<第二十六話> 急使

──ッシュ!


窓から首を出した一人、ロランは風の音を聞く。


「危ない!」


と、隣のタスクランを突き飛ばす。


「何か!」


叫ぶタスクラン公子。

ロランは見る。


部屋の壁にぶつかり、床に転がった矢文を。


矢の先は潰されて丸くなっている。

矢の造りは尾羽の造形と言い、まっすぐなことと言い、素晴らしい。

だが、この矢に殺傷能力は……たぶんない。


「なんだ、森エルフの矢文か。驚かせるッ!」


と言いつつも、矢に括られた手紙を開くタスクラン。

この赤鎧の公子は、すでに戦場の指揮官の目になっている。


「兵の急報も判るというもの」


タスクランは吐き捨てる。

そして大きく呼吸をしてからゆっくりと話し出す。


「森エルフが知らせてきた。敵は妖魔コボルド。そして奴らが飼いならした狼の群れと、なんとアンデッドがいるらしい。アンデッドコボルドとあるが……妖魔のやつら、身内をアンデッドにまでしてヒュムの我らと戦うらしい」


ロランは思い出す。

アンデッド。

負の生命力で動く、生者を憎む蘇りの化け物たち。

そして、アンデッドコボルド。

そう言うからには、コボルドの死体が変化した化け物なのだろう。

ロランも夜の墓場で火の玉を見たことがある。


──え?


そう。空腹に耐えかねたロランは墓に供えられた食べ物や菓子を拝借しに来ていたのだ。

まあ、今は昔の話である。


狼は、村での生活を思い出す。

火を焚いていないと、小さな子供は危険だった。

村を覆う柵も、家畜を狙う彼らに有効だったと思う。


まあ、群れを内しているということは、ある程度まとまって集団戦を仕掛けてくるだろう。

村の漁師は言っていた。

『狼は賢い』と。


そして、コボルド。

犬のような頭と、体には鱗と、そして申し訳程度の武装をして知恵の回る妖魔。

一匹ではオドオドして弱気で、子供だったロラン達でも対抗できたが、奴らは集団となると凶暴性を増す。

特に、リーダーがいる場合は危険だと、これも村の漁師から聞いたことがある。

冒険者からは『コボルド? 楽勝だぜ』とも。


だが、兵やエルフの話もたらした情報では、今回は集団であるということ。

それも、かなり大規模な。

きっと、優れたリーダーに率いられているのだろう。


逃げれば上位の者から殺される。

生き残っても群れから追放。

コボルドたちは、きっと必死で攻撃してくるに違いない。


「すまんが銀仮面卿、補給だけでなく、お前の手勢を借りることになりそうだ」

「手練れの冒険者グループが2パーティ。行きの行程で彼らに欠員が出ましたが、かれらも都でも有名な『静かなる剣歯虎』と『虹の大蛇』。報酬次第で味方してくれるでしょう」

「ああ、彼らには金を渡す。おい、お前!」


と、タスクランは衛兵に叫ぶ。

そして同時に、ポケットから取り出したかなり膨れた小さな革袋を投げることも忘れない。


「それを冒険者どもに渡せ。コボルドどもを駆逐するのを手伝ってくれ、とな。それとウッドエルフは敵じゃない。間違っても彼らを攻撃するなよ? 確かに伝えろ。行け!」

「は!」


と、兵はドタドタと駆け出した。

その走り方と言ったら。

イノシシの方がましである。

それに武具や防具のサイズが合っていない。

練度の方はお察しだろう。


それはロランを不安にさせた。

もっとも、彼らを統括すべきタスクランは気にもしていないようで、壁にある弓を取るとロランこと銀仮面に一言告げて、部屋から走り出す。


「銀仮面、お前はあの娘えお安全なところへ。水晶球を見る限り、彼女は地下道にいるだろう?」

「はい、兄上」


と、ロランは返す。


「うん、私は兵と冒険者を連れて屋上に出る。矢を射かけるつもりだ」

「はい」

「この方針に疑問はあるか?」


ロランは少し考え。


「城門の内側に少し将兵を配置しておいたほうがよろしいかと」

「ん、それもそうだな。銀仮面、お前の意見をう受け入れよう」


と、タスクランは薄く笑って部屋を後にする。

ロランはただ、それを見つめて。


「ああ、アリア! アリアを連れて隠れないと!」


と、彼もその部屋を飛び出すのだった。



●〇●



地下道に靴音が響く。

小さな音である。

壁の松明が照らすは小柄な影。


「はあ、こんなことになって、お兄ちゃんやタスクラン様は怒るかなあ」

『そんなことはあるまい。我神魔は彼らが望む存在となろうほどに』

「ん-? ファディ? それって意味わかんないんだけど」

『お嬢さん、つまるところは「何も心配はいらない」ってことだよ』

「そう?」

『そうとも。その時は我が力、存分に知ることになる』

「ふーん。ま、いいや」


と、地下道をなおも歩く、靴音だけが響く通路であった。





●〇●


森がざわめく。

カイナリィはこの音が嫌いだった。

植物や動物、昆虫が悲鳴を上げる音。


カイナリィ達、森エルフにとって、森の恵みは大切なことだ。

そして、それを荒らす妖魔は敵である。

ヒュムも森の恵みを受け取ってはいたが、強奪者の妖魔と違って必要十分な量しかとらない。


つまりは、森の敵に対し共闘できるのだ。


「矢文撃っておいたよ~、カイナリィ」


と、アゲハ蝶の羽をもつ小さき女の子。

彼女は青い色の花柄袖なしドレスを着ている、可愛らしい妖精そのものだ。


「ん」


と、風に長い金髪をなびかせるカイナリィは。ただ単純に答え、弓を持つ拳に力を込める。


「ああ、今回の敵はずいぶんと多そうね。駆逐できると良いんだけど」

「え~? カイナリィ~? そんなのやだよう、みんなやっつけちゃおうよ」

「そうね」

「ガンバレ、カイナリィ!」

「そうね、あなたもね。ヴィー」

「うんうん、このヴィーちゃんもがんばっちゃうぞ~」


などと、緑の短衣を着たこのエルフ娘カイナリィは、連れの小妖精、身長の三倍はあろうかと言う合成弓を持ったピクシーのヴィーに向けて答えたのである。


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