<第二十四話> 帰り道。
二人の男、銀仮面ことロランとハルフレッド公子の兄であるタスクラン公子が水晶球の中で動き回る黒ドレスの女の子を見ている。
水晶球。
『遠見の水晶球』と呼ばれる、古代の魔法文明の遺物だ。
現在の魔術では作り出せない、強力な力を込めた遺物(アーティファクト)。
その輝きも怪しく光る、強大な力を秘めた魔法の品である。
その女の子とはアリア。
ロランの実の妹だ。
今黒ドレスを着ている彼女から受ける印象が、気のせいか代わっていた。
ロランは首を捻り、先ほどの神魔とやらが……とぶつぶつ言い。
タスクラン公子は眉根を寄せて首をかしげている。
「あの子、変わったな?」
「兄上もそう思われますか?」
「ふむ、ハルフレッドの目にもそう見えるか」
「はい」
「そうか……ならば、私の見間違いと言うこともあるまい」
二人はゆるぎない歩みを見せるアリアを見つめる。
この子はそんな大胆な子だったか?
いや、もっとオドオドして……いや、石に躓いて転んでお尻を打つような。
どことなく危なっかしくて。
どことなくフワフワしていて。
それが、彼女だったはずだ。
しかしだ。
見よ、彼女はいつもと違っている。
そう、ロランには見える。
そして、出会って日が浅いタスクランも、何か違和感を感じているようである。
「入口に戻るようですね兄上」
「そうだな。はて……しかし我が家に伝わる試練とはこのようなものであったか……いや、伝承と違うような気もするが……」
「そうなんですか?」
「いや、まあ、無事に済んでいるようであるし、良いのでは?」
「え!?」
「ああ。ケガ人も出ず、砦が損壊したわけでも、邪神が召喚されたわけでもない」
「それはそうですけど」
「ならば、他に驚く理由が?」
「ない……ですね、あえて言えば、アリ……あの娘の能天気な心を現した、眠そうな瞳に今は鋭い光が入っているように見え……」
「ふむ、まああの娘のことはハルフレッド、お前が詳しいだろう。しばらく目を離すな。ほら、入り口に着いたぞ」
「あ、扉から出てきますね」
と、ロランが言うと。
「行くぞハルフレッド。いや銀仮面。二人であの娘を迎えようじゃないか」
「迎えにですか?」
「そうとも。この砦の地下は広い。また迷子にでもなられると手間を取る」
「ああ」
「そういうことだ。さあ行こう、銀仮面」
●〇●
兄たち男どもが、そんな目で彼女を見ているとは知らず。
アリアは自分から離れなくなった守護天使……いや、地縛霊かもしれないが、神魔ファディと名乗る精神体へ問う。
「ねえ、ファディ」
『何かね巫女よ』
「そう、それだよ! その呼び方!」
『ん?』
「巫女だなんてわたし、また生贄にされそうでヤダ」
『ふむ、呼び方が気に入らないか、巫女よ』
「うん」
両の頬をぷくっと膨らませるアリア。
一瞬の沈黙。
そして、応えはあった。
『では、巫女ではなく、お嬢さん、と呼ぼう』
「あっ!」
と、アリアの顔に花が咲く。
どうやら気に入ったようで──。
「二十点、二十点だよファディ!」
アリアの採点はきつかった。
『ほう、それは二十点満点の二十点なのかね?』
「え? あ? 満点? 満点? 二十点!?」
アリアは歩きつつ、小首をかしげて考える。
自然に右の人差し指の先を赤い舌が舐めていた。
『ふむ、お嬢さんはそんな人なのだな、理解した。ヒュム改め、ハイマンのお嬢さんよ』
「お、お嬢さん!? んー」
『気に入らないかね?』
アリアは目を白黒させる。
「え? あ? ん!? んん-。まあ、良いか」
『そうか、気に入ってくれたかお嬢さん』
「うん、まあ「お嬢さん」でいいよ!」
と、破顔するアリア。
そして彼女の歩みは自然とスキップになる。
『転ばれるな、お嬢さん』
「え!?」
ファディの声に、急停止。
そしてアリアの足元には大きめの石。
「あ!?」
と、当然のように躓いた。
洞窟の床に派手に転ぶアリア。
「痛てて……」
『大丈夫かな、お嬢さん』
「ううー。お尻ぶつけた、痛いよう」
と悪びれもせずに、お約束である。
彼女の前に扉はあり、彼女の後ろに道はある。
そして、行きとは違い、彼女の前の扉の向こうに、砦の地下道が続いているはずであった。
『行こうか、お嬢さん』
「うん、行こう! お兄ちゃ……銀仮面卿やタスクラン公子が待ってる!」
『本当にそうか?』
「え!?」
ははは、と謎の声が辺りに響く。
『なあに、ちょっとからかってみただけだ、お嬢さん。さあ行こう。お嬢さんの前に道はある。それがどんな険しい道でも、道なき道でも、我はお嬢さんと共にある』
アリアは呆けた。
何を言われているのかわからないのかもしれない。
『扉を開ければ新世界だ。ゆくぞお嬢さん』
「うん!」
と、アリアの声が洞窟にこだまし、両開きの扉は開いたのであった。
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