第5話

 少し痩せたような気がするが、元からこうだったのかも知れない。そもそも容貌をそこまではっきりと覚えていなかった。長い髪と金色の瞳に特徴はすべて集約される。

「誰か来るとは聞いていたが、君が来るとは思わなかった」

「世話係になりました。これからよろしく」

 手を差し出した。彼は苦笑して腕を伸ばすがぎこちない。特に上半身に連日銃弾を受けている身体である。手と手が触れ合う前にアサギリが諦めた。

「脱走は重罪だ。なのにここは、世話係なんてものまでつけて俺を赦すのか」

「脱走はそんなに重くないみたいですから、ここ」

 通じない相手に一個人的な嫌味をこぼす。案の定、レーゲンには通じていなかった。

「職員さんを傷付けないでくれてありがとう」

 包帯の巻かれた素足には骨が浮かび凹凸に陰影が差す。彼はガラス片を武器として持っていたが怪我人はいなかった。

「何人か蹴り倒したが、怪我はなかったのか。それはよかった」

 他人事のような口振りである。悪怯わるびれた様子もない。

「怪我人がいたって報告はなかったけれど……そういうことなら、下方申告されていただけなのかも知れませんね」

 冷たく言い放つと月のような双眸がたじろいだ。

「そうか……」

 彼が俯く。隈ができている。やはり少し頬がけたようだ。陰を帯びている。

「貴方の傷はどうなんです。麻酔は効いているんですか」

「ああ。ありがたいことだよ。手厚いな、ここは」

「食事はどうです」

「あまり食べたくない」

 毛艶を欠いているのはそのためか。

「お酒でも飲みますか」

 彼女なりの冗談である。食欲のない日は酒を飲む。その時に食欲が増すこともあれば、眠りに就いて飯を食う時間を潰すこともできる。

「どういう酒だ。あまり高いのは飲めないぞ。まだ未成年だから」

「はい?」

 アサギリは首を傾げた。目ばかりは活き活きとしているがそれ以外が痛々しい。

「俺は18だ。度数の高い酒はまだ飲めない」

 霹靂神はたたがみ統治ノ地は20歳を満たさなければ酒類を買うのも飲むのも禁止されている。しかし彼の国ではそうではないようだ。ところがアサギリの驚いたのはそこではない。彼の匂わせた年齢である。未成年ということは年下ということだ。

「君もそれくらいだろう?」

 18歳というとアサギリからしてみれば弟より少し上くらいのものだ。

「違いますが」

「……違うのか」

「もう少し上ですね」

 レーゲンは眉を上げた。満月のような眸子ぼうしを晒す。

「若く見えた」

 すい、と視線を逸らして彼は呟いた。若いという表現をしたが、つまり幼いと言いたかったであろうことまでは上手く隠せていなかった。

「何も知らないな、この地のこと。ウァルホールとの違いに驚いてばかりだ。ここにいる間、色々教えてくれ」

 前向きな姿勢を示しているようで、肩を落としているように見えた。撃ち抜かれて痛むのだろうか。彼が年下で未成年だと知れた途端、確かに幼く見えつつある。霹靂神統治ノ地ならば彼の同年代など、ほとんどそう強く戦争を認識しない。その多くが気にするのは流行りや人間関係、多少の学業成績であろう。

「ランドロックトさん」

「レーゲンでいい」

 気怠るげに彼は言う。車椅子の背凭れに身を委ね、目を閉じている。

「お疲れならベッドに移りますか」

「いいや、いい。平気だ」

「では寝ますか」

 彼は瞑目したままだ。寝たのかも知れない。ベッドに置かれた毛布を手に取る。車椅子の形に沿うように畳んだ。

「寝ない」

 目が開かれる。どこか虚ろな翳りがあるのは麻酔が効いて眠いのだろう。

「寝ればよろしい」

 彼を目を見開き、眠気を払ってアサギリを捉える。そこには虚勢があった。

「寝ていないのでは」

「寝たさ」

「枕が変わると寝られない?」

「枕にこだわっていたら軍人は務まらない」

 18歳で少尉であるという。やはりアサギリにはそれがどれほどでどの程度のことであるのか分からない。

「なるほど」

 霹靂神統治ノ地の価値観、文化でいえばレーゲンはまだ少年ということだ。アサギリは項垂れ気味の年少者を観察する。

「俺からも質問したい」

 彼女は身構えてしまった。彼の国の戦況などを訊かれたら、正直に答えるべきか否か判断に苦しむ。知らないと答えても調べるよう詰め寄られはしないか。そして状況を知った彼がまた脱走を企てるのでは。

 しかし飛んできた質問は彼女の危惧したものとは違った。

「この基地にはたくさん男がいた。人手不足ではないようだ。なのに何故、女の君が第一線に出ていたんだ」

 彼はひょいと顔を上げた。揶揄でも詰問きつもんでもない、妙な真摯な視線はすぐさま印象を塗り替える。落ち着きがあるのだ。人の目を見て話すことに臆さない鷹揚なところがある。

