やわ」


 そう言って、神仙寺さんは自分の額をペチンと叩いた。健介がぼそりと言った。


「蘭は一体どこまで行くねん……」

「さぁ?」


 あたしはカンパリソーダを飲み干した。そして、健介と店を出た。彼は珍しく、あたしの腕に手を絡めてきた。あたしはそれに応じた。しっかりと指と指を組み合わせたまま、健介の家に着いた。玄関で、彼は言った。


「女の人、そんなに良かったん?」

「うん、めっちゃ良かった」

「ほな、男にしかできんことしたろ」


 その夜はいつになく激しかった。あたしは初めて、健介とのセックスの中でやめてと言った。しかし、彼はやめてくれなかった。痕もつけられた。終わってタバコを吸いながら、あたしは口を尖らせた。


「もう、何なんよ今日は」

「蘭があんまり遊び回るから、さすがに妬けてきてん」


 健介はあたしの頭に拳をあて、ぐりぐりと押し付けてきた。


「健介でも嫉妬することあるんや?」

「そりゃするで? やっぱり男として、おれが一番やって思われたいやん?」


 一番は誰なのだろう。あたしは振り返った。この二ヶ月で、様々な男や女と寝たが、それぞれが違うし、誰が一番だとか、そういうのは決められなかった。そして、一番がどうとか、そういうのは下らないと思った。

 セックスをするとき、人と人とは対等だとあたしは考えていた。年齢も性別も関係ない。ただ、熱を持った肉体だけがそこにある。心がどんなにがらんどうだとしても、肉体は反応し、さらに熱を持つ。そういうものだとあたしは思うのだ。


「健介のアホ」


 あたしは健介をはたいた。彼を慰める気にはならなかった。妬くのなら、いくらでも勝手に妬けばいい。あたしは知らない。明日も、その先のことも。

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