18 普通の幸せ
コンビニで酒とタバコを調達したあたしは、健介の家に入った。
「よう、蘭」
「飲もか」
玄関で、あたしはビニール袋を突き出した。健介はあたしの頭をくしゃりと撫でてきた。
「蘭、お腹空いとう?」
「ううん。友達の彼氏にパエリア作ってもらってん」
あたしは缶ビールを開け、浩太さんの話をした。それと、アリスも美咲も結婚願望が強いということも。健介は聞いてきた。
「蘭は結婚とかどう考えてるん?」
「別にしたくないな。結婚にいいイメージないねん。あたし、そういう普通の幸せはいらへんわ」
父親と園子さんは、結婚式をしなかった。園子さんは初婚だから、すればいいのにという周囲の声があったそうだが、お金を節約したいからと写真だけ撮ったようだった。その写真を、あたしは今まで見たことはなかった。あたしは言った。
「健介こそ、どうなん?」
「おれ? おれも全然。一人っ子やから、実家帰ったらええ子おらんのとか色々言われるけどな」
「せや、年末年始実家帰るん?」
「帰るよ。大晦日から三が日までは北区におるつもり」
あたしはまだ、父親に何の連絡もしていなかった。そこで、今してしまうことにした。
『大晦日にそっち行ってもいい?』
帰る、ではない。行く、だ。既読はつかなかった。まだ仕事なのだろうか。あたしはスマホをローテーブルに放置した。健介が言った。
「おれ、明日は休みやねん。二人でどっか行くか?」
「たまにはええね。ハーバーとか行く?」
「そうしよか」
あたしたちはセックスをした後、タバコを吸いながら、明日の予定を立てていた。健介がスマホをいじりながら言った。
「映画とか観るか? 今何やってるんやろ」
「どれどれ?」
映画の公開情報を見たが、どれもこれもピンと来るものがなかった。あたしは健介と観るなら、やっぱり後味の悪いものが良かった。しかし、今やっているのは、正統派アクションと、甘い青春ラブストーリー、子供向けのよくわからないアニメだけだった。あたしは言った。
「ええのないな。まあ、ブラブラしような」
「せやな」
部屋に戻ると、父親からの返信があった。
『わかった。
大樹というのは、弟の名前だ。背は伸びただろうか。生意気になっただろうか。彼と最後に会ったのは、引っ越しのときだ。彼はお守りとしてビー玉をくれた。あれは確か、パソコンデスクの引き出しにしまってある。そのことを思い出した。あたしはソファに座り、健介に寄りかかって言った。
「あたしも大晦日に実家帰るわ。弟が楽しみにしてくれてるんやって」
「そっか。良かったやん」
「弟は、何も悪くないからな。あたしが一方的に、義理の母親のこと嫌いやねん」
初めて園子さんを紹介されたとき、あたしは小学生だった。園子さんはカレーを作ってくれた。正直、美味しかった。あたしには、生みの母親の記憶は無かった。父親とは、いつもレトルトカレーを食べていた。だが、あたしも反抗期だった。料理なんかで手なずけられてたまるか。その思いで、彼女のことを決して「お母さん」とは呼ばないのである。
「蘭も苦労してるんやな」
「健介かてそうやん?」
「うん。親が離婚したんはおれが高校のとき。母親は我慢し続けようと思っててんて。けど、向こうの女に子供できたらしくてな。それでやっと離婚した。だからおれ、顔の知らん弟か妹がおるねん」
健介は立ち上がり、コンポを引っ張り出すと、音楽をかけた。うなるギター。正確なリズムを刻むドラム。ボーカルのシャウト。それらが一体となり、心地いいうねりを作り出していた。
さて、もうすぐ冬休みだ。あたしは達己に会いに、東京に行くことに決めていた。十二月の二十日と二十一日にした。それを送ると、了解と返ってきた。あたしがスマホを覗き込んでいると、健介が聞いてきた。
「なんや、他の男とラインしとんか?」
「せやで。東京行ってくる」
「ほんまに行くんかいな」
「だって、あたし東京のショットバーも行ってみたいし。そうや。神仙寺さんとこ行った?」
「行ったで。周年行かんかったん怒られたから、謝っといたわ」
そう言うと、健介は大きなあくびをした。
「もう寝よか」
「うん」
あたしたちは、音楽をかけたまま、しっかりと抱き合って眠った。翌日は、二人で神戸駅まで出て、ハーバーランドで半日過ごした。あたしは服を何着か買った。
昼食は、フードコートでとった。家族連れで賑わう中、あたしはもっと洒落た店にでも行けばよかったかなとも思ったのだが、相手が健介だからこれでいいのだと思った。
帰宅してまず、ベランダでタバコを吸った。去年の今頃のことを思い返した。元彼と、クリスマスの相談をしていたのである。当日は三宮でご飯を食べて、マルイでネックレスを買ったのだった。どうか元彼も、あれを捨てていて欲しいとあたしは願った。
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