<第七話> 道とは何か。
騎馬のハルフレッドとライルの主従は時々後ろを振り返り、この仲のよさそうな兄妹の仕草や会話を温かい笑みで見つめている。
ロランとアリアの兄妹は、ゆっくりと歩む騎馬から離れないように、そして置いてきぼりを食らわないようにと注意して、主従二人に続いていた。
で。
けもの道を進んだ森の中の旅にも飽きたころ。
そう、周囲は深い森。
特に変化のない森である。
猿や鳥、そして獣の鳴き声が聞こえる。
と、ロランは「まだ森は続くのか」などと思っていると、急に開けた場所に出た。
まるで思いが通じたようだと、ロランは思う。
足の裏が感じる硬い石の感触に、ロランもアリアも驚いていた。
そう思ったのはさすがに兄妹。ロランだけでなくアリアもだ。
月光は四人を照らしだす。
平らな石畳の表面が、軽く濡れて月の光を反射する。
一同は石で舗装された立派な道に出たのだ。
「立派な道……これが街道か?」
そう。これは街道。
王都と辺境、そして彼方まで伸びていると、ロランは冒険者から聞き知っていた。
そして、目の前に鬼火が二つ、中空に浮いている。
「ひっ!?」
アリアが小さく悲鳴を上げる。
「ん?」
ハルフレッドが振り返り、続いてライルは馬上から後方の二人を見る。
そして兄妹の存在を確認すると、一言零して馬首を巡らせた。
「ははは、怖がることなど無いぞ?」
と。
そして馬の脚が石畳をうち、金属音を響かせる。
「着いたぞ」
ハルフレッドが静かに言葉を口にした。
何だろうかと兄妹は正面を見る。
そして、暗がりの先。
鬼火の正体。
すぐに兄妹は目を見張った。
眼前にそびえたつ灰色と暗緑色で、まだら模様な巨大な建物。
兄妹は初めて見るが、話に聞いて知っている。
そして、鬼火に見えたのは、門の両側で焚かれている松明の明かりであった。
そう、兄妹の先にあるもの。
それは城である。
月明かりの元、深緑に見えるツタが這った、一目で強固そうな石造りの城だ。
いや、城ではなく砦と呼ぶべきであろうか。
外側からは、石積みの角に聳える二つの監視塔が見え、防御重視の城塞に見える。
そしてその道、街道に沿い堀の向こう正面、入り口は跳ね橋である。
頑丈な木材に鉄鋲を幾つも打ち付けた橋を兼ねた城門に辿り着くには、跳ね橋となった扉を渡る必要がある。
今は橋が上げてあり、広い堀が見えるのみだ。
堀は月光のせいか黒く濁って見え、たっぷりと水を湛えていた。
深さはわからない。
恐らくはそれなりに深いのであろう。
「お、お兄ちゃん、お城だよ!」
「あ、ああ。見ればわかる。お城ってこんなにすごいんだな!」
「うん、びっくりした。だって火の玉に見えたんだもん」
「そうだな、実は俺もちょっとビビった」
「あはは」
などと兄妹は話に花が咲く。
緊張が緩んだのだろう。
ロランも妹と同じようで、少し興奮しているようである。
そんな二人を主従は笑う。
ついにたまらず噴き出した。
「ロラン、アリアとやら。本当にお前たちは田舎者の、庶民なのだな、これはこれは真に天然モノだ! はっはっは!」
「ああ、俺もアリアも村からめったに外に出たことはない。出たとしても、行先は森か小川だ」
「そ、そうなんですハルフレッド様!」
ハルフレッドのからかい声に、ロランとアリアは真面目に答える。
「あっはっは! まあ、そう気にするな。じきに慣れる」
とのハルフレッドの言葉に、兄弟はお互いの顔を見合わせる。
慣れる? じきに?
