第2話 調査開始

 心音は家族とあまりうまくいっていない。母親は優しいし、父親は警察官という恵まれた環境だと周りには言われているが、本人は納得することができていない。


「…ん、ホットケーキおいしい」


「それは良かったわ」


 パクパクと2枚焼いてあるホットケーキを食べていく。心音は甘いものはそこまで好きではないため、ブルーベリーのジャムを乗せている。


 娘のいい食べっぷりに、母親は凄いうれしそうな表情を浮かべた。しかし、心音はそんな母親の方を見ようとはしない。


「…ごちそうさま。自分の部屋で宿題してるから、夕ご飯になったら…」


「呼ぶわね。お父さんもいるから、今日は早めに夕飯にできるようにするから」


「分かった」


 ペロッと平らげたお皿を母親に渡して、心音はそう母親と言葉を交わす。


 そして一度座っていた席に戻ると、隣に置いてあったランドセルを手に取りリビングを出ていく。そしてリビングの近くにある階段を上がっていった。


「(とりあえず、まずは宿題を終わらせよう)」


 自室に入った心音はいつもの場所へとランドセルを片付ける。そして、ランドセルから筆箱と先生から出された宿題を取り出して机に座った。


 そのまま宿題を始めるかと思いきや、心音はふとポケットから写真をすべて取り出して、机の上に並べだしていた。


「くしゃくしゃにならないようにね。さて、始めましょうか」


 机の隅の方にきれいに重ねておいておくと、そのまま宿題を始めた。


ー1時間後ー

 宿題を終わらせた心音は、ランドセルに宿題をしまう。


「終わったし、資料確認しよう」


 まだ母親は呼びに来ない。心音はしまっておいた資料を取り出した。


 すべて読んでおいた心音は、ペラペラとめくっていきながら必要そうなページにしるしをつけていく。そして、その中から単語を抜き出していく。


「(…やっぱり解剖結果が一番重要だけど。それだけではなく、今までの調査結果のページの中にも欲しい情報が入っている。)…これ、写真と合わせていってみよう」


 調査結果のページを開いて横に置き、写真を手前に持ってくる。その資料に合っている写真と文を数字で振り分けていく。


 作業を始めて10分も経過するころ、心音はあることに気が付いた。


「やっぱり…」


 それはすべてが合っているということである。調査報告と貰った写真10枚ほど、あぶれることなく一致している。


「(あの時の言葉…『久保田美羽の指示』。美羽が誰か分からないけど、確実にいい人とは言い切れない。だって黙っておくようにあの警察官さんに言っていたんだろうから)」


 写真を持たせたのはその人。そして心音はその人に心あたりはない。


 書いたメモを見つつ、心音は腕を組んで考える。


「でも、今はこれが唯一の手掛かりだし…」


 そう。どうであれ、心音たち探偵部は現状を把握しきれていない。となれば、警察官がどれだけ信用できなかったとしても、手掛かりとして資料を使っていく必要がある。そうじゃないと、どうしたらいいのかが分からないからだ。


 複雑な顔を浮かべて考え事を続けていると、部屋のドアを誰かがノックする。


「——心音、夕飯できたわよ」


 ひょこっとドアを少し開けて顔を出したのは母親だった。心音はその言葉に顔を上げる。


「夕ご飯?」


「えぇ。お父さんにも声をかけてあるから、ごはんにしましょ。早く降りてきてね」


「分かった。すぐ行く」


 ごはんができたから呼びに来たらしい。その言葉に少し心音は安心したため息を一つついた。そして、部屋を出て行って階段を下りていく足音を聞くと、心音は机に広げてあった資料と写真を一つにまとめる。


