10 新たな誘い
誰かと飲んだ後の部屋は、途端に広く感じられた。お昼になるまでは、ベッドでスマホをいじりながら過ごしていた。アリスがインスタグラムを更新していた。彼氏の作ってくれたらしいアクアパッツァの写真だった。あたしはそれにいいねをつけた。
レンジでパスタを温め、食べていると、スマホが振動した。翔くんが、グループではなく、個別でラインを送ってきていた。
『相談あるんやけど、一緒に飲まへん?』
あたしはためらった。美咲に前もって連絡した方がいいのではないか。しかし、美咲に関する相談なのなら、秘密にしておいた方がいいのかもしれない。あたしは尋ねた。
『相談って何? 美咲のこと?』
『うん。今夜空いてるかな?』
もちろん予定は空いていた。あたしたちは、鳥貴族で待ち合わせることにした。
「よう、蘭ちゃん。いきなりごめんな」
「ええよ。とりあえず入ろか」
入ってすぐ、ここが禁煙の店だと気付いた。あたしは言った。
「ここ、タバコ吸われへんな」
「まあええか」
まずはビールとキャベツを注文し、タブレットに焼鳥を入力していった。翔くんはそんなに食べない方らしく、サイドメニューには目もくれなかった。あたしは山芋の鉄板焼きが好きなので、それを頼んだ。乾杯した後、あたしは切り出した。
「それで、美咲とどうしたん?」
「あんな。言いにくいんやけどさ。美咲がまだやらしてくれへんねん」
そのことか。あたしは吹き出した。
「付き合ってまだ三ヶ月やろ? 美咲も処女なんやし、しゃあないやん」
「俺かて童貞やで?」
「ほんまに?」
「うん。高校のときは女の子と縁無かったもん」
それから、翔くんはあたしの話を聞きたがったので、初体験がどうだったかをつまびらかに話した。元彼も童貞だったので、本当にこれでいいのか分からず、二人で途方に暮れたのだ。
「めっちゃ痛かった。何回もやめてって言った。血は出ぇへんかったけどな。翌日まともに歩かれへんかったわ」
「やっぱそうかぁ」
注文の品が続々と届いた。ここは一皿二本焼き鳥がついてくるので、翔くんと一つずつ分け合って食べた。翔くんよりも、あたしの方が美咲との付き合いは長い。なので、こう言ってみた。
「雰囲気大事にする子やからな。美咲のことが大事なんやったら、もっと時間かけた方がええと思うわ」
「蘭ちゃんは元彼と何ヵ月目でやったん?」
「一ヶ月かな」
「早いやん」
美咲と違って、あたしにはセックスに対しての興味があった。高校生のときも、スマホでこっそりAVを観ていたものだ。しかし、そうして迎えたあの初体験は、想像していたものとまるで違った。ただただ、痛いだけだった。
あらかた焼き鳥を食べ終え、あたしは締めか何か要るかと翔くんに聞いた。彼は首を横に振った。あたしは鶏雑炊を注文した。彼は言った。
「ディズニー行くまでには、済ませたいんやけどな」
「そっか。泊まるん?」
「ランドとシー両方行こうって言ってる。一緒に泊まってもたら、手ぇ出さへんとか無理や」
あたしは考えを巡らせた。どうしたら、美咲の恐怖心を取り払えるだろう。あたしから何か働きかけた方がいいのか。翔くんはそれを期待して今日あたしを呼んだのか。そう思っている内に、鶏雑炊がきた。
「翔くんほんまに何も要らんの?」
「うん。俺、酒飲むときはそんなにメシ要らんねん」
翔くんは四杯目のビールに突入していた。あたしは最後にミックスジュースを頼んだ。満腹だ。店を出ると、翔くんが言った。
「タバコ吸いたいなぁ」
「そこにドトールあるけど、コーヒー飲んで帰る?」
しかし、翔くんはあたしの手を握ってきた。
「蘭ちゃんの家、行ってもええ?」
あたしはその手を振り払えなかった。
「美咲にバレたらあかんやん」
翔くんは、口角を歪に上げて言った。
「バレんかったらええねん」
「……そうかぁ」
一度手を離して、あたしの家に行き、ベッドで翔くんとキスをした。あたしが舌で追い詰めてみせると、彼はあたしの首に手を這わせた。
服を取り払い、あたしたちは抱き締めあった。健介の感覚が染み付いていたから、小柄な翔くんがひどく可愛く思えた。
「蘭ちゃん、慣れとうなぁ。美咲から、遊んでるって聞いとうで?」
「せやから誘ったんやろ? アホな男」
あたしは散々、翔くんの情けなさを罵った。その度に、彼は興奮したようで、身体が反応していた。あたしは耳元で囁いた。
「ダメな男。めっちゃ可愛い」
そして、あたしたちはぎこちないセックスをした。途中からは、あたしがリードした。こんな芸当ができるようになったのも、健介のお陰だ。抱かれながら、他の男のことを考えている自分に、あたしは酔っていた。
「童貞卒業、おめでとう」
あたしは翔くんの茶髪を撫でた。健介が犬なら、翔くんは猫のようだと思った。彼はさっさと服を身に付けると言った。
「タバコ吸いたい」
「ええよ」
夜風にあたりながら、タバコに火をつけた。翔くんは黙っていた。あたしは言った。
「絶対内緒やで」
「分かっとう。でもどうしよう。また蘭ちゃんとやりたい」
「蘭、でええで、翔」
「うん、蘭。またしよなぁ」
翔が帰ってしまってから、あたしはベッドに寝転がり、天井を見つめた。とうとう友達の彼氏を寝取ってしまった。あたしはどこまでいくのだろう。でも、元はといえば誘ってきたのは彼の方だ。あたしはそのまま、眠ることにした。
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