20 Raining

 十二月二十日。あたしは新大阪駅まで出て、新幹線に乗った。こうして一人で遠出をするのは初めてだ。観光スポットなんかも興味がないから、夕方くらいに着くようにした。東京駅の中の店でラーメンを食べた後、池袋へ向かった。西口で達己と待ち合わせだ。


「よう、蘭」


 黒いダウンジャケットの中に、黒いベストを着て、黒いネクタイを締めた達己が立っていた。


「達己! 久しぶり!」

「本当に来てくれるとは思わなかった。ありがとう」


 クリスマス気分の池袋の街を、達己と連れ添って歩いた。彼はどんどん暗い路地の方に進んで行った。そうして見上げたのは、二階建ての古いビルだった。看板なども特に出ていない。達己が言った。


「足元、気を付けて。ここの二階」


 あたしはおそるおそる階段を上った。扉の横に、「Raining」と書かれた名刺が貼ってあるのに気付いた。これが看板代わりなのだろうか。中に入ると、真っ直ぐなカウンター席が目に入った。他にお客さんは居なかった。カウンターに、一人の長身の男性が立っていた。


「いらっしゃいませ。蘭さんですね」


 真ん中の席にあたしは腰かけた。


「こんばんは。蘭です」

「僕は永沢修斗えいさわしゅうとです」

「知ってます。シュウさん、でしょう?」

「はい」


 あたしはビールを注文した。作ってくれたのは、達己だった。あたしはカウンターにタバコとライターを置いた。すぐさまシュウさんが灰皿を出してくれた。シュウさんは言った。


「わざわざ神戸から、ありがとうございます。神仙寺さん、お元気ですか?」

「はい。めっちゃ元気です。いうて、あたしもあの店通いだしてからそんなに経ってへんのですけどね」

「まだ二十歳だとお伺いしました」

「そうなんです。達己から大体話、聞いてる感じですか?」


 シュウさんはちらりと達己の方を見た。達己は言った。


「シュウさんには隠し事できねぇからな。大体言ってる。今日泊めることもね」

「ほな、遠慮なくてええわ」


 店内にはジャズが流れていた。あたしはビールを飲んだ。美味しい。いつもとは違う静かな雰囲気のせいだろうか。神仙寺さんのところで飲むものとそんなに変わりないはずなのに、あたしには特別に感じた。あたしはシュウさんに尋ねた。


「なんで看板とか出さへんのですか? こんなにええ店やのに」

「うちはちょっと、特別なお客さんの来る店でしてね。それでも経営は何とかいっていますよ」


 もしかして、芸能人とかが来るようなお店なのだろうか。東京だもの。それはあり得る。あまり突っ込んで聞かない方がいいと思い、この話はやめにした。達己は言った。


「関西弁の女の子、新鮮だろ?」

「そうですね。可愛いです」


 シュウさんは、整った顔立ちで微笑んだ。こんな人に可愛いと言われると、思わず顔が赤くなる。あたしはそれを隠すかのように、タバコに火をつけた。すると、一人のお客さんがやってきた。


「やっほー! 久しぶりー!」


 あたしは一瞬、その人が男性なのか女性なのかわからなかった。銀髪をボブカットにしていて、けっこう小柄だ。しかし、スーツのボタンの位置から、男性なのだろうと見当をつけた。とても綺麗な人で、モデルかと思った。やはり、ここはそういう店なのか。


「おっ? 初めて見る顔だねぇ。隣、いい?」

「はい」


 シュウさんが紹介してくれた。


「蘭さん、彼はハノンさん。うちの常連です。ハノンさん、彼女は蘭さん。神戸から来て下さいました」

「マジで!? 神戸から!?」

「そうなんです」


 ハノンさんは、あたしの左隣に座った。そして、こう言った。


「ボク、ブレンド」

「かしこまりました」


 シュウさんが手に持ったのは、赤ワインの瓶だった。あたしはワインに詳しくない。ブレンドという何か飲み方があるのだろう。ハノンさんはあたしに話しかけてきた。


「ねえねえ、何でこの店に来たの?」

「えっとですね……」


 あたしは、神仙寺さんの店で達己と出会ったことから話し始めた。その間に赤ワインが置かれ、あたしはハノンさんと乾杯した。


「それで、今夜は達己の家に泊まるんだ?」

「はい、そうです」

「達己ったら、行くとこ行くとこで女の子引っ掛けてくるんだから。蘭ちゃん、こいつ女癖マジで悪いよ?」

「あたしも男癖悪いんです」

「あはは! そっかぁ!」


 ハノンさんと楽しい会話を交わし、十二時頃に達己と店を出た。彼との久しぶりのセックスは、無駄がなく、とても軽やかだった。笑うと一本の線になってしまう彼の目がとても可愛かった。終わって、ソファでタバコを吸いながら、彼は聞いた。


「蘭、明日はどうするの? 観光して帰るの?」

「あたし、特に興味ないねんな。お土産買ったら真っ直ぐ新幹線乗る」

「それは勿体なくない?」

「ええねん。達己に会いにきただけやから」

「もう」


 達己はあたしの髪を撫でた。それから彼とじゃれ合いながら眠り、本当に真っ直ぐ新幹線に乗った。お土産は、ちょっと多めに買った。あたしは新幹線の中で健介にラインを打った。


『東京行ってきた。お土産渡したいから近い内に会おう』

『ええよ。明日は?』

『大丈夫。神仙寺さんとこ寄ってから行こう』


 神仙寺さんにもお土産がある。あたしは明日を楽しみに、車内で目を瞑った。

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