探偵部にお任せ!

水崎雪奈

第1話 事件

 地球とは似て非なる世界。そこには“能力”が存在している。人より強くなれたり、記憶力が普通の人より良かったり。そんな能力を持つ者を能力者と呼び、天才のような一般から大きくかけ離れた者を指している。とはいえ、普通に常識からかけ離れていて天才の域を出ている者のくくりであり、その人数はそこまで多くない。それから、能力については誰も本当か嘘か分からず、その能力者たちをまとめておくことができていない。


 そんな世界で、今日も能力者同士の潰しあいや、能力者による怪異事件が後を絶たず、今日もまたそんな事件を解決しようと動いているものがいる。


「——探偵部の皆さんは至急図書室に集まってください。繰り返します。探偵部の皆さんは至急図書室に集まってください」


 葉山小学校の放課後、突如校内放送が流れる。6-1の探偵部部長の大鳥おおとり心音ここねは、机に突っ伏していた頭をゆっくりと持ち上げた。


 心音は大人顔負けの言葉遣いや思考、また大人にもため口で渡り歩くような人だ。そして、探偵としての実力は葉山町では全員が把握していると言われている。


「…ん、放送…?」


 寝ぼけ眼をこすりつつ、心音はそんなことをつぶやいた。そろそろ帰る時間で授業中寝ていたのだろうか、その校内放送に少し困惑しているように見える。心音はそのまま席から立ち上がると、同じクラスにいる副部長の元居もといれいの所へ歩いて行った。


 玲は身体能力の向上を能力として持っていて、よく心音の足として使われている。いいように使われる友人という関係性が、あったりする。


「玲。今の放送、聞こえた?」


「あ、あぁ。図書室なんて最近行ってるやついないだろ。行きたくないんだけど」


 玲はそう言いつつ、顔を心音の方へ動かす。


「私も同感。あの話は本当に衝撃だったから。…で、その時からもう一週間以上経ってるけど、今回の呼び出しはなんだろう」


 玲の言葉に心音はうんうんと頷いた。


 心音のあの話というのは、一週間以上前に図書室にて図書委員長が死んでいたという内容。他殺の証拠が特に見つからず、自殺ということになり落ち着いた話である。


 流石その話じゃないと思いたいが、後から何か見つかってもおかしくはないし、それに納得いっていない者の方が多いと聞いた。


「だな。乗り気はしないが呼び出しは呼び出しだ。図書室に行くぞ、心音」


「もちろん。先に行くであろうメンバーに遅れないようにしなくちゃ」


 先に行く玲の後ろをついていく心音は、玲とは幼馴染でありいつも一緒にいる。そんな様子は、周りから見れば仲良しな2人であり、付き合ってもおかしくないような関係に見える。まぁ、お互いがただの幼馴染だと認識ているため、関係が発展するとは思えない。


「にしても、何だろう。私たちが呼び出されることなんて、今までなかったはずなのに」


 歩きつつ心音は首を傾げると、そんな言葉を口にした。


 2人は荷物をまとめてランドセルを背負った状態で、歩いている。放課後ということもあり、いつでも帰れるようにしておくというのは良い考えだと思える。


「別に問題は起こしていないだろ。どっちかといえば、依頼に近いんじゃねぇの?」


 そんな心音の頭を軽く叩いて、玲は明るい声でそう返す。そのまま、心音の方を向いて歯を見せて笑顔を浮かべた。


「そうなのかな」


「だと俺は思うな」


「そっかぁ…」


 気乗りしないのか、テンション低いまま玲にそう言う心音。そんな心音に玲は思わず苦笑してしまった。


「…ったく、そんなこと言ってる暇あったら入るぞ。着いたからな」


「えー。…まぁ、いいか」


 図書室の前で足を止める心音に、玲はそう声をかける。少し不貞腐れたあと、心音はため息を一つついて顔を前へ向けた。


 そして、頬を一回思いっきり叩いて心音はドアを開ける。


「行くよ、玲」


「それは俺の言葉だ、心音」


 心音の言葉にそう言い返しつつ、2人は図書室に入っていった。


 もうすでに探偵部のメンバーと先生たちは揃っていて、そんな皆の視線は圧を感じさせる。しかし、心音はそこに気にせず皆の元へと歩いて行った。


「…私たちが最後だったんですね」


 ランドセルを足元に置きつつ、心音はさらっとそんなことを言った。肝が据わっているのか、それとも何も考えていないのか。しかし、そんな態度をとる心音に文句を言う人は誰もいない。そんな様子を見て、心音は浮かべていた笑みを消した。