「そこまで言って、わたしが女じゃなかったらどうするんですか」

「君は女だ。間違いない」

 眉を顰められてしまう。

「価値観や文化の違いですね。ここではあまり口にしないことです」

 彼は不服そうである。目を伏せかけ、アサギリの手を見つめた。

「傷はどうなっているんだ」

 彼女は最初、彼自身の傷を問われているのかと思った。足の傷は自分で見られるだろう。脇腹と肩、二の腕に入った射創は己で目視出来ず、また麻酔で程度も把握できないのかも知れない。ガラス片を持ち歩く男である。部屋には鏡も置けない。

「君の手の傷」

 訳の分かっていないアサギリに、レーゲンは苛立つ様子もない。比較的無事なほうの腕で車椅子の肘掛けに頬杖を付いている。

「良好ですが」

「傷は残りそうか」

 残るであろうことは傷をみれば分かったが、それを正直に答えると厄介なやりとりが待っていることを知っている。

「消えると思います」

「そうか。それならよかった。その手の傷については完全に俺の早とちりだ。すまなかった」

「ああいう場所でしたからね」

 彼女はぴしゃりと言った。金色の眼は眠そうに目瞬いている。それは霹靂神統治ノ地の一般的な18歳男子の風情を醸し出している。そういう子供に手の傷で将来を心配され、救済措置みたいに求婚されたのである。

「顔に傷なら分かりますけど、手の傷でそこまで心配してくれるんですか」

 傷が塞がるまでは確かに不便である。しかし骨に異常はなく神経を切られたわけではなかった。傷が塞がれば生活に大きな支障はない。

「顔に傷?なんだそれは」

「顔に傷付けたとかなら……分かります。わたしの結婚のことまで心配してくれるの」

「何故」

 彼は首を傾げた。言葉は今のところヴェネーシア語で通じているが話が通じていない。

「顔に傷ある人、イヤでしょう。男の人は」

 レーゲンはぽかんとしている。

「何故」

「何故って……手に傷があると、どうして結婚申し込まれなきゃなんないの」」

「貰い手がいなくなる。君は俺のミスで傷付けてしまった。責任を取るのは当然じゃないか」

 その態度には"当然"と言い切るだけあって堂々としていた。疑いなど微塵もないようである。

「わたしに恋人とか、好きな人とかいても?」

「そうだな。ボーイフレンド程度なんだろう?婚約者でないなら曖昧だ」

 そこに揺るぎはない。

「その傷が原因で破局したなら言ってくれ」

「何それ。責任取るつもりなら誰でもいいってこと」

「そうだな。責任の前に選り好みはできない」

 彼のあまりにも堂々とした態度にアサギリはとうとう自分の価値観を疑った。何かおかしいことを言っているだろうか。これが異文化なのか、それとも彼一人が変わり者であるのか。

「手に傷のある女性……だっけ?本当は趣味じゃないんでしょう?そんな嫌々、結婚したってね……………」

「償いに俺の趣味は要らない」

 ばっさりと両断するように答えているのはレーゲンのほうであるはずだが、彼も答えていくだけアサギリに向けた眼差しが疑わしいものになっている。

「結婚ってものの価値観が違うみたい」

「違うのか」

「うん」

 彼は悄然とした素振りを見せる。何か失態をしたのを恐れたかのような金色の瞳が上目遣いにアサギリを捉える。そこはやはり霹靂神統治ノ地の多くの18歳に見られる冷めきったところはない愚直な少年だった。