 考えていても分からない。首を一回横に振ると、心音は部屋を出てリビングへと向かっていった。


「…あれ、もうお父さんが座ってる」


「そりゃあ、そうだ。最近はゆっくりできていなかったからな。明日も朝早いし」


「そっか」


 リビングに着くと、コップに入れたお茶を飲んでいる冬馬の姿があった。そんな冬馬に心音は声をかける。嫌そうな声色で。


 そんな心音の態度に何も言わず、冬馬はそう返して娘の方を見る。


「…何か聞きたそうだな、心音」


「へっ?」


 じっと見ていた冬馬は、心音にそう問いかける。そんなことを聞かれるのを想定していなかった心音は、動揺して変な声を上げた。


「夕飯を食べながらで構わない。それに部下から話も聞いているからな」


 見透かしたかのようなその言い方に、心音は少しいらだつ。


「なんで知っているような言い方を…」


「お母さんから聞いたからな」


「…ふふっ。お母さん言っちゃった。だって、あんなに真剣に考え事しているもの。少しは把握できるっていうことよ」


 冬馬のその言葉に、母親が食卓に食事を並べつつそう心音に教える。そして、机に置いた後、空いた手で心音の頭を軽く撫でた。


その行為に少し驚いた心音はその手を払いのける。そのまま、椅子に座った。


「…まぁ、でも。それで合っているから、何も言い返すことは無いけど」


 そう言った心音に両親はくすっと笑う。そして、食事が始まった。


「とりあえず、食べながらでいいわよね。ポトフ作ったから、まだ肌寒いこの時期に丁度いいでしょ?」


「あぁ。おいしいな、これ」


「うん。おいしい」


 ポトフとフランスパンだけというシンプルな夕飯のメニュー。しかし、ポトフの具材はボリュームが出るように考えられているため、これで十分な量となる。まぁ、大鳥家は全員が少食だからということもあるが。


「それで、俺に話したいことがあるんだろ?」


 食べながら、冬馬は本題に入る。心音もその言葉に食べる手を少し緩めた。


「さっき言っていた警察官さんに関係しているんだけど。今回の依頼、どういう意図があるのか分からなくて」


「…図書室での怪死事件だったよな」


「うん。その時に関われなかったって言うのもあるけど、わざわざ頼むほどの事じゃないような気がするんだよね。なんていうか、何も分からない事件って感じがする」


 心音はそう言って、ポトフを口に運ぶ。その様子をじっと見た母親は冬馬より先に口を開いた。


「心音、無理はしないでね。まだ心の傷は治っていないと思うから…」


 心配しているのが分かる優しい声色で心音にそう言う母親は、悲しそうな心配しているような表情を浮かべている。心音はその言葉に目を見開いた後、小さく口元に笑みを浮かべると「大丈夫」と答えた。


「無理しているわけじゃない。それに、死んだ理由があるのなら、私はそれを知りたいから」


「そう…ならいいけど」


 心音のその力強い言葉に母親はこれ以上声をかけない。


 心音は元々入学したころからずっと秋華と仲が良く、よくお互いの家に遊びに行くほどだった。お互い能力者ということもあり、周りから浮いていたことも原因にあったかもしれない。6年に満たない短い付き合いの中で、心音は秋華に心を許すほどになったという。


 それほど仲が良く信頼関係も築けたというときに起きた、この図書室での事件。それは、大きく深い傷を心音につけていったのだ。


「それで、お父さん。いくつか質問してもいい?」


「…あ、あぁ。大丈夫だ。答えられるものであれば答えるぞ」


 心音は母親の方から冬馬の方へと視線を移して、そう聞く。少し驚いた冬馬は、動揺しつつその質問に首を縦に振った。


 その冬馬の返事にほっとした表情を浮かべた心音は、さっそく質問を始める。


「それじゃあ、まず一つ。事件は未解決で、そのことは報道していない?」


「そうなるな。一応病死であると公表はしてあるから、事件で調査中であることは隠しておかないといけない。それから、警察は所属している能力者の力も借りながら調べている。残念なことに、有益な情報は一切ないそうだがな。俺は関わっていないということも言っておこう」


 心音の質問に、冬馬はそう話した。この話の内容は、警察内での極秘情報に値するだろうが、冬馬はそれを一切感じさせないトーンで口にしている。心音はうんうんとうなずくと、そのまま次の質問へと移った。


「なんでこの話を探偵部に持ち掛けようと思ったの?」


「あー…。その質問か…」


 先ほどとは違い、冬馬は頭を抱えた。そして、よほど難しい質問だったのか、そのまま考え込んでしまう。


 そんな冬馬の様子を見た心音は催促することはせずに、残っていたポトフに追加で切り分けてもらったフランスパンを浸して黙々と食べていく。


「あら、いい食べっぷりね。ホットケーキの食べっぷりも良かったし、お腹空いているの?」


 ごはんを作った母親はそう言って、にこにことすごくいい笑顔で娘の心音をじっと見つめる。その視線に少し心音は恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「お腹空いたよ。ずっと警察官さんの話を聞いたり、さっきまで宿題に少し材料を整理したりしてたから…」