「それで、校長先生。今日は何の集まりですか?わざわざ放課後に呼び出さないでくださいよ。お母さん、大好きな唐揚げ作ってくれるって言ってたのに…」


 不貞腐れたような少し冗談交じりの言い方だけど、そこには全くもって笑顔は存在していない。そんな心音を見つつ、質問された校長先生は口を開いた。


「あー、すまんすまん。実は依頼があるんだ、お前たち探偵部に。…詳しいことはこの警察官から聞いてほしい」


「依頼、ですか。話は聞くだけ聞きますけど、受けるかどうかはメンバー次第ですからね。校長先生」


 答えた校長先生は、隣に立っている警察官の肩をたたく。警察官は少し緊張しているのか表情が固まっていてて、何も言おうとしない。


 そして、心音は校長先生の依頼という言葉に心底面倒くさそうにそう返した。


「…それに関しては分かっています。分かっているうえで、名探偵であるあなたとその仲間たちの力をお借りしたいので。あ、大鳥さんから許可は貰ってます」


 黙っていた警察官は心音の返しに、そう言った。大鳥さんというのは、おそらく心音の父親の事だろう。大鳥冬馬とうま。現役の警察官でありながら、数々の難事件を解決してきたと言われている人だ。


 そして、心音は小学校に上がるころから父親である冬馬と共に数々の難事件を解決してきていた。そして、冬馬はそんな娘の協力を惜しげもなく表に出してきている。だからこそ、この警察官は心音を頼ろうとしているということだろうか。


「うっ。お父さんか…。まぁ、話を聞くと言っちゃいましたし。借りたいと言いますけど、どんな事件なんですか?」


「この図書室で起きた事件です。一週間前の、一人の変死については覚えてますよね」


「…秋華しゅうかちゃんが遺体で発見された時の事か。あの時は確か、自殺か他殺か判別がついていたはずですよね。病死だと」


 近くにある本棚に背中を軽く預けて、警察官のその言葉に呆れたような声を出した。その態度は失礼に値するが、警察官はそこをスルーして、話を続ける。


 琴音ことね秋華は図書委員会の委員長であり、学校の児童からの人気はすごかった。そんな秋華と心音は仲が良く、一週間経った今もその出来事から完全には立ち直れていない。


「変死、です。実際には判断はできていません。表向きは病死ということにしましたが、一度調査をし直す必要があると上司の判断になります。そして、一週間調査をしましたが、今のところ何も手掛かりが得られていません」


 警察官のその説明を聞いて、心音は少し不服そうな表情を一瞬だけ浮かべる。その後少しだけ笑みを浮かべると、心音は確認を取った。


「で、力を貸してほしい。と」


「はい、そうなります。お願いできないでしょうか」


 その心音の確認に警察官が頭を下げた。大人が小学生に頭を下げる。それほど必死になっていると捉えることができる行動だ。心音は少しだけ考える素振りを見せた後、右側にいるメンバーたちの方へ視線を動かした。


「お願い、だそうだけど。みんなはどう思う?この依頼」


 首を傾げつつ、一人一人に意見を求める。その言葉に最初に応えたのは玲だった。


「俺はありだと思う。秋華の死んだ理由が殺されたとなれば、胸糞悪い話だ」


 そう言って、玲は右手にこぶしを作る。その動作を見て、心音は一つ首を縦に振る。


「そっか。他は?」


「私ととおるは玲先輩の意見に賛成です。だって、この学校で起きたことですよ。探偵部の出番じゃないですか」


 心音の催促に応えたのは、赤城あかぎ彩夏さやか。透は彩夏の双子の妹。彩夏と透は5年生で、彩夏が2組で透が1組。ちなみに、透がしゃべったところを学校で誰一人見たことがない。いや、同じクラスになった人は国語の音読などで声を聞く機会はあるか。


 そして、2人とも心を読む能力を持ち、透は人に特化していて彩夏は動物や植物に特化している。


「というか、全員賛成だと思いますよ。ね?」


 彩夏の発言にそう付け足したのは、4年生の白里しらさと結衣ゆい。探偵部で一番先生たちからの信頼が厚く、一番率先して動いている。そんな結衣は、すごく明るい性格で裏表がない。魅了の能力を持っているためともいえる。


