11 バーでの女子会

 一限目。語学の授業の教室に行くと、アリスと美咲が話していた。あたしは彼女らの前の席に座った。アリスが言った。


「なあ、蘭。前言ってたバーに行きたいんやけど」

「ええよ。金曜日にしよか」


 あたしは美咲の顔を見た。彼女は不思議そうに首を傾げた。


「蘭、どしたん?」

「美咲はほんまに可愛いなぁと思って」


 アリスがつんつんとあたしの腕をつついた。


「なあ、私は?」

「アリスも可愛い可愛い」


 昨日のことを、どうしても思い出した。あたしは友達を裏切った。でも、バレなければいい。あたしは彼女らを失いたくない。翔とはこの先も続くのかもしれない。あたしとのやり取りは消してもらうようにしないと。あたしはその旨ラインを打った。

 金曜日がやってきて、あたしたち三人はガストで夕食を済ませた。ここなら神仙寺さんの店と近いのだ。アリスはスマホでカクテルを調べ始めた。


「何作ってもらおうかなぁ。あっ、酒言葉ってあるんやって」

「どれどれ?」


 あたしはアリスのスマホを覗いた。花言葉のように、カクテルにも意味があるらしい。あたしはスプモーニの酒言葉を調べた。「愛嬌」だった。健介は、これを知っていてあたしにすすめたのだろうか。


「私、これにしよ。ぴったりやろ?」


 アリスが指したのは、「純心」の意味を持つ白いカクテルだった。シェイカーで作るらしい。あたしは言った。


「バーテンダーさんがシェイカー振るとこ、めっちゃカッコええよ。それにしたら?」


 夜七時になり、開店直後に、あたしたちは店に入った。


「蘭ちゃん、いらっしゃい。友達?」

「はい。二人とも、ショットバーに来るん初めてなんです」

「そうか。まあ座りや」


 あたしはアリスと美咲に挟まれて座った。早速アリスが注文した。


「私、飲みたいカクテルあるんです。ホワイト・レディ」


 美咲も言った。


「わたしもそれで」


 あたしはそのカクテルは飲めないと思った。なので言った。


「神仙寺さん、あたしはビールで」

「かしこまりましたー!」


 神仙寺さんは、鮮やかな手付きで三杯のお酒を作り上げた。あたしたちは乾杯した。美咲が言った。


「わたし、バーってもっと入り辛いとこかと思ってました」


 神仙寺さんが言った。


「まあ、うちは入りやすい方やと思うで。一見さんもよう来てくれる。まあ、居着くんは蘭ちゃんみたいなアホの子ばっかりやけどな」


 あたしは神仙寺さんを小突く真似をした。


「もう、アホって何なんですか」

「自分アホやん。それより、二人の名前何ていうん?」

「はいはーい! 私、アリスです」

「わたしは美咲です」

「アリスちゃんに、美咲ちゃんな。覚えたわ」


 それから、アリスはカクテルを作る器具の名前を聞きたがった。氷などを混ぜるときに使う、長いスプーンはバースプーン。お酒をはかるためのメジャーカップ。果物の果肉が入らないようにするストレーナー。それらを神仙寺さんは優しく教えてくれた。

 何人かのお客さんが来て、神仙寺さんはそちらの対応を始めた。ため息をつき、美咲が言った。


「あんな。翔くんのことやねんけど」


 アリスは身を乗り出して聞いた。


「うん、なになに?」

「わたしとやりたいみたいやねん。ずっと待っといてくれてるけど、決心つかへんねん」


 あたしはビールグラスを傾けた。アリスがどう言うのか、まずは聞いてみたいと思い、黙っていた。


「最初は痛いからなぁ。私も浩太こうたとしたとき、叫んでしもたわ」

「やっぱりそうやんな? 蘭ちゃんは?」

「あたしもめっちゃ痛かった。でも、今は気持ちええと思えるで」


 美咲はカクテルグラスを見つめた。あと一口くらいで終わりそうだった。あたしは言った。


「二杯目、頼もうや。今日はじっくり語ろう」


 あたしたちは全員、カルーアミルクを頼んだ。コーヒー・リキュールを牛乳で割ったカクテルだ。アリスがペラペラと彼氏とのことを話し始めた。


「自分が上に乗った方がやりやすいで? 深さ調整できるし。私はいつもそうしとう」


 美咲は頬を染めた。


「そんな思いきったこと、できるかなぁ?」

「浩太は歳上の余裕があるからな。私のペースに合わせてくれるねん」

「翔くん、同い年やからなぁ……」


 あたしは言った。


「でも、冬休みにディズニー行くんやろ? それまでには済ませといた方が良くない?」

「そうやねん。ラブホとか、どう入るんかなぁ?」


 至って上機嫌な様子で、神仙寺さんがあたしたちの方に寄ってきた。


「なになに? ラブホの話?」


 美咲はぱたぱたと手を振りながら言った。


「すんません、こんな話して」

「ええんよ。若者の性の話は大好物やで!」


 それから神仙寺さんは、三宮にあるいくつかのラブホテルを教えてくれた。美咲は律儀にスマホでメモを取っていた。あたしは尋ねた。


「神仙寺さん、やけに詳しいですね?」

「俺、しょっちゅう行っとうもん。嫁さんには内緒やで?」


 この人、既婚者だったのか。聞いてみると、二人の子供も居るということだった。そのくせ、既婚者同士で遊んでいるらしい。さすがだな、とあたしは思った。美咲が言った。


「よし。今度、わたしから誘ってみます」


 美咲は拳を握りしめた。あたしは、自分の中に熱がこもりはじめたのを感じていた。

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