「頭を使いすぎたのね」


「そうかもしれない。でも、もう十分だよ。ごちそうさまでした」


 平らげたお皿を置いたまま、心音はふと黙ったままの冬馬の方へと視線を動かした。そこにはご飯を口にしつつもいまだに考えている冬馬の姿があった。


「…あなた、いつまで悩んでいるのよ」


 心音の視線と表情から言いたいことを読み取った母親は、冬馬にそう声をかける。


 冬馬はその声にふと顔を上げると、渋々といった感じに口を開いた。


「いや、単純にどう答えたらいいのかわからなくてな。…心音、俺は完全には関わっていないから憶測でしかないが、おそらくお前の能力に頼ろうとしている。探偵部に協力が仰げないか。ではなく、心音は協力してくれるかと新人に聞かれたからな」


「…そっか」


 冬馬はそう言って、申し訳なさそうな表情を浮かべた。そして、そう言うと淹れてもらっていたお茶を一口飲んだ。


 心音はそれだけ呟くと、一瞬だけ思考を働かせる。


「(となると、なんとなくやらせたいことは分かった。まぁ、答え合わせは結論が探偵部内で出た後になるかな)」


 心音のその考えは至ってまとも。しかし、警察が探偵部に頼んだのが協力だとは信じ切れないだろう。だからこそ、何かをやらせたいという風に考えた方が手っ取り早い。


「じゃあ、3つ目。お父さん、久保田美羽っていう人知ってる?」


「久保田…?それは誰から聞いたんだ…?」


 心音はいったん思考を止めると、冬馬に一番疑問であったあの写真を送ってきた人物の名前を出して聞く。すると、凄い怖い顔と声色で、冬馬は心音に聞き返した。


 そんな冬馬に心音は少しびっくりしつつ、冬馬の質問に答える。


「警察官さんから貰った写真を渡すように言った人らしくて。警察官さんは黙ったままだったから、メンバーに協力してもらって情報を吐かせたんだけど…」


「…はぁ。そうか。…美羽はお前のような存在だ」


「はい?」


 冬馬はそう言って、懐かしむ表情を浮かべる。そして、ゆっくりと語り始めた。


「美羽は、時々ふらっと現れては事件に関連している写真を置いて去っていくんだ。そして、その時に居た警察官に自分の事を黙るように伝えていく。だから、あの新人も口にしようとはしなかったんだろうな」


「…じゃあ、警察の人ではないということ?」


「そうなるな」


 冬馬の話を若干さえぎるようにして、心音はそう聞いていた。冬馬は心音の質問に一つ首を縦に振る。その後、話を続けた。


「美羽もまた能力者だろうと予測はしているが、本人からは何もない。で、その美羽がお前たち探偵部に写真を預けたということは、それなりの意図がある。とにかく今は信頼できる人だと思うぞ」


 どこに不安を感じているのかが分からないためか、冬馬はそう付け加えた。ただ、悪い人ではなく、警察としてもよくお世話になっている人なのだろう。そのことについては心音も理解した。


「なるほど、そういう人もいるのか…」


「だな。で、他に聞きたいことはあるのか?」


「ううん、これで大体聞きたいことは聞けたし。…教えてくれないだろうなって思ってたところは、本当に聞き出せなかったから…」


 最後の方は冬馬に聞こえないぐらいの声で心音はそう言う。そんな心音の様子に冬馬は多少の心配はなくなったのか、ホッとしたような表情を浮かべた。


「そっか」


 それだけ言って、冬馬は席から立ち上がる。そして、そのままどこかに歩いて行ってしまった。


 冬馬の歩いて去っていく後姿を母親と心音はじっと見ている。その後、視線を外して、心音も立ち上がった。


「お母さん、食器片づけておくね」


「あら、ありがとう。洗うのはお母さんがするからね、心音。依頼の方、考えてきたらどうかしたら」


「分かった、そうする」


 流しに食べた食器をすべて運んだあと、母親のその言葉に素直に従って、心音は階段を上がっていった。


 ごはんを食べ終えた今の時刻は7時を回ったところ。心音はいつも10時前には就寝するため、あまり今日使える時間は残っていない。お風呂にも入らなきゃいけないだろうし。


「…さて、何から始めようか」


 部屋に戻ってきた心音は机の上に置いてあった資料を手に取りつつ、そうつぶやいた。今できることに限りはある。別れる前に玲に言った対策と作戦だって、簡単に思い浮かぶものではない。