 その結衣の声掛けに探偵部メンバー全員、つまり6人が首を縦に振った。


「あー、そっか。分かった。…その依頼、引き受けますよ。メンバー全員やる気ですし」


 その圧に押されるように心音がそう警察官に伝える。警察官は顔を上げると、そのまま心音の手を握った。


「ありがとうございます。恩に着ます。とりあえず、本日は作戦会議でもいかがでしょうか」


「そうしましょう。校長先生、メンバーの家に連絡をお願いします」


「もちろん。それじゃあ、後はお願いするね」


 警察官との作戦会議にはそれ相応の時間が必要となる。親に心配されるわけにはいかないため、校長先生は今から電話を一軒一軒かけるのだろう。そして、それだけ伝えた校長先生は図書室を出ていった。


 その後ろ姿を少し目で追った後、図書室にある自習スペースに全員で移動する。そして机を囲む形で全員椅子に腰かけた。


「それでは、さっそく現状の資料を渡します。7人だと見ずらいので3部ほど刷ってきました。これを見つつ、話をさせていただきます」


 席に着いた探偵部に資料を配布する。それを手に取った心音は話が始まる前にさっと目を通した。


 っと、探偵部について説明しておこう。探偵部というのは、小学校入学ごろから名探偵として活動していた心音のために校長先生が用意した野外活動の一環として整備されたもの。そして、その探偵部のメンバー全員が能力持ちである。


「おー、結構きちんと書いてあるんだね」


「それはもちろんです。極秘事項についてはこちらでの口頭説明のみにさせていただきますが…」


「それはそうでしょうよ」


 感心した心音の言葉に警察官はそんなことを言ってくる。そんな警察官に心音は思わず呆れたようにそう返していた。


「とりあえず、資料は学年ごとに分かれて見よっか。4年組、5年組、6年組で。席、入れ替えるところは今のうちに入れ替えて」


 心音はその資料をそれぞれのメンバーで振り分けていく。


 まず6年組は心音、玲、明音の3人。5年生は双子の透と彩夏の2人。そして、4年組は結衣と琴音秋斗しゅうとの2人。これで合わせて7人である。ちなみに秋斗は秋華の弟であり、恐怖を感じない能力を持っている。


「で、明音あかね。なるべくこの人の説明を記憶に叩き込んでおいて」


 隣に来た彼女に心音は短くそう指示を出した。西原にしわら明音は、現場再現の能力を持っていて、その能力をよく心音に頼りにされている。完全に監視カメラの代わりだと認識しているとみていいだろう。


「はいはい。分かりましたよ」


「うん、ありがとうね。こういう時は明音が頼りだもん」


「…ずるい…」


 心音の指示を飲み込んだ明音を見て、心音はそう言ってにこっと笑う。そんな心音に、明音はそんな言葉をぼやいた。


「で、4年組と5年組も…大丈夫そうだね。お願いします、警察官さん」


 ちらっと隣の方を確認して、心音は警察官にそう声をかける。警察官は用意していた資料を手元に用意して、話を始めた。


「今回の事については情報があまりにも少ないです。まず、当時の事件の様子から話していきたいと思いますが、少ないため長話にはならないので…」


「まぁ、そこまで厚い資料じゃないもんね」


「はい。とりあえず、見つかった場所が図書室の本棚の間。後ろには窓があり、その窓に背を向ける形で倒れていました。背後を狙われたとみてもいい状況です」


 警察官の話を聞きつつ、心音は頭を働かせる。明音も部長である心音の指示で、机に乗り出すように話に聞き入っている。


「ですが、特に外傷は見られませんでした。解析の能力を持つ方にも見ていただいた結果、事件ではないと。これが、当時の警察の答えになります」


「…でも、そうじゃなかった…と」


「はい。資料の後ろの方にありますが、実際に死因解明のための解剖をさせていただいた結果になります。これを見て、どう思いますか」


 ペラペラと資料をめくっていた心音はめくっていた手を止める。そこには、驚くべき事実が書いてあった。


「{外傷はないものの、病気にかかっていた形跡なし。防犯カメラにも特に調子のおかしい様子は映っていない。解剖したところ、貫通したであろう弾を一つ発見。その後の調査でもういくつかが臓器に穴を開けたとみられる。しかし、外傷はやはり見られない}…という部分だよね」


