04 アリスと美咲

 月曜日。語学の教室には早めに着いた。まず現れたのは、金髪をボブカットにしたハーフ顔の女の子、アリスだ。


「ちょっと蘭! どういうことなん?」

「酒入ってからでええ? 色々あってん」

「もう、ほんまに心配したわ!」


 セミロングの茶髪を内巻きにした、可愛らしいワンピース姿の美咲もやってきた。


「蘭、別れたってほんま?」

「ほんまやで。アリスにも言ったけど、酒入ってから話すわ」


 授業は四限までみっちりあった。あたしは彼女らと過ごし、そのままコンビニへ行って酒とつまみを買った後、あたしの家まで行った。ローテーブルに缶チューハイをならべ、あたしは言った。


「改めて、あたし、別れました! かんぱーい!」


 つい大声が出てしまった。美咲は心底悲しそうな表情で言った。


「蘭、なんか痛々しいねんけど」

「もうええねん、吹っ切れたから」


 それからあたしは、土曜日にショットバーに行ったことから話し始めた。


「そこにおった客の男の部屋いって、泊まったわ」


 アリスは目を丸くした。


「待って!? やったん!?」

「うん、やった」


 美咲はため息をついて目を伏せ、アリスは腹を抱えて笑い出した。


「あははっ! 蘭、凄いなぁ! で、どんな男なん?」

「パチ屋で働いてるねんて。まあ、顔はカッコええよ。背も高いし」


 真面目な顔付きで、美咲が言った。


「で、その男とはこれからどうするん?」

「付き合わへんよ。もう恋愛とか面倒くさいもん」

「わたしはそういうの、あかんと思うよ」


 反対する美咲。対して、アリスはこう言った。


「ええやん。私は遊んだらええと思うわ。連絡先とか交換したん?」

「うん。これ」


 あたしはラインの画面を見せた。健介のアイコン画像は、初期設定のままだった。美咲は言った。


「なんか、どんな男なんか全然わからへんな」

「セックスは上手かったで?」


 美咲はあたしの肩をはたいて言った。


「もう。そういうこと言うんやめて。蘭は真面目な子やと思ってたのに……」


 もうそろそろ、健介の話はいいだろう。あたしは美咲に聞いた。


「美咲は最近彼氏とはどうなん?」

「普通やで、普通。まだ付き合って三ヶ月やし、ようわからんことも多いわ」


 アリスが言った。


「私んとこはもうすぐ一年やで。そうや、またご飯食べさせてもらいに行こうな。この三人で」


 アリスの彼氏とあたしたちは面識があった。シェフをやっていて、一度彼の家で料理をご馳走になったことがあった。アリスはレストランでバイトをしており、そこで知り合ったとのことだった。ちなみに美咲の彼氏は同じ大学だ。あたしは彼女らに言った。


「ちょっと、タバコ吸ってくるわ」


 立ち上がろうとするあたしの腕を、美咲が掴んだ。


「待って!? タバコ吸い始めたん!?」

「そうやで」


 さらにアリスが笑い出した。


「はははっ、蘭、吹っ切れすぎ!」


 あたしは一人、ベランダでタバコを吸った。火をつけるのも、もう手間取らなかった。部屋に戻ると、美咲は暗い顔をしていて、彼女の髪をアリスがポンポンと撫でていた。美咲は呟いた。


「ほんまにショックやわ……」


 美咲はあたしのことを真面目と言ったが、それなら彼女は大真面目だ。今の彼氏は、初めてできた恋人で、まだセックスをしていないということは聞いていた。どうやら踏ん切りがつかないらしい。そんな彼女に、今回の話は確かに酷だっただろう。あたしは美咲の肩を叩いた。


「まあまあ、遊んでようがタバコ吸おうが、あたしはあたしやし? 何も変わらへんよ」

「わかってる。でも、蘭はわたしの大事な友達やから。傷ついてほしくないねん」


 とうとう美咲は涙を流し始めた。アリスはおろおろと手を振った。あたしはティッシュで涙をぬぐってやった。彼女が泣き止むのを待って、あたしは言った。


「ごめんな? 美咲。心配させて。でも、あたしは大丈夫やで」

「また誘われたら行くん?」

「うん、行く」

「そっか」


 美咲はあたしの手を握って言った。


「約束して。妊娠するようなことしたらあかんで?」

「うん、約束する」


 健介はきっちりとコンドームをつけてくれていた。これからも、そうしてくれるだろう。だから、美咲の言うような心配は無かった。アリスが言った。


「それで、そのバーどこにあるん?」

「三宮やで。今度みんなで行こか?」


 美咲は暗い顔のまま言った。


「わたし、バーとかこわいなぁ。蘭、一人でようそんなとこ行けたわ」


 あたしは神仙寺さんのことを話した。ショットバーといっても、そんなに堅苦しくはないということ。初めて訪れたあたしに対しても、明るく優しく接してくれたこと。何よりカクテルが美味しかったということ。美咲の顔にも笑みが浮かんできた。彼女は言った。


「そんなら、いっぺん行ってみてもええかもな」


 アリスは缶チューハイを高く掲げて言った。


「ほな、次の女子会はそのバーやな!」


 それからは、勉強の話をした。あたしたちは全員文学部だ。もうすぐ、ゼミを決める時期が来る。卒論のことも、考え始めなければならない。終電に間に合うように、あたしたちは解散した。空き缶を片付けたあたしは、もう一本タバコを吸った。

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