14 ダラダラ

 達己とは、朝になってラブホテルを出て、三ノ宮駅で別れることにした。彼はこれから神戸駅の方へ行くのだという。


「ありがとう、蘭ちゃん。東京来てくれよな」

「うん、絶対行くわ」


 あたしは大阪行きの電車に乗り、家に着いた。ろくに食べるものがなくて、ポテトチップスをつまんだ。それから、健介に連絡した。


『仕事、大丈夫やったん? 神仙寺さん怒ってたよ』


 返事は一時間くらい経ってからきた。


『大丈夫。昨日は行けなくてごめん。今日は休みやけど、来る?』

『ラーメン食べたい』

『じゃあ駅前で集合』


 健介は、新しい店に連れていってくれた。元彼はラーメン屋なんてデートで行く所ではないという下らない信条を持っていたことを思い出した。気楽でいいじゃないか、ラーメン。

 そして、健介の家に行った。あたしは昼から飲む気にはなれなかったので、コーヒーを頂いた。健介に言った。


「あたし、昨日東京の男とやったわ」

「ええ?」


 あたしは達己の話をした。東京でバーテンダーをしているから、冬休みに遊びに行くつもりであるということも。


「蘭、ペース早ない? 何人目?」

「元彼入れたら、四人」

「あまり増やしなや。いうて、東京やったらそんなに会われへんか……」


 健介の肩を掴み、あたしは言った。


「健介がこーへんかったからやで」

「まーた他人のせいにする」


 まだ何か言いたげな健介の口を、あたしは唇でふさいだ。そのまま、あたしたちは求め合った。達己の感触はまだ残っていた。それを上書きされたようで、少し切なくもあった。

 終わった後、あたしたちは裸のまま、ベッドでダラダラとしていた。健介のすね毛をあたしは弄んだ。軽く怒られた。


「蘭とおると気ぃ楽やわ」


 そう言って健介はあくびをした。


「うん、あたしも楽。今日はどないする? 映画でも観る?」

「うーん、なんかしんどい。このままおろうや」


 脱ぎ捨てたデニムの中に入っていたスマホが振動した。あたしはベッドから降りずにそれを手繰り寄せ、スマホを掴んだ。美咲からだった。


『翔くんとしました』


 あたしは思わず声をあげた。


「おおー!」

「何? どしたん?」

「友達がようやく処女卒業したわ」


 あたしはおめでとうのスタンプで返信した。


『ありがとう。痛かったけど、優しくしてくれたよ』

『よかったね。また話聞かせて』


 健介が言った。


「それって蘭が筆下ろししたった子?」

「せやで。あたしのおかげやな」

「胸張ることやないわ」


 ポカリと健介に頭を小突かれた。あたしはぺろりと舌を出した。健介は聞いてきた。


「またその子に誘われたらするん?」

「うん、するで」

「バレんようにしぃや。面倒やで」


 あたしは翔との履歴を消していた。彼もきっちりそうしていたら、美咲にバレることはないだろう。仮に、家に来たことがわかったとしても、何もしていないで通せばいいのだ。証拠など残っていない。

 タバコが吸いたくなったあたしは、服を身につけた。つられたのか、健介もそうした。二人で紫煙を吐き出し、晴れた空を見上げた。健介は言った。


「天気ええなぁ。こんな日にダラダラするんほんまに幸せやわ」

「あたしも。どっこも行きたくない」


 夕飯は、冷凍のチャーハンにした。健介はそれだけでは足りなかったのか、カップラーメンも食べた。満腹になったあたしたちは、セックスをした。あたしはもう泊まることに決めていた。

 シャワーを一緒に浴びて、髪を乾かした後、再びベッドに寝転がった。無音なのが寂しくて、あたしはCDをかけてと健介に頼んだ。もう慣れ親しんだ重低音が聞こえてきた。あたしは尋ねた。


「このバンドって、来日せえへんの?」

「トレント・レズナーがもうツアーには興味ないらしいからな。子供できて変わってもたらしい」

「そうかぁ。あたしライブとか行ってみたかったんやけどなぁ」

「まあ、子供ができたら人は変わるて」


 確かにそうだ。父親は、弟が産まれてから変わった。あたしにほとんど興味を向けなくなった。母親が死んでから、父子二人、連れ添って生きてきたのに。園子さんのせいで全てが変わってしまった。あたしは言った。


「健介のお父さんって、どんな人やったん?」

「めっちゃ酒癖悪かった。おれもようどつかれとったわ。酒なんて飲みたないって思っとった。けど、大人なったら、酒ないとやっていかれへんねんなってわかった」

「……そうかぁ」


 今のあたしも、お酒がないとやっていられない。まだ二十歳になったばかりだというのに。こんなあたしを知ったら、父親はどう思うだろうか? 園子さんには泣かれるだろうか。健介はあたしの頭を撫でて言った。


「湿っぽい話はやめやめ。もう寝よ。明日早いねん」

「うん」


 翌朝、六時にあたしは起こされた。本当に仕事が早いらしい。コーヒーを飲んだら、もう健介はスーツに着替え始めた。駅の改札前で別れ、あたしは帰宅した。

 何の予定もない日曜日だ。しかし、まだレポートがある。あたしは少しベッドでうとうとした後、ノートパソコンに向かった。

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