 資料に書かれた内容を丁寧に読み上げた心音と、それを聞いていたメンバーは顔を見合わせた。


 普通ならありえない現象。考えられるとすれば、外傷を治した…いや、それはない。となると、これは数少ない能力者の一人がやったということで確定する。その事実に全員が息を止めていた。


「…その内容で行くと、ほとんど見えてはいるっぽいですね。」


 心音の読み上げに対し、感想を述べたのは彩夏。その横で、何か透が考え込んでいるのか、腕を組んだりノートに書きこんでいっている。


「そうなんですが。やはり、どうやって殺されたのかが未だに謎のままなんですよ。能力者がやったのだろうということは分かりますが、能力者の能力についてはどこにもまとめてないので…」


「学校や仕事場でも本人が言いたくなければそれまでのシステムだからなぁ…。私たちはそれぞれ把握してるんだけど…」


 警察官のその困ったような声に、心音は首を一つ縦に振ってうなずく。そして、心音もそんな言葉をぼやいた。


 能力については謎が多く、本当に能力として判別できるのかという線引きが曖昧である。しかし、本人たちはそれが能力だとなぜか認識できているという。そのため、本人の意思ではあるが、能力者であると公表することはできるようにシステムは組まれている。だとしても、本人たちにしか分からず、嘘か本当かの判別もつかないという問題が残されているのが現状だ。


「となると、これは能力者間での問題か。心音、能力同士は惹かれあうから分かるんだよな?」


 今まで黙っていた玲がそんなことを心音に聞く。心音はその質問に黙ったままうなずいた。


「惹かれあうよ。でも、玲たちは把握できないんだよね」


「あぁ。ただ、心音は分かるだろ?」


「あー、うん。後、能力の質次第ではどういう能力を持っているか私なら分かるけど…」


 心音は玲に押される形でそんなことを口にしていた。その言葉に警察官は驚いた表情を浮かべる。まぁ、そういう反応になるだろう。嘘か本当か、またどんな能力を持っているのかを心音は把握できるということだから。問題として掲げられてきたことが、一人の少女によって解決できるというのは、誰もが理解しがたいものである。


「…そ、それは本当なんですか?!」


「あ、はい。ですが、私はそれを感覚で分かるだけなので、信じ切っていいものではないのが何とも…。勘みたいなものだからなぁ…」


「心音は能力持ちかどうかもまだ判明していないからな」


「言い出しっぺが言うものではないでしょ」


 驚いた警察官に遠慮がちに答える心音。いつもなら自信満々で態度がでかいと言われる心音だが、実際本人ですら理解できないものがあるのだろう。


 そして、そんなことをお構いなしに玲はそんなことを口にする。そんな玲を心音ではなく明音がそんな風に言い返していた。


「そこまで気にしていないからいいけど…。まぁ、どういう能力で、誰が犯人候補なのか。そこまで絞れることができれば、私が後は見つけられますよ」


 明音をなだめつつ、心音はそう警察官に伝えた。


「その調べも私たち探偵部でできることはあると思うし、警察の協力を得られればあっという間なんじゃないかな」


「だな。調査に関しては結構やってきているし。でも、学校の事じゃなくてこういう大きいものに関しては経験がないから何とも言えないが」


「そこに関しては経験者である私がカバーに入るよ。部長だし」


 心音の提案に玲も付け加えつつ、そんな不安も話す。それを聞いた心音は胸を張ってそう答えた。


 そして、心音はにこっと笑いつつ、警察官の方へと視線を動かした。


「…で、そこに関しては特に問題は無いですけど。極秘事項は?」


「あ、そうでしたね。極秘事項というのは、こちらの写真になります。すぐに燃やしてしまうので問題は特にありません」


 心音の質問に、警察官はポケットから何枚か写真を取り出し、ホワイトボードに張り付ける。その写真は様々な角度のものがあり、どれも画質は荒いというのが分かる。


「これ、がそうなんですか?」


 写真を思わず指さして、結衣がそう聞いていた。まぁ、極秘という単語を聞けば、相当重要であり危険な情報だと普通は思うだろう。


 他のメンバーも結衣と同様の反応を示したが、心音と玲は落ち着いていた。


「…そうでしょうね。玲、あれ何に見える?」


「んー、防犯カメラの映像の切り抜きか?」


「正解です。こちらは、どれも発見時刻からさかのぼって怪しい人影や死んだときの様子がないかと探したものになります。必要であれば、警察署でこの映像を見ることも可能です」


