<第十三話> 銀仮面卿と伯爵公子閣下の密談
石造りの部屋。『銀仮面卿』ことロランにあてがわれた一室だ。 今ここに、影ではなく表、つまりハルフレッドがロランを訪ねていた。
ロランが出向くのではなく、ハルフレッドがロランの部屋を訪れたのだ。
なにか、重要な要件があると思ったロランであったが……。
「ロラン」
はじめにハルフレッドの笑みがあった。
ロランは慣れずにいる。
なにせ、ハルフレッドと同じ顔のくせに、ロランが笑みを浮かべることは、実に少ないのだから。
それに、村では厄介者だったロラン達兄妹。
人の好意や誠意、そしてなにより笑顔に慣れていないのである。
「え?」
だからロランは至極つまらない返事を返す。
「いや、ロランこと銀仮面卿」
「ああ、あんたか。なんだか自分が自分でないようで、『卿』なんて呼ばれると体がむず痒いぜ」
一瞬ロランの体に鳥肌が立つ。
だが、ハルフレッドは心に芯がある。
彼はどう毛じみた笑いを浮かべ、目に優しさを乗せて言葉をハルフレッドに送る。
「ふん、『銀仮面卿』。お前は伯爵公子の私の影なんだ、もっと堂々としろ。貴族位くらい簡単だ。この私が辺境伯の父になり代わり、いくらでもくれてやる」
「結構、適当なんだな」
「ふん、強者は何でもできるものだ。銀仮面卿、卿も考えを変えることだ。いつまでも賤民のままでいられると思うな? お前はすでに貴族の仲間入りを果たしたのだぞ?」
と、長口上の終わりをハハハと笑いが〆る。
「俺が?」
「そうとも」
「本当に?」
「ああ。そうだ!」
ハルフレッドは両手を広げた。
だが、やはりと言うか、ハルフレッドの思いをロランは読み切れない。
だから、彼はいら立ち交じりにつぶやいた。
「なんだよ」
「だからな、その野卑た物言いを何とかしろ。お前の妹のアリアはすでに上品な物言いを覚えたぞ」
「そうなのか? やるなアリア」
「お前の妹だろう?」
「ああ、ちょっと抜けている妹だ。だから、意外なんだよ」
「悔しかったならもっと言葉遣いを学んで上達し、妹の失敗に兄であるお前が手本を見せて、ツッコミを入れてみろ」
「へいへい、ハルフレッド、お前が言うんだからそうなんだろ」
「お前……銀仮面卿? 全く理解してないな?」
「ふん、本番……そう、ハルフレッド、お前やあのライル爺以外の貴族には奇麗な言葉づかいで話して見せるさ」
ハルフレッドの顔から笑みが消えた。
一瞬の沈黙。
部屋を沈黙が支配する。
お互いの視線が絡み合い、そしてそのあとに、笑顔を取り戻したハルフレッドはロランに告げる。
「なあ、銀仮面卿。今度城で夜会を開こう。貴族や裕福な商人を集めての夜会だ。そこでお前を披露する」
「はあ?」
ハルフレッドの突然の宣言。
夜会……メイドの一人、サマンサから教わった宴会という貴族の嗜みというものだろうか。
学んだところでは、貴族は宮廷序列だけがものをいう。
そして次に必要なのは、仲間を得るための資金。
季節の贈り物や、誕生日の挨拶などに金がかかるという。
もっともこの辺境領では、森の獣の毛皮や材木、宝石の原石や動植物起源の珍しい薬などが喜ばれるのだとか。
と、ロランが思考を空に飛ばして、今までの生き方とあまりに違う世界を思い、その世界で呆けていると。
ハルフレッドはもっとすごいことを口にする。
「テーブルマナーとご婦人の扱いだけは覚えておけよ? あと、ダンスだな」
「なに!? テーブルマナー!? 俺、俺がダンス!?」
「ああ、そうとも。間違っても妖精の踊りや鎮魂の踊りではないからな?」
「でも、貴族様がするお上品なダンスなんだろ? 俺、昔話を村の老婆やたまに来る詩人から聞いたくらいで」
「ほう?」
「だから、貴族様の踊るさまが全く想像できないんだってば!」
「ま、そうだろうな」
と、ハルフレッドははっきりと言い捨てて。
「ダンスと言っても火を囲んで、その周りを手をつないで回るような田舎臭い踊りではないぞ? そうだ、王都から楽団も呼ぼう! これは立派な夜会になること間違いなしだ!」
「はあ!?」
と、ハルフレッドも先ほどのロランと同じく、空想の海に頭から漬かっていたわけだ。
そしてもちろん彼はロランの声など無視して。
「そして、社交界に『銀仮面卿』の噂が一気に流れるんだ。ああ、今から思うだけで楽しみだ。うん、楽しみだ。『銀仮面卿』、お前の妹にも言っておけ。ダンスの練習をしておけとな! あ、ああ、お前たち兄妹へテーブルマナー共々ローラとサマンサに仕込ませないとな!」
ハルフレッドのテンションはさらに上がって。
「アリアにも!? そんなの冗談じゃない!」
「まあまあ、お前も混じれ。良いな?」
「断る……と言ったら?」
一瞬、それまでロランが見たことがないような、それは暗い顔をしてハルフレッドは押し黙るも、すぐに軽口へとまた変わる。
「何を言ってるんだ『銀仮面卿』、いや、ロラン」
「だ、だけど」
一瞬詰まるロラン。そして彼は一番の心配事を問う。
「アリアも?」
「当然だ」
ロランの問いに、ハルフレッドは破顔する。
「ふん、お前は俺の影。つまり俺たちは兄妹と私も兄弟同然。つまりお前の妹は、俺の妹でもある。つまり辺境伯である父の養女にしたんだよ。お前の妹アリア。あの子もお前と一緒で貴族の仲間入りと言うことだ」
「俺が、いや、俺たち兄妹が貴族? ピンとこないな」
ロランは正直に。
だがハルフレッドはそれすら笑いながら。
「じきに慣れる。銀仮面卿と言う呼び名も、その銀の仮面も、貴族になったということも」
「……」
ロランは黙る、いや、色々な考えと感情が頭を巡る。
しかし、上機嫌のハルフレッドは待たない。
次から次へとロラン達兄妹の運命を笑顔のもとで追い込んでいったのである。
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