<第十二話> 居場所の代償

それは溢れるほどの陽光だった。

まるで、彼女のこれからの人生を祝福してくれているみたいに。

だが、彼女にはまだまだその光は眩しすぎる。

アリアはお日様の光を手を上げて防ぐ。

城内から出て城の中央、庭に向かっていたのだ。


そう。


今、黒のメイド服姿の少女、アリアは中庭に出ていた。

彼女は知っている。

彼女アリアの兄、ロランがことあるごとに老騎士ライルに剣──いや、戦闘術か──稽古をつけてもらっていることを。


アリアはそんな兄、ロランに用があった。

それは今アリアが手に持って、大切に抱えている一包みの荷物。

ハルフレッドから兄のロランに渡してほしいというものがあると言われ、アリアはそれを渡しに中庭に出ていたのだ。


中庭に近づくにつれ、激しくなる剣戟の音。

ロランとライル老である。


そんな音を聞きつつも、アリアは思う。


──お兄ちゃんって大変だな、戦闘訓練だなんて。影武者なんて、ハルフレッド様の立ち居振る舞いを真似するだけでよさそうなのに、と。


そう。

このアリアという少女は、その「身代わり用の影武者」という地位が、いかに危険で大変なものか、その深い意味に辿り着かない。

アリアはそんな、無垢で無知な少女であるのだ。


ああ、アリアの目に兄ロランと老騎士の姿がはっきりと見える。

兄は両手に短剣を。老騎士は片手剣を持っている。


アリアにはよくわからないが、どちらも下手すれば痛そうだ。

そしてアリアは──痛いのはわたし嫌だな──などと、呑気なことを思いつつ、歩を進める。


兄と老騎士、お互いの気は張りつめている。

しかしだ。

今もまさに両者ぶつかろうとしていたが、アリアはそんな空気を無視して呑気に言い放つのである。


「お兄ちゃん、ハルフレッド様からの頂き物! 必ず身に着けていてくれって!」


と、そのアリアの声に、ロランよりライル老の方が先に動きを止める。

しかし慣れぬロランが急停止するはずもなく。

ロランが狙った老人の急所に向かう彼の短剣。


「あ! きゃっ!」


と、アリアは甲高く。


「危ないッ!」


いまさらわめくアリアであった。

そして彼女は両眼を荷物を持った手で覆う。


 しかし、打撃音とともに倒れ伏していたのは──アリアが目をはねて確認すると、地を這う兄の姿であったのだ。


 よし、とばかりに空気を読めないアリアは飛び出して、預かり物の荷物を渡す。


「お兄ちゃん、ハルフレッド様からお届け物! きっと気に入るから、って!」


 倒れた兄に、先ほどと同じく夢見るような瞳を光らせて、アリアは笑みを含めて言葉を伝える。


「痛てて……」


 と、ロランは打ち付けた体をさすりながら身を起こす。

 そして、血を分けた妹、アリアを視認した。


「アリア?」

「はい! これ、ハルフレッド様からの頂き物! お兄ちゃんはこれからずっと、これを一日中つけて生活してくれですって!」

「はあ?」


変で、奇妙で、無茶苦茶な話であった。

彼女の兄、ロランにはイマイチ意味が呑み込めない。

だが、彼の妹アリアはそんな兄を無視してことを勧める。

アリアが包みを解くと、お日様の光がその銀色にの塊降り注ぎ、キラキラと光を跳寝返し美しく輝く。


ロランは見た。

それは銀色に光る仮面である。


「仮面?」

「そう……みたい」

「ん? アリア、お前、包みの中身も確認せずに持ってきたのか?」

「うん、お兄ちゃん。でも、お兄ちゃんならきっと気に入ってくれるだろうって、ハルフレッド様は言ってたよ?」


ロランが手に持つのは、可能上半分を隠す銀仮面。

ロランは思う。

お世辞にも、カッコイイ品じゃないな、と。


「あはは、全くお前はいつもバカ正直だな!」

「えへへ」


アリアの頬に朱が走り、緩く顔が崩れる。


「褒めてないって!」

「あはは!」


ロランはそんな呑気な妹に突っ込むも、アリアはさらに甲高い声でお腹の底から笑うのだった。


「だから褒めて……はあ、まあ、ありがと。あの人、ハルフレッド様からの贈り物で、ここにいるための約束の品だろ? そうだろ?」


そう。ロランは『ハルフレッドの希望』を断る理由を持たないばかりか、言いつけを守る理由しか思いつかない。