 玲の防犯カメラという言葉に、警察官が首を縦に振って解説してくれる。映像を切り取ったものというのはその前後が分からない。だからか、映像も見れると警察官は提案した。


 心音はその話を聞いて、考え込む仕草を取る。


「(うーん。怪しいな。どの写真も的確な場面を切り抜いたものではない。でも、これを渡してきたのは…)警察にいる能力者…?」


 考えていた言葉の最後の方が思わず口をついて出てきた。心音はそれにお構いなしに追加で考える。


「(いや、だとしてもおかしい。この写真たち、もう少し考えた方がいいか)」


「…ん?どうしたの、透」


「ん、これ」


 心音の考えを読んだのか、透が彩夏にさっきまで書いていたノートを渡す。首を傾げつつ、彩夏はそのノートを部長である心音の所へ持って行った。


「部長、これを。透からです」


「——あ、ありがとう。読ませてもらうね」


 考えていた心音は少しその声掛けに反応が遅れる。しかし、持ち直した心音は彩夏からノートを受け取って、その中身を確認する。


「あ、これってさっきのとこの写真についての考察ね。しかも、心も読んでるね、これは。でも、実際その心の中身は知れたのはかなりのアドかな」


「透の事ですから」


「それもそうね。…警察官さん、一つ確認してもいいですか」


 ノートを閉じ、真面目な表情で心音は警察官にそう聞く。周りは何も言わず、ただただ無言の時間が過ぎていく。


 心音の考えはある程度分かるものの、誰も本音が分からない。そのため、無駄に手を出す真似はしない方がいいのだ。しばらく関わってきていたメンバーはそれを熟知している。


「…何でしょうか」


 沈黙を破ったのは警察官。これはつまり、我慢できなくなったか聞かれることに心当たりがあったのか。とにかく、早く解放されたいという感じがする。


 そんな警察官に、心音はにこっと笑みを浮かべていた。勝ちを確信しているように見える。


「一つだけですよ。そこまで身構えなくても大丈夫です。…この写真たち、誰に見せるよう言われました?」


 すっと椅子から立ち上がった心音は一枚の窓だけを写した写真を取り、それを警察官に突きつける。その写真を見た警察官は一瞬だけ動揺した後、その口を閉じて視線をそらし、黙秘を貫こうとする。


 その態度に納得いかない心音は、2人に声をかける。


「玲、取り押さえて。結衣、能力を使いなさい。情報を吐かせるわよ」


「了解」


「分かりました」


 心音の指示に素早く2人は動いた。玲の能力は身体能力の向上。しかし、筋肉も増量できるため、常人ではほどけないほどの拘束を可能としている。そして、魅了の結衣は抑えられた警察官の顔を強引に上げて、視線を合わせた。


「意図的に力を使うのはあまりしてこなかったけど。部長からの許可出ましたし。少し強めにですが、魅了させて吐かせます」


 そう言った次の瞬間、小さく警察官が悲鳴を上げた。結衣は能力を強く相手にかける場合のみ、瞳の色が黒から完全に光を失った漆黒の瞳へと変わる。それが、普通にファンを魅了させるアイドルの真逆となる。それに、光を失った瞳で笑っていると狂気を感じさせるため、恐怖を覚えたんだろう。


「それでは、改めて聞きます。この写真たちは、誰の指示を受けたものでしょうか」


「…」


 しかし、魅了は上手く決まらなかったのか、警察官は答えようとしない。


「面倒くさいですね。誰の指示ですか。見せるように指示を受けたのでしょう?…気持ち悪いですよ、私たちを信用できないんですか」


 少しいらだった結衣の言葉はどこかとげを感じさせる。しかし、その言葉の後に結衣は薄っすらと目に涙をため、警察官に視線を合わせた。


「悲しいです。私たちに頼むだけの根拠があったんでしょうに…。裏切るような行為とは、流石に部長も受け入れられませんよ」


 そう言った結衣はそのまま、すっとしゃがんでいた体を立ち上がらせる。そして、心音の方へと歩いて行った。


 結衣の言葉の裏には、情報を吐き出さないのなら裏切られたと捉え、この依頼は無かったことにします。という意味が込められている。それに、少しその後ろ姿を見ていた警察官は気付いたのだろうか。