「(どういう状況か分からないけど、一旦状況を整理しておこう。メモ帳、どこにしまってあったっけ)」


 机の引き出しを開けて中身をあさる。そして、使い込まれたメモ帳を取り出した。心音はそこに今日の出来事を整理して書き出していく。


{今日受けた依頼…図書室での怪死事件。今ある手掛かり…資料、写真

 父の話…久保田美羽は今のところ味方ととらえていい

     探偵部に依頼を出したのは私の能力を当てにしている

     病死であると表向きにしつつ、裏では現在も調査中。有益な情報は特にな

     くて、能力者の協力もある}


 簡潔にまとめたメモを見て、心音は深いため息を思わずついていた。


「はぁ…。これで、どうしろと…」


 未解決で、犯人を捜すだけの依頼だが、それが難しい。警察の調査は小学生ができる範囲を超えている。そんな中で、葉山小の探偵部ができることがあるのだろうか。それとも、警察の情報を整理して推理するのが求められている役割なのか。ここは判断がつかない。心音は、ベッドにダイブして枕に顔をうずめる。


「相手の目的が読めない。犯人の目星ぐらいついているだろうに…。ん、目星…?」


 足をバタつかせつつ考えていた心音は、自分の発言に何かピンと来たのか、ベッドから飛び起きて机に置いてあるメモ帳を手に取った。


「…なら、証拠集めと私が本当にそうかの判断をすればいい!」


 そう書き加えつつ、心音は放課後の警察官との会話の一幕を思い出していた。


『そうなんですが。やはり、どうやって殺されたのかが未だに謎のままなんですよ。能力者がやったのだろうということは分かりますが、能力者の能力についてはどこにもまとめてないので…』


『どういう能力で、誰が犯人候補なのか。そこまで絞れることができれば、私が後は見つけられますよ』


 確実に何かが思考を突き動かす。心音は机に座りなおすと、大きいノートを取り出し、そこに考えを書き込んでいく。


「どうやって殺されたのか謎だけど、能力者がやったことまでは分かる。そしてそれは見つけられる。それに能力者同士は惹かれあうようになっているから…」


 警察官にも話した内容だ。調査が進んでいるのなら何かしら手掛かりはあってもおかしくない。それがこの資料と美羽が渡してきた写真にある。なら、簡単な話だろう。心音は、書き終えて鉛筆を置くと、不敵な笑みを浮かべた。


