<第六話> 転機。神の悪戯
ロラン似の、いや、顔立ちや体格までそっくりの、偉そうに見える若者が口を開く。
そして彼はロランらを指さしつつ、供であろう老人の騎馬に向けて笑うのだ。
「ほう、この小僧……話せるではないか! 獣のような声しか上げぬから、よもや舌でも抜かれているのかと思ったぞ! しかしこうして領内を回るたびに、この辺境領の方言の差を思い知るな。だが、今回は別だ。この私にもこの民の声が理解できるぞ」
と彼、白馬の少年ハルフレッドは、連れの老人ライルを振り返り、目くばせする。
「やれ、ライル」
「は」
と、ライルは見事な装飾が施されている腰の剣を抜き。
「ハルフレッド様、よく見ておくのですぞ。剣の長さは己の手の長さの延長と同じですからな?」
大上段に身構えロランの前に立つ。
「小僧、動くでないぞ? 動くと無駄に痛みを感じるだけだ。そのまま動くな」
老人、ライルのほりの深い顔が引き締まる。
ロランは思う。
まさか、もしや、俺は縛られたままこのまま真っ二つ──と。
──助けてくれるんじゃないのかよ!
ロランは目を見開いた。
まさかまさか冗談ではない。
一難去ってまた一難?
ロランのこめかみに一筋の汗が流れ落ちる。
思うのだ。
この高貴な人物たちは俺たちを助けてくれるのではなかったのか!
それとも貴族(……だろう、この者たち)は、民衆、それも貧民の命などなんとも思ってないのか。
ロランは生唾を飲み込んだ。
命の価値が軽すぎる。
ロランは焦り、言葉を口に出していた。
「頼む、殺さないでくれ、それより助けて、早く降ろしてくれ! 妹から頼む!」
「ふむ、こういう時はレディ……いや、可愛らしいレディが先か、それもそうですな。この爺としたことが。元王宮近衛騎士の名が泣くというもの」
「あはは! ライル爺でも真の騎士道をまだ探求しておるのだな! あはは! 耄碌などしておらぬようで安心したぞ、ライル爺!」
「……」
と、ハルフレッドは口を大きく開けてかんらかんらと笑う。
ライルとと呼ばれた老騎士は、口を一文字に結んで答えない。
そして、ハルフレッドはライルに向き一言。
その形良い口を曲げて大きく言い放つ。
「ライル爺、早くしろ」
「は……」
老騎士ライルが剣を振り上げて──。
「こ、殺すなら殺せ……」
ロランは力なく言った。
だめだ。
こいつら、人も獣も狩りの得物としか見ていない気がする……と、そんな思いがロランを巡る。
ロランからは零れる言葉と、その目から生気が消えていた。
ライルは剣を振り上げたまま。
軽く笑みすら浮かべて。
ロランの視線はライルの後ろ、ハルフレッドに注がれている。
そして彼は改めて面食らう。そして夕暮れ時でもよくわかる。
ロランはそのハルフレッドの顔を凝視し改めて思うのだ。
ロランとアリアが真近で見たその白馬の少年ハルフレッドの顔は、見れば見るほどロランの顔に瓜二つ。
決して錯覚ではない。
彼らが気づかないはずがない。
特に今のロランの顔は、小奇麗に村人の手で洗われたままで奇麗な肌をさらしているのだから。
「ライル、待て。こいつ、私の顔に……!」
「ハルフレッド様?」
「ふふん。小僧、お前は貴族に向いてるぞ。その心遣い、夜会でご婦人方にもてそうだ」
主従はお互いの顔と、ロランの顔を繰り返し見返し押し黙る。
そしてライルはロランに近づき剣を一閃した。
ロランは口を開けたまま何も言えない。
凄まじい早業であった。
「これでよろしいのですな、ハルフレッド様」
「おう、その通りだライル。さすがだな、お前は。私の無言の指示を正確に受け取るとは。うんうん、側近の部下はこうでなくてはな!」
いまや、兄妹を縛る戒めは何もない。
二人を大岩に縛り付けていたロープがはらりと地面に落ちたのだ。
自由になったロランは真っ先に妹のアリアの猿ぐつわを外す。
「まってろよ、アリア。いま口を外してやるから」
と、ロランがアリアの猿ぐつわを外した瞬間。
アリアは唾を吐き捨てると、その声を爆発させる。
「うぇっぐ、うあ、あの顔……お兄ちゃん!? ねえ、お兄ちゃん!?」
と、アリアの顔はハルフレッドに向いている。
「お前にもそう見えるのかアリア?」
「うん、うん、この人お兄ちゃんの顔にそっくりだよ!」
命が助かった兄妹はここぞとばかりに騒ぎ出す。
反動だろう。
なにせ、命が繋がったのだ。
明日があるのだ。
これが感動せずに、上機嫌にならずに済むものか。
兄妹の視線はぶしつけにもハルフレッドをじろじろ見まわしている。
だが、助けた主従の方も同様だ。
「ハルフレッド様、こやつ、兄の方。顔と言い、体つきと言い、身長と言い……どこからどこまでもハルフレッド様にそっくりの面相と体つきでございますな」
「ああライル。私もそれを考えていた」
「で、ハルフレッド様、こやつらを助けたはいいのですが、これからどうなさいますので?」
その問いに、ハルフレッドは目じりを下げて薄く笑った。
「この二人、気に入った。特に兄の方。俺の影にする」
「おお、ハルフレッド様、そこもともそれを考えておりました。さすがの御慧眼、この爺は感服いたしましたぞ!」
「ああ、それが良いだろ? そして、こやつらにもう帰る家もあるまい?」
「それもそうです。一度死んだ者たち。影としてこれ以上なく相応しかろうと存じますぞ」
と、ロランとアリアの兄妹が口をはさむ暇もなく。
「さあ、ついて来い、と言うよりそれ以外にお前たちに道はない。来ると良い。城で歓待しよう」
城?
城と聞いて、兄妹二人の体は硬くなる。
兄妹はお互いの顔を見据えるのだった。。
そして同時に目をパチクリ。
「来るだろ? 来るよな?」
とハルフレッド。
彼ら主従はそれぞれ松明に火をともし、馬首を巡らしながら、またカラカラと上機嫌そうに笑って森の奥に兄妹を導いたのである。
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