何のことだろうか、と言った塩梅だ。
ハルフレッドが手綱を引くと、純白のバイコーンが馬そっくりに嘶いた。
そして主従は堀の向こうの跳ね橋と合わせ鏡に停まるのだ。
ハルフレッドは大きく息を吸う。
そして次に大音声。
石造りの立派な城門の前で、騎馬の若武者ハルフレットが大声を出す。
「ローラ! ローラ!」
女性の名らしき言葉を叫ぶと、やがて若い女の声が聞こえる。
「はい、はい! ハイただいまハルフレッドお坊ちゃま!」
声と同時に、走り寄っているであろう地面を駆ける音。
「お坊ちゃま、もう少しお時間を頂けないでしょうか、ただいま跳ね橋を下ろします、お坊ちゃま!」
と、女性の声。
そして、ハルフレッドが答えた。
「ああ、ああ。待つよローラ。君が急ぐのは分かる。でも、そのために城の備品を壊さないでくれよ?」
「はい、もちろんでございます! 全てはハンスに頼みます!」
ハンス? それらしき人影は見えない。
ローラと呼ばれた女性同様、跳ね橋の向こうにいるのだろう。
だが、ローラと呼ばれた女の声が辺りに響く。
「ハンス! 跳ね橋を降ろしなさい! って、ハンス! 起きなさい、起きなさいったら!! お坊ちゃまのお帰りよ!?」
すると聞こえる弱弱しい男の声。
「なんだよローラ……あと少し、あと少しぐらい寝かしてくれよ。こちら一日中立ちんぼで、疲れるんだよ見張りも」
「ハンス! あなた見張りの役目なんて果たしてないでしょ! あんたいい加減にしないとゴブリンやオークの従卒と交代させるわよ!?」
城内の怒鳴り合いは続く。
「……おっと、そいつは困るなぁ。俺の飯の種が無くなっちまうぜ。で、ローラ。畜生、バッチリ起きちまったじゃねえか。で、俺に何をしろとご命令で?」
「は・ね・ば・し・を降ろすのよ! ハルフレッドお坊ちゃまとライル様は狩りからのお帰りよ!!」
「はあ、跳ね橋ね、跳ね橋っと」
などと、悪態をつく男の声がしたかと思うと。
「よいせっと」
と、恐らくハンスとやらはここにきて重い腰を上げたのだろう。
「公子! ただいま跳ね橋を降ろしますぜ! 申しわないですが、少しばかり下がっていて下せえ!」
と、男の大声。
そして同時になり始めた金属を幾つもこすり合わせる音。
ジャラジャラと聞こえる。
鎖を操作しているのであろう。
鋼鉄と分厚い木材がこすれ合う音がする。
「お、お兄ちゃん! すごいよ! お城への道ができるよ!」
「アリア、あれは道じゃなくって橋って言うんだ」
ドスン、とすごい音がして、その重量をうかがわせた。
「お、お兄ちゃん! やっぱり道だよ!」
「だから、あれは橋なんだ、川に丸太が架かっているの、見たことあるだろ?」
「え!? お兄ちゃん、あの道って丸太なの!?」
「違う違う、木材を加工して、鉄で補強してあるんだ」
「木材? 鉄? 何それお兄ちゃん!」
「ああ、アリア。ごめんよ、俺がお前にきちんとした知識を教えてあげるほど学がなかったばかりに。それに、俺はお前にそんなこと、一切話さなかったからな。ごめんな?」
「ううん? ううん? お兄ちゃん。お兄ちゃんは悪くないよ」
「そうか? そう思ってくれるのは嬉しいが……」
「うん、うん。お兄ちゃん、わたしもっといろいろなこと知りたい! だから、これから一杯教えてね!」
「ああ。そうするさ。……もちろん、この貴族たちがそれを許してくれるならな……」
と、ロランは急に声を落とし、アリアにこそっと呟いたのである。
そして、そのロランが気にしていた貴族、ハルフレッドとライルの主従は、騎馬のまま跳ね橋を渡っていく。
「こっちに来い、庶民の兄妹! 歓待するぞ、俺はここ辺境領の長、辺境伯の三番目の息子、ハルフレッド公子だ!」
と、ハルフレッドは宣言するや、兄妹を城の中へと導いたのである。
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