16 睦み合い

 アリスは一日休んだだけで大学にきた。どうやらそこまで大したことがなかったらしい。早く宅飲みをしようとせがんできた。美咲は渋い顔をして言った。


「もう、治ったばっかりで調子乗っとったらあかんよ。テスト期間やし……」

「一日くらいええやん。蘭の家行こうなぁ」


 それで、授業が終わった後、三人での女子会が開かれた。アリスは率直に聞いた。


「で、美咲、どうやった?」

「翔くん、めっちゃ気遣ってくれた。痛かったけど、やっぱり好きやなぁって思えた」


 美咲はどうやら満足していたようだった。良いことだ。あたしは聞いた。


「次はいつするん?」

「うーん、ディズニーのときかなぁ。泊まるし、さすがにせんわけにはいかんやろ」


 アリスは言った。


「お土産よろしくなぁ!」

「うん、もちろん」


 それから、アリスの彼氏、浩太さんの話になった。


「テスト期間終わったら、また浩太のとこ行こうな。パエリア作ってくれるって」


 美咲はぱあっと顔を輝かせた。


「わたし、パエリア好き! そんなん作れるなんてさすがシェフやなぁ!」

「浩太の得意料理なんよ。私も何度か食べとう」


 アリスと浩太さんは、無事付き合って一年目を迎えたとのことだった。アリスの方から告白したのだ。あたしも一度だけ会ったことがあったが、ガタイが良くて柔和な雰囲気の素敵な男性だった。美咲が言った。


「まずはテストとレポート終わらさなあかんな」


 あたしは言った。


「あたしはレポートけっこう進めとうよ。締め切りには余裕で間に合いそう」


 アリスは髪をかきむしりながら言った。


「マジで? 蘭、私のん手伝ってぇなぁ」

「自分でやり」


 酒が進んできた。あたしは一度タバコを吸いに出た。考えていたのは、父親のことだった。この部屋の引渡し以来、会っていない。連絡も来ない。本当の親子三人で、楽しく過ごしているのだろう。それを思うと、さらに酒が欲しくなった。

 戻ってあたしはさらに一缶ビールを開けた。アリスと美咲は、浩太さんの話で盛り上がっていた。美咲が聞いていた。


「一年記念のデートはどうしたん?」

「浩太の部屋で。特に大がかりなことはしてへんよ。ずっとイチャイチャしとった」

「へえ。わたしも一人暮らししたくなってきた」


 そして美咲はあたしの方を向いた。


「蘭はええなぁ。あたしは家出るの、許してくれへんやろなぁ」


 家族の事情を、アリスと美咲には言えていなかった。このタイミングだとあたしは思った。あっさり一人暮らしができた理由をあたしは話した。アリスは言った。


「弟くんには会いたいと思わへんの? 半分やけど、血ぃ繋がってるんやろ?」

「まあ、そろそろ会いたいかな。もう小学三年生やし、ベタベタくっついてこうへんと思うし」


 今年の年末は、実家に帰ろうか。そういえば、健介はどうするのだろう。今度会ったときに聞いてみようと思った。美咲はそろそろ酒が限界なようで、何かソフトドリンクを欲しがった。そのために用意していた柚子茶をあたしはふるまった。アリスがあたしの腕をちょんちょんとつついて言った。


「それで、健介って人とはどうなん?」

「たまに会うよ。向こうも遊んでるし、割り切った付き合いしとう」


 とろんとした目をしながら、美咲が言った。


「蘭がどんどんわたしらから離れていくようで、何か嫌や」


 この状態の美咲に、達己のことまで話してしまえば、雷に打たれたような衝撃を与えてしまうことだろう。やめておいた。あたしは言った。


「うちら、ずっと友達やで。何があってもな。卒業しても、宅飲みしよなぁ」


 そうしてあたしたちは三人で手を繋いだ。二人とも、手がすべすべで可愛い。あたしは高校までの友達とは縁が切れているから、彼女らの存在が本当に大きい。あたしはふと、悪い気を起こした。


「ちょっ、蘭」


 あたしは美咲にのしかかり、キスをした。アリスがけたたましく笑い出した。


「蘭、私にもチューして」

「はい、チュー」


 アリスにもキスをして、三人でバカみたいに笑い転げまわった。あたしは言った。


「なあ、今夜は二人とも泊まってぇなぁ」


 アリスも美咲も、親に連絡しはじめた。交代でシャワーを浴び、二人にはあたしの部屋着を貸した。アリスはあたしと同じくらいの背丈だが、美咲は背が高いので、ジャージがパツパツになっていた。美咲はにこやかに呟いた。


「何か、蘭ちゃんに包まれてるみたいやなぁ……」

「ほんまに包んだろか?」


 あたしは背後から、立っていた美咲に抱き着いた。彼女のセミロングの茶髪が頬をくすぐった。アリスが叫んだ。


「あー、ずるい!」


 アリスは美咲の胸に顔をうずめた。そのまま三人で固く抱き締め合った。さすがにシングルベッドに三人は寝れないので、ローテーブルを動かし、クッションとブランケットを敷いて、アリスと美咲には床で寝てもらった。真っ先に寝息を立て始めたのは美咲だった。あたしはアリスと顔を見合わせた。


「私、蘭と美咲と一緒におる時間、大事にしたい。これからもよろしくなぁ」


 あたしとアリスは、美咲の寝顔に何度もキスをした。

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