「なら、やることは決まった。どう依頼を達成したらいいか、さっきまでは何一つ見えていない状態だったけど…。でも、これで明日から動ける。…あー、よかったぁ」


 一気に思考が回ったせいか、心音は頭から煙を吹いているような状態になってしまう。オーバーヒートを起こしているといった方が分かりやすいか。


 そのまま、ベッドにもぐりこんで横になる。でも、その顔はどこかすっきりしていた。


「お風呂…入ってきてから…寝な…きゃ…」


 心音は力尽きて、そのままベッドで静かに寝息を立て始めた。


ー翌日ー

「——おはようさん、心音。昨日はちゃんと寝たか?」


「おはよ、玲。むしろ寝落ちしたって感じ。朝起きてからシャワー浴びたよ」


 朝、家を出た心音は隣の家から玲が出てくるのを待つ。心音に少し遅れる形で家を出てきた玲は、心音を見るとそう声をかけた。心音は苦笑いをして、玲にそう返す。


「…おい」


「だ、大丈夫だよ。無茶しちゃわけじゃないし、寝たのは8時前だったと思うから」


 怒ってきそうな玲に、心音は慌ててそう付け加える。そんな心音を見て、玲ははぁと大きいため息をついた。


「…まぁ、いいか。それよりもさっさと行かないと遅刻になるぞ」


「げっ。じゃあ、歩きながら話しましょ。見てもらいたいものあるし。休み時間もほぼ使って行動していくからね」


「りょーかい」


 家の前から歩き出しつつ、心音と玲は昨日の事についてお互い考えたことを離していく。


「とりあえず、俺は能力に見合った情報収集という、今までのスタンスは変えない方がいいと思っている。完全に依頼主の考えや狙いは俺には分からなかったが」


 心音ですら気付くのに時間がかかったのだ。他の人が分かるとは到底思えない。心音もそれは予測済みだったため、驚かなかった。


「うん、そうだろうね。私もお父さんと話したりしていたら、答えが見つかったレベルだから。…まぁ、透あたりは気付いているだろうね。あの子、心読めるから」


 心音の言葉に玲は一つうなずく。本当に能力というのは便利だな。何でもできるし、隠そうと思えば隠せれる。だからこそ、能力者の起こした事件は能力者であっても解決するのは難しい。心音がいるから冬馬も数々の難事件を解決していると言われているから、やはり心音という存在は犯罪を起こす能力者たちにとって厄介だと感じていそうだ。


 まぁ、心音もその点は気付いていそうだが。


「だろうな。となると、作戦も大体決まった感じか」


「えぇ。とりあえず、ノートに書いてきたから、授業の間の休み時間で確認してくれる?良さそうなら放課後皆を集めるから」


「分かった。本当に、心音は凄いな。どうしたら、そこまで頭の回転が速くなるんだよ」


「本、読むと良いわよ。特に探偵ものは良いわね。どんな感じなのか分かりやすいから」


 心音は玲の疑問にそう答えて、にこっと笑った。最近の若者は本離れが進んでいると言われているが、心音は本当に小さい頃からずっと本を読んでいた。その本の虫っぷりは秋華と気が合うレベル。


 というか、名探偵が探偵ものを参考にしているんだな。意外と、現実に通用するようなトリックとかがあるのだろうか。それとも探偵の考え方が、心音に影響を与えているのか。どちらかがあるんだろう。


「そういや、無類の本好きだったな」


「引かないでよ。…あ、学校着いちゃった。って、時計見て!時間がない!」


「…はぁ?んなわけ…。本当じゃねぇか!」


 着いた頃には外に出ている児童の姿はない。心音はもしやと外についている時計に目を向けた。そこには、8時を少し過ぎた時計がある。


 葉山小学校の朝の会は8時10分。一応1時間目は9時頃なのだが、朝の会に間に合わないと、先生からのお説教が待っている。心音と玲は慌てて昇降口に走っていった。


「お前がのんびりしているからだろうが!」


「しょうがないでしょ?…3階なのにー。ギリギリだと確実に先生がもう教室にいるから、早くしないと…」


「だな。走るとまた怒られるから、早歩きだ。階段をササっと上がるぞ」


「分かってる」


 ぎゃあぎゃあ騒ぎつつ靴を履き替えると、早足で昇降口の近くにある階段を2人は駆け上がっていく。


 そのまま、2人は6-1のクラスへと駆け込んだ。


「はぁ…はぁ…。ま、間に合った?」


 後ろの方のドアから入り、その場で軽く息を整えつつ、心音はそう玲に聞く。しかし、それに答えたのは玲ではなく。


「あぁ、ちょうど先生も来たところだ」


 いつもなら前から入ってくる、1組の担任である大石おおいしるい先生が心音にそう言った。心音は後ろを振り向きつつ、ひきつった笑みを浮かべる。大石先生は心音と玲のクラス担任でありながら、探偵部の顧問も務めている人だ。そんな人に後ろからそう声をかけられるのは怖い以外何もない。


「せ、先生…」


「にしても珍しいな、お前たちが時間ギリギリだとは」


 驚いた心音とは裏腹に何もないかのように大石先生は心音たちにそう問いかける。


「依頼の事で話しながら歩いていたら、ギリギリになったんですよ」


「依頼…。そういえばそんな話を校長先生から俺も聞いたな。子供たちがそれでいいなら、俺から言うこととはないと言ってあったはずだ。受けることにしたんだな」


「もちろんです。解決していないなら、解決しないと。私の気は落ち着きません」


 心音のその言葉に大石先生はそっかと納得する。そして、心音は改めて依頼を受けるその心情を一言先生に話した。その言葉にはすべての意思が詰まっている。


 そんな心音に大石先生は思わず手を伸ばして、頭をクシャっと軽く撫でていた。


「無茶はするなよ。…っと、早いが全員いるようだし、朝の会を始めよう。2人とも席に座れ」


「「はーい」」


 大石先生の言葉に2人はそれぞれ席に座る。そして、学校が始まった。


 朝の会では何か話すことがあれば話があり、無ければクラスで交流を深める時間や、音楽会が近ければ歌の練習に充てられる。クラスによって過ごし方は違うが、大体30分間の朝の会の後は20分間の休み時間になる。こうして、一日が進んでいく。


