<第二十五話> 犬頭の軍勢。迫る妖魔。

アリアがいる地下へと向かおうとした、銀仮面卿ことロランとタスクラン公子に、砦の兵士が急報を告げる。


「敵勢が!」


 その声にロランとタスクランの周囲の空気が変わり、外を見るべく両者は窓に駆け寄るのであった。




●〇●




森が揺れる。

大地が軋む。

草を、枯れ枝を、落ち葉を踏む音が続く。


犬臭い。

いや、血の匂いがする。

いいや、野獣の匂いか。


群れた狼がいる。

そして、人間型生物も多数。

その首から上は、犬そのものであった。

やや質のよさそうな剣に盾と武具類。

そして投げ槍。


ついでに、なんと恐るべき面妖さよ、このような冒涜があって良いものか。

その人間型生物に似た、剣や槍、斧そして弓で武装した白骨の一団が、その生者の後の前に押し出され、盾を構えて密集陣形を取っていたのである。


その中でも、大柄の生者の一匹が怒鳴る。


「おい、オークとゴブリンには気づかれてないだろうな?」

「大丈夫でしょう、狂狼将軍。やつらの斥候も、二枚舌のグレムリンも見かけてません」


「そうか?」


 と、その妖魔の首領は疑い深く。銀の目が光り、喉の鱗肌を鋭い爪でガリガリ掻いては血の匂いの息を吐く。


「は、はい! 我らコボルドの勝利です!」


 副官らしき、片眼の妖魔が唸る。


「ほほう? あの豚鼻も、緑肌の小鬼も、この狂狼将軍には劣るか」

「無論でございます。我らコボルド軍は、妖魔軍団の中でも最強です!」

「はっはっは! では、あの砦か。此度こそ落として見せよう。此度は死霊術師も雇ったことだ。きっと目覚ましい活躍を見せてくれるに違いなし! はっはっは!」


 と、首領は片目の副官の脇を見る。

 そこには、灰色のローブで頭から体をすっぽりと覆った当の死霊術師、スペルキャスターの姿がある。

 ネクロマンサーと称される禁忌の魔術を使う輩だ。

 当然のように暗黒神どもを崇拝しているに違いない。


「こやつ、いつ見ても陰気なやつです」

「黙れ。ネクロマンサーは今仕事をしている。つまり多忙だ。アンデッドコボルドの制御にも力を使おう。察せよ」

「しかし……あのような流れの胡散臭い者を……!」

「黙れ。副官ならばもっと大きな視点で世の中を見よ、そして何が一番この俺に栄光をもたらすか、その小さな頭で考えることだ。むしろ讃えよ、あの者が魔術の才の乏しい我らコボルドにとって、稀有の存在であることを!」

「は、は!」

「ああ、それでいい。お前、俺の副官の地位を失いたくはなかろう?」

「あ、はい! もちろんでございます!」

「では、先ほどの死霊術師への暴言、訂正してみろ」

「は! かの者は姿を偽り、実力を隠して生き延び、さらに此度の戦においては、重要な役割を果たされるはずの稀有なスペルキャスターであります! まさしく狂狼将軍閣下の勝利に大きく貢献なさるでしょう!」


 それを聞いた妖魔の首魁は、軽く鼻を鳴らすと、もう目の前に迫った砦への、進撃命令を率いる軍にくだすのだった。


 目標はもちろん。

 そんなものは決まっていた。

 彼ら魔軍、妖魔の軍勢はいつものように──もう何度も挑んでいる──ヒュムが籠る、かの砦である。


 そう。


 彼ら、妖魔の一軍、コボルド大隊は銀仮面卿ことロランと、砦の守備隊長タスクラン公子の守る砦へと迫ったのである。



●〇●


『外が騒がしいな』


と、神魔ファディの言葉にアリアが地下通路で足を止める。

扉を出、今は単身で砦の地下通路を歩く身である。


「え?」


と、アリアは目を細め、遠くどこかを見るのであった。


「お兄ちゃ……銀仮面卿とタスクラン公子様?」


ファディは答えない。

ただ、砦の外の光景を──犬頭の人間型生物と、狼の大きな群れ、そして骸骨の兵士たちを森の中に観たのである。


いや、イメージが飛び込んで……。


「痛いよファディ」


頭を押さえてアリア。


『時機に慣れるさ、お嬢さん』


と、ほぼアルトに固定されたファディの声が男性風に、アリアの頭の中に響いた。





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