<第十五話> 銀仮面卿の初仕事

そして次の日の朝。

ロランの部屋にハルフレッドがやってきて、言うのだ。


そう、何度も言うが当然ながらハルフレッドの方が身分は上だ。

ロランはサマンサから教えられたばかりの、ぎこちない礼をハルフレッドに返す。


「早いな」

「ああ、おはよう『銀仮面卿』」


朝一番に自らのお出ましなのだ。

なにか火急の用でもあるのだろうか、いや、あるに決まっている。

と、ロランは思い、眠気眼を擦っては……姿勢を無理にピンと伸ばし彼の顔を見た。


うん、何度見ても彼の顔も体つきも自分そっくり。

ただ違うのは服装だけ。

それがロランの感想だ。

ハルフレッドが着ているのはゆったりとして、布をふんだんに使った上下である。

賤民出身のロランでも、一目で高級品と分かるそれ。

ロランの方も立派な貴族服を今、あてがわれていたが、ハルフレッドほどはなかった。

ハルフレッドの服は毎日変わる。

彼の家が、もしくは彼独自の金脈が。

彼にその贅沢を許しているのであろう。

一度着た服を二度は着ない。

そんな財力があるに違いないと、ロランは勝手に思うのだった。

そして彼の影として生きることになったロラン。

ロランもまた、今のハルフレッドのように、多数の服を着こなす羽目になることは疑いのない未来だ。

いや、そう在らねばロランの生きている価値がない。


うん。


そしてそんなハルフレッド。

彼はロランの顔を見つつ、挨拶もそこそこに要件に入る。


「で、そんな君に仕事がある。銀仮面卿」

「俺に?」


 ──仕事、と来たものだ。


「ああ。前線の砦への補給物資を運ぶ仕事だ。兵学において兵站は何より重要だ。王都のアホどもはイマイチそれを理解していないようだが」

「アホ?」

「兵站の確保は戦争の鉄則だ」

「ふぅん、そんなもんか?」

「お前は飯を食わずに戦えと言われたらどうする?」


ハルフレッドのそのセリフに、ロランは首を傾げ言葉を吐いた。


「え? ええと……隙を見て逃げるかな」

「そうだろう。わかってるじゃないか、銀仮面卿」

「で、俺が? 一人で運ぶのか?」


と、ロランが聞くとハルフレッドは薄笑いを浮かべて言う。


「そうと言ったならどうする?」

「冗談じゃない!」


ハルフレッドの頼みをロランは切って捨てた。だが、ハルフレッドはニヤニヤ笑いつつ。


「はっはっは!」

「笑うなよ、昨日は俺のことを友達だの兄妹などと言っておいて、俺を殺す気か!?」

「はっはっは!!」

「おいおい、兵士たちの飯って、何人前が何日間分あるんだよ!」

「はっはっは! 冗談だ」

「冗談?」

「馬車も護衛用意するさ。──当然だろ?」


 だがしかし、ハルフレッドのその言葉を聞いても怒りの収まらない怒髪天のロランである。

 心を許すんじゃなかった、やはり貴族は信用できない、いや、俺たち兄妹はどこまでも他人のおもちゃなのさ……などと思えてくると、ロランの両の目玉から、ほろほろと塩辛い水が流れ落ちてきて。


 ロランにはそれを見たハルフレッドの顔が、少し曇ったかに見えた。

 そして、ハルフレッドは静かに言葉をこぼす。


「はっはは、すまんすまん。君の怒った顔が見たかったのだ」

「……はあ?」


目尻を擦る、ロランは小さく声を上げ。


「うん、まあ落ち着け。安心しろ、そんなわけがないだろう? 私が君たちをそんな目に合わせたりするものか」

「……」


ロランの涙が止まる、そして無言で彼はハルフレッドの話の続きを聞く。


「そう来るだろうと思って、王都の冒険者を二組ほど雇っておいた。もうじきこの城に到着するはずだ」

「はあ? もうじき? もしかして、それはまさか今日なのか? そういうんじゃないだろうな?」

「かもな」

「そういうことはもっと早く言えよ」

「すまん、昨夜はすっかり忘れていたんだ。お前たち兄妹に知らせるのを」

「は? 俺だけでなくアリアにも関係あることなのか?」

「ああ。戦闘経験や旅、そして危険や奇跡に出会うと人間、ヒュムに限らず生き物は『何かの力』に目覚める者も少数だがいる。だから俺は、あえてお前たち『銀仮面卿』兄妹を危険な目に合わせたい」


実に正直である。

使い捨て、ではなく。

これからの活躍に期待する、と言葉だけではなく。

現状の力を図りたく。

いや、それ以上にロラン達の内なる力の成長を促せないか、考えて。

そして、大金を積んで冒険者を雇ってくれるという。


「お前、ハルフレッド。本当にお前、正直なんだな。俺、誤解してた。貴族と金持ちには悪人しかいないって」

「そうさロラン。私は嘘つきなんだ。──それも、とびきりのな!」


 そう、ハルフレッドもそうだが、ロランも正直である。

 その正直さが、たまに腹芸をせねばならぬハルフレッドには眩しく見える。


「おい、ハルフレッド、お前!」


 ロランの心に再び怒りが灯る。

しかし、ハルフレッドはこうして受け流すのだ。


「あはは! 言えてる、言えてるぞロラン、おっと『銀仮面卿』! なあに、本当の危険は冒険者が防ぐ。それなりの腕利きを雇ったからな! ああ、心配いらないぞ、『銀仮面卿』よ!」


 ハルフレッドはよほどおかしかったのか、腹を抱えて笑い続けるのだった。




●〇●




そして、何事もなくその日は過ぎて。ロランはハルフレッドの部屋に押しかけては嚙みついていた。


「今日一日待ってたが、冒険者たちは来なかったぞ!」

「すまんすまん、向こうの準備とやらや、道中で何かあったのかもしれん。まあ、待て。王都からこの辺境領までかなりの時間がかかるはずだ。もちろんこの田舎だ、駅馬車などもないからな」


 ハルフレッドはあっけらかんと、何も問題はない、とでも言うように自信をもって笑う。 だが、その笑いがロランをいらだたせる。


「で、結局俺たちは、その冒険者様ご一行が来るまで何をしていると良いんだ?」「ふん、普段通り鍛錬でもしていろ。冒険者の奴らが来ねば始まらんのだ、銀仮面卿。ああ、武術だけでなくお前に才能があるかどうかわからんが、魔術の勉強でも、歴史の勉強でも、軍学の勉強でも構わんがな」


つまり、いつも通りにしていろと言うことだなとロランは受け取る。


「へえ、鍛錬に座学かよ。いつもと同じだな」

「ああ、そうとも。良いか? 今回の補給任務では、お前はその冒険者どもを束ねる隊長になる。舐められない程度には腕を磨いておけ。もっとも、その習得より、冒険者どもの到着が早かろうがな、あはは!」


 と、ロランの話をまじめに聞いているのか、いないのか、ハルフレッドは何がそんなにおかしいのか、今日も笑ってくれたのだ。

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