「…久保田くぼた美羽みう。彼の指示です」


「久保田、美羽。ね。ありがとう、教えてくれて。玲、拘束を解いていいよ。結衣も。魅了解いていいから。負担でしょ」


「あー、うん。思った以上にあっさりだったから、少し消化不足だけど」


 すっと目を閉じた結衣は能力を解いた。実際ずっと使い続けるのは負担になるのだろう。玲も疲れた表情を浮かべていた。


「あっさりの方が助かる。後もう少しであざを作るところだったからな」


「それもそうだろうけど。…まぁ、今回は強めにかけたからね。丁度いいか」


 玲と結衣がそう言葉をかけるのを見て、心音は笑みを浮かべた。


「それじゃあ、こっちで情報を集めます。欲しい情報がある場合には、父に警察署まで連れて行ってもらうことにするから…。この写真は欲しいけど、無理そうです?」


 心音は立ち上がった警察官にそう言って、一枚持ったままの写真を振りつつそう聞いた。警察官は悩んだ後、首を縦に振る。


「大丈夫です。極秘情報についてもう一つだけ、最後に伝えておきます。探偵部での調査の際には周りに気を付けてください。…狙われています」


 警察官はそう付け加えると、荷物をまとめて流れるように図書室を出ていった。


 その後ろ姿を見送った後、6人の顔を見回しつつ心音は「よし」と声を出してランドセルを背負う。


「とりあえず、今日は帰ろう。1時間ぐらいは話していたのかな。…あと、狙われているという発言は覚えておくとして、調査は明日から。とりあえず、学校内で集まる情報はすべてかき集めましょう」


 壁にかかっている時計で時間を確認した後、心音はそう言って解散させる。狙われているとなれば、子供であったとしても何か対策は練っておいた方がいいだろう。


 納得できていない様子で帰っていくメンバーを見送って、心音は玲と共に図書室を後から出ていった。


「…色々と起きた放課後だったな、心音」


「本当にね。さて、対策練ったり作戦を考えたりしないと。家に帰ったら宿題やって、その後に寝るまで考え事かなぁ…」


「明日なら相談に乗れるからな。根を詰めすぎるなよ」


「分かってる。無茶するつもりなんて元からないし」


 歩きつつ、心音と玲は言葉を交わす。隣の家ということもあり、2人はぎりぎりまで話を続ける。


「で、写真の事だけど。これ、結局何だろう」


「まるで、何かが起きた後、だよな」


「そうだよね」


 ポケットから貰ってきた写真を一枚取り出して、玲と共にその写真をじっと見つめる。その写真は外から図書室の窓にピントを合わせたもの。他もすべて似たようなものであり、まるでヒントにもならないように見える。


「だけど、一番の疑問はそんな風に映像を切り取れるのか。ということだろ」


「うん。とりあえず、調査の合間にこっちの分析を進めておく。他に誰か任せてもいいけど。これは私が適任だろうから」


 そう言って仕舞いなおすと、心音は一度頬を叩いた。


「着いたし、今言った作業をしておく。玲も心当たりないか、明日からの調査について案をまとめておいてほしい」


 家の前で心音は玲にそう伝える。玲はその言葉にうなずいて、「分かった」と返した。


「無茶だけはするなよ」


「もちろん」


 そう言った2人は不敵な笑みを浮かべて、グータッチをする。そして、それぞれ家へと帰っていった。


 少し家に入っていく玲を見ていた心音は、ドアの前で一回深呼吸をして家へと入っていく。その玄関には父親である冬馬の靴が置いてあるのが見えた。


「はぁ…。ただいまー」


 その靴を見た心音は一つため息をつき、ただいまの挨拶をしつつ靴を脱ぎ、両親のいるであろうリビングへと向かう。


「あら、お帰りなさい。夕飯にはまだ早いし、おやつでも食べる?」


「うん、食べる」


 帰ってきた心音に最初に声をかけた母親は、さっとおやつ用に作ってあったホットケーキを心音に渡す。それを受け取った心音は、机につきつつ周りをきょろきょろと見回した。


「ねぇ、お母さん。お父さんは?」


「書斎にいるんじゃないかしら。どうしたの?」


「ううん。大丈夫。夕ご飯の時に話すから」


 母親のその言葉に首を横に振った後、心音は見られない様に安心したため息をつくのだった。

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