19 玲子

 冬休みになった。去年は元彼が半同棲状態で転がり込んでいたが、今年は暇だ。あたしは一人で神仙寺さんの店へ足を向けた。


「蘭ちゃん、いらっしゃい」


 時刻は夜八時。黒髪で、ショートヘアーの女性のお客さんが一人だけ居た。


玲子れいこさんの横座り」


 そう神仙寺さんが言うので、あたしはレイコさんと呼ばれた人の右隣に座った。彼女もタバコを吸っていた。グラスの中身はなんだろう。透明だ。ハイボールだろうか。あたしは彼女に話しかけた。


「初めまして。蘭っていいます」

「私は玲子。ここには久しぶりに来てん。神仙寺くん、変わらへんな」


 神仙寺さんのことをくん付けで呼ぶことから、玲子さんも四十代くらいなのだろうか。しかし、肌にはハリがあり、大きな二重の目が何とも幼く、二十代後半に見えた。あたしはとりあえずビールを頼んだ。玲子さんが尋ねた。


「蘭ちゃん、学生?」

「はい。大学二回生です」

「若いなぁ。そんな若いのに、こんな店来るなんて、ようやるわ」


 苦笑いをしながら、神仙寺さんが言った。


「玲子さんも二十歳くらいのときからバー行ってたんでしょう?」

「せやなぁ。もう忘れたわ」


 そして、玲子さんはタバコに火をつけた。その横顔が何とも綺麗で、あたしは見惚れた。ビールがコースターに置かれ、あたしは彼女と乾杯した。あたしは言った。


「この辺住んではるんですか?」

「ううん、今は西宮。仕事の関係でね。昔はよう三宮来ててん」

「昔と変わりました?」

「変わったなぁ。ここ入る前にブラブラしてんけど、珈琲の青山がなくなってたんはびっくりしたわ」


 神仙寺さんが口を挟んだ。


「玲子さん、それかなり前ですよ」

「ほんまか。私、よくあそこ行ってたんやけどな」


 その店なら、あたしも父親と行ったことがあった。あたしはミルクレープが好きで、必ずそれを食べていた。まだ園子さんを紹介される前のことだ。玲子さんは続けた。


「ここがあってほんまに良かったわ。私、色々お酒飲むけど、やっぱり神仙寺くんが作ってくれるんが一番やもん」

「ありがとうございまーす!」


 あたしは二人の間柄が気になって聞いた。


「玲子さんは、いつから神仙寺さんのこと知ってはるんですか?」

「この店ができてすぐの時からやで。まだ神仙寺くんも独身やったからな。女の子沢山紹介したったわ」


 電子タバコを吸いながら、神仙寺さんが笑って言った。


「俺は今でも募集してますよ?」

「どうせ人妻がええんやろ。あかんあかん」


 それから、団体のお客さんがやってきて、ボックス席に座った。神仙寺さんはカウンターを出た。玲子さんが、あたしのタバコを指して言った。


「ハイライト、一本ちょうだい」

「そんなら、玲子さんのも下さい」

「ええよ」


 玲子さんのタバコは、ピアニッシモのメンソールだった。メンソールのタバコは初めて吸った。すうっと通り抜けていく不思議な感覚が、病みつきになりそうだった。玲子さんはあたしの瞳を見つめて言った。


「蘭ちゃん、可愛いな。もっとお話したくなったわ。他にタバコ吸えるとこ、行こか」

「いいですよ」


 会計は玲子さんが持ってくれた。あたしはペコリと頭を下げた。そうして連れられて行ったのは、ラブホテルだった。


「タバコ吸えるとこって……ここですか?」

「嫌ならやめとくで? どうする?」


 魅惑的な笑みだった。あたしは玲子さんの手を握った。


「入ります」


 あたしと玲子さんは、まずソファに隣り合ってタバコを吸った。部屋は狭く、風呂には脱衣所が無かった。玲子さんは言った。


「私、蘭ちゃんみたいな子、タイプなんよ。蘭ちゃんは、女の子としたこと、ある?」

「友達と、キスならしたことあります。それ以上は、無いです」

「教えて欲しい?」

「はい」


 タバコに火がついたまま、あたしと玲子さんはキスをした。ぬちゃり、と音がした。あたしはそれだけで、全身がしびれそうだった。火を消し、互いの服を脱がせ合った。玲子さんは、とてもスレンダーな体形をしていた。


「洗ってあげる」


 風呂場に行き、あたしはたっぷりの泡で身体を洗われた。胸に手を当てられたとき、あたしはびくりとのけぞった。男とは違う、小さくてしなやかな指。それが這いまわり、あたしは何度も声を上げた。玲子さんが耳元で呟いた。


「可愛い」


 あたしも玲子さんの身体を洗った。彼女はあたしよりも小柄だった。女性の身体にこうして触れるのは初めてだ。あたしはガラス細工を扱うかのように、丁寧に尽くした。

 ベッドに行き、あたしは新しい快楽を玲子さんから教わった。いやらしい言葉と、自分の身体が発する卑猥な音を聞きながら、あたしは絶頂を味わった。もうへとへとになった頃、彼女は言った。


「もうしんどい?」

「いえ。もっと、知りたいです」


 あたしはギリギリまで玲子さんの攻めに耐えた。最後は、息も絶え絶えのあたしを、優しく抱き締めてくれた。二人とも服を着て、タバコを吸いながら、彼女はこんなことを言った。


「女同士も悪くないやろ?」

「めっちゃ気持ち良かったです」

「私、女しか好きになられへんのよ。蘭ちゃんさえよければ、またしてあげる」

「はい。連絡先、交換しましょう?」


 その日はそのままラブホテルに泊まった。玲子さんは、あたしが寝付くまで、優しく髪を撫でてくれていた。

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