ー2時間目終了ー

「あー、疲れたぁ…」


 いつもより少し長い30分間の休み時間。心音は自分の席でそんなことを言った。6年生に上がった今、6年生は中学受験の人もいるため、受験対策として授業がハードになっている。着いていくので精一杯だという子は多い。


「算数が特に分からない」


「俺は英語だ。何言ってんのか全くわからねえもん」


「3時間目は英語だもんね…」


 2時間目は算数だったらしく、心音の机の上には計算式がびっしりと書かれたノートが置いてある。休み時間になったからと、心音の元に来た玲はそのノートを見て引いた。


「相変わらず、すげー計算の仕方だな」


「公式を覚えるために叩き込んだだけ。…さて、始めましょうか」


「おけ。ノート見せてくれ」


 休み時間を利用して、2人は依頼について整理していく。これからどう動くのか。今から何が出来るのか。そういった話し合いをするのだ。


「とりあえず、警察が集めた情報と改めてこっちで集めた情報の精査か」


「えぇ。町での聞き込み、それから学校でも聞けそうな人に聞き込み。クラスメイトでも巻き込めそうならガンガン巻き込んでいきましょ」


 ノートを見つつそう言った玲に、心音はうなずいてそう付け足した。それを改めてノートに書き加えていく途中で、心音はふと玲の方へ向く。


「学校内であれば昼休みも、空き時間も使えるわよね。ねぇ、玲」


「使えるな。その当時の話を聞き出せる限り聞き出すだけなら、できないことは無いと思うぞ」


「そうよね…」


 ノートに聞き込みと書いたページを用意してそのままノートを閉じた。まだ、休み時間は始まったばかりで、下級生のクラスへ行く時間は残っている。心音は、席から立ち上がって一つ伸びをした。


「さて、それじゃあ行きましょうか。私は5年生のクラスに行くから、玲は4年生のクラスに行ってくれる?」


「ん?まぁ、いいが。もしかして、聞き込みをしてもらうように話に行くのか?」


 心音のその言葉に中々ピンと来なかった玲は、ワンテンポ遅れて首を縦に振る。玲の確認に心音はうなずいた。


「うん。それ以外に用事は無いから」


「おけ。行ってくる」


「お願いねー」


 玲が出ていくのを見送って心音も教室を出て5年生のクラスへと歩いて向かう。3階にある6年生のクラス。5年生は一個下の階にあり、4年生は別棟にある。だから、身体能力の向上ができる玲が遠い4年生の方へ行くのだ。


 心音は遊んでいるクラスメイトを横目に階段を下っていく。下の階も賑やかでいいなと思ってしまうが、実は5年生の階には図書室があるのだ。心音は図書室に向かいたい気持ちをぐっと抑えて、クラスの前まで行く。


「…彩夏ー、透ー」


 透の1組に彩夏がいるのが見え、心音は2人の名前を呼んだ。双子だからクラスは分かれているはずだが、どうやら休み時間は2人でいるらしい。


 心音の呼び声に1組の人たちも反応を示す。がやがやと賑やかになったことに、心音は嫌そうな表情を浮かべた。


「…これだから、来たくないんだよなぁ」


「部長、自滅ですよ」


 反応されて困っている心音に出てきた彩夏は、そう冷たく言い放つ。横で透もうなずいて、じっと心音の顔を見てくる。


「…透。あ、部長。何の用ですか?」


 透をなだめつつ、彩夏は本題に入ろうとそう聞いた。心音は周りをきょろきょろ見回して、人が近くにいないのを確認する。


「透が心を読んでくれればそれで十分だけど…。情報収集をお願いしたくて」


 小さい声で心音は2人にそう伝えた。

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