そして、そんなどこか諦めきった兄に対して妹のアリアは可愛く首をかしげるのだ。


「さあ」


 と、小さな声をこぼして。

 揺れるアリアの瞳。本当に何もわかってないのかもしれないと思わせる仕草である。


「はあ? アリア? お前一体何をしに俺のところに来たんだよ?」

「ん-?」


 などと、兄妹が漫才をしていると。


「ロラン、これはハルフレッド坊ちゃんの影として必須の品だ。これを被ってもらうことになる。影ということは、この城の中にいる数人だけの秘密だからな」

「ん」


 と、ライル老の言葉にも勧められ。


 ロランは銀の仮面を覗き込む。


「奇麗……」


 と、アリアが呟く。

 ロランはダサいと思っていたが、正直周囲の反応は違っていた。


「さあロラン、身に着けろ。サイズは後ろのベルトで調節できるはずだ」


ライル老は言う。

そしてロランは銀の仮面をかぶるのであった。


それは肌に吸い付くようにピッタリとした銀仮面。


目、鼻と顔の上半分を覆う仮面である。

不思議と視界や呼吸の邪魔にならない。

そしてそれはまさに前もって型を取ったような出来の銀仮面だった。

もしかすると、サイズや一部透明化、軽量化などの便利な魔法が込められた品かもしれないが。

ロランの魔術の知識ではわからない。

ともあれ、ロランはその仮面をかぶって見せた。


「どうだアリア、爺さん、似合ってるか?」

 

ロランは問う。


「なんか変なの。あ、でも!」

「デモなんだよアリア」

「カッコイイ! すごくカッコいいよ?」


最初の「変なの」とはどこに行った、やはりアリアから見てもそうなのか、しかし次に言い放ったカッコいい? 

どちらが本心なのかとその辺はどうなんだ、とロランはアリアに問い詰めたい。


「ふむ、そうだな妹君の言う通りだ小僧ロラン。そう、影と言うよりも、その仮面姿は身なりを整えれば立派な貴族、例えて『銀仮面卿』とでも呼べるだろう」


 ライルが重々しく発言する。

 その低く重々しい声は場違いにもほどがある。


「『銀仮面卿』!?」


ロランは思わず叫び吹き出だした。


「ありがたく頂いたら? その称号。ね、お兄ちゃん?」


 と、一瞬だけアリアの目が光り、そしていつものボーっとした目に戻る。


 ロランはしばし考える。

 そう、ロランは今、生まれ変わったともいえる。

 ハルフレッドの影。

 そう、正体を隠し、ハルフレッドの役に立つには。


 うん、仮面をかぶった姿の方が目立たなければならない。

 おのれの素顔を隠すのだ。

そして、ここぞというときに素顔を晒し、ハルフレッドの身代わりとなる。

 そう、そうなのだ。

 ならば、ロランに迷う理由はない。


「応、二人とも。俺は今日から『銀仮面卿』。銀仮面のロランだ」

「はい、仰せのままに、銀仮面卿」


 と、老騎士が仰々しく貴族への礼をする。

 そして少し遅れて。


「はい、精一杯お世話させていただきます、『銀仮面卿』」


 とアリアがまだまだ訛りの強い共通語で続くのだった。

 妹の舌足らずの物言いに、思わずロランは噴き出した。


「ああ、『銀仮面卿』か」

「気に入らんか?」


 と、今度はライル老。


「いや、これからも世話になる。二人とも」

「ええ、実の主と思い仕えます」


と、ライル老は丁寧に。

ロランは違和感を抱くも。


「『銀仮面卿』、あなたは今日ただいまよりこの城の客分の貴族様です」


と、ライル老はロランに深々と頭を下げる。


「はい、わたしもわたしも!」


と、兄を取られてたまるかと逃がさないぞとアリアが慌てる。

うん。

そう。


「そうですな。アリア殿は『銀仮面卿』の妹君。丁寧な物言いをわしが取るのも自然かもしれん」


と。


「よろしく頼みまする。お二人の力をどうか、ハルフレッド公子閣下のお力になられてくだされ」


そのライル老の態度に、ロランとアリアはお互いを見る。


その日。


今、お日様の光を浴びて銀仮面が光り輝く。

ロランと二人はしばらく、お互いの姿を見つめていたのである。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る