「でも、文化が違うからね。わたしと貴方も、ここと貴方のところも」

 金色の目がまた活気づいた。不思議な色をしている。それは色素のことではなく、彼個人の持つ目力のようである。深く覗き込んでしまいそうだった。

「ここに居る間は、出来るだけ知りたいと思う。言葉も……全員が全員、ヴェネーシア語じゃないんだな?」

「うん。わたしもいつもは霹靂神祝詞はたたがみのりと語だし。でも、分かった。そういうことなら教科書用意してくるよ。やれるだけやってみよう」

 彼が同意する。それを聞いてこの日の面談が終わった。基地医局のマネージャーと話し合い、レーゲンにこの地の言語を教えることになった。



 レーゲンという男の呑み込みは早い。発音のほうは少し苦手な様子だが、読み取りや字の識別はアサギリの想定よりも理解しているようだ。

「何か食べようか」

 テキストを突き合わせていると、ハイスクール時代を思い出した。テスト期間中の放課後はどのクラスも何人かで集まって菓子を持ち寄り勉強会をやっていたのが懐かしい。

「……太る」

 レーゲンはテキストから顔を上げる。教材はエレメンタリースクール1年生用のものを使っている。昨日、彼との面談の後に本屋で見繕ってきた。

「太らないでしょ、少しくらい」

「ここに来てから食べて寝てばかりいた」

「それはそうでしょう。怪我人なんだから、あなた」

 スナック菓子の袋を開ける。甘い匂いが漂った。ストロベリー味のコーンである。レーゲンは眉間に皺を寄せた。

「甘いの嫌い?」

「好きでも嫌いでもない」

 袋の口を見せると、彼はおそるおそる手を伸ばした。

「ランドロックトくんは普段何食べてるの」

 基地の医局の彼を担当しているマネージャーから、食事の回数や食べた量は聞いている。すべて完食しているようだ。

「虫」

「え、」

 彼の頬が蠢く。しかしスナックの砕ける音はしない。彼はとにかく音を立てない。

「ここは肉と魚ばかりだな。ありがたいことだが……」

 一度アサギリに促されて数個口に運んだ程度で、レーゲンはもう菓子には手を伸ばさなかった。

「虫、食べるの」

「軍務中以外はな。食べ放題だろ、外に行けば」

 その口振りには食に窮している事情があるようにも思われた。霹靂神統治ノ地にも虫を食べる文化がないわけではなかった。虫を食べるのが禁忌であるということもない。ただ、好んで食べる者がそう多くないのである。

「嫌いなものはあるの?」

 アサギリが話題を逸らせば彼は目を逸らす。すまなげな表情は素直だ。

「これは不味かったとか。はっきり言って大丈夫だよ。わたしが作るんじゃないし、好みがあるから。一律で作ってるみたいだから一人ひとりに合わせられないだけで」

「…………この前出た、ガーリック味の、妙に柔らかくて弾力のあるやつ」

 アサギリは好き勝手に食っているため基地の給食を頼んでいない。渡されたファイルを捲る。シーフードのアヒージョが出ている。イカ、エビ、タコ、ブロッコリー、マッシュルームである。この中でいえばイカかタコかマッシュルームであろう。

「何色だったか覚えてる」

「赤みがあった。円いぶつぶつがついてる……」

「タコか。タコかも。タコ苦手なんだ」

 繁華街で人気のタコヤキは差し入れにしないほうが賢明だろう。

「ゴムを齧っているみたいなのと、喉に詰まりそうで、怖い」

 それでも完食の項目にチェックが入っている。間違いでなければ食べたらしい。

「次からは苦手だったら残してもいいよ。罰則は、ないから」

 軍人にはあるのだろうか。彼は18歳だという。好き嫌いをしたからといって影響を及ぼす年頃ではなかろう。アサギリは軍を知らない。しかし非常に厳しい印象は持っている。軍人は規律と秩序のために好き嫌いも許されないのだろうか。

「いいや、もったいない。本当に飢えたとき、後悔したくない。食べられないわけじゃないんだ。食べるよ。ありがとう」

「そう。まぁ、無理はしないで大丈夫ということだけ伝えておくね」

 彼女はファイルに綴じられた献立を眺める。彼は監禁状態である。食事しか日々変わり楽しめるものはないだろう。アサギリもまた深夜の酒に縋っていた日々である。

「味噌スープに入ってた海藻は平気?」

「大丈夫だ」

「そう」

 明後日にある選択式のタコ炊飯ピラフ稚海藻シーウィードライスに変更する。

「ミナカミ……先生は……?」

 彼は少し恥じらう様子を見せた。アサギリは小さく笑う。

「わたしか。わたしは気分次第。気分で変わるの、好き嫌いは」

 真に受けたらしいレーゲンは同情を示す。

「食べている途中に、急に嫌になるのか。困るな、それは。大変だろ?」

 無邪気な目である。やはり18歳だ。もう彼を成人としては見られなくなってしまった。レーゲンは子供である。

「冗談。さ、お勉強に戻ろうか」

「ああ」

 理解力だけではなく集中力も高い。印刷された字を参考に真似て書き取る様を眺めていた。彼は自分の国が敗けたことを知っているのだろうか。訊きもしない。

 目元とテキストに拳ひとつ分も入りそうにないほど伏せ気味のレーゲンが頭を上げた。軍人というものは視線にも敏感なのだろうか。

「どうした?」

 区切りのいいところで彼は顔を上げた。

「う、ううん。テキスト、見えづらい?」

「いいや。何故?」

「随分近付けて見てるから……視力検査して、眼鏡作ったほうがいいのかなって」

 その双眸に疑われている心地がした。

「目が悪かったら軍には居られない。これは俺の癖だよ」

 彼は軍と口にしたとき、ふと虚ろな顔をした。

「そう」

 レーゲン・ランドロックトとは良好な関係を築けていると思っていた。断言はできずとも、彼が少しずつサザンアマテラス基地に馴染んでいるようには思えていた。彼がウァルホールの情勢を訊ねてしまう前までは。アサギリも明確なことを答えはしなかった。禁止されたわけでもない。接見が許可されたということは、訊かれる可能性が考慮されていたはずである。そしてその結果、レーゲン・ランドロックトという騒動を起こしたこともある異国の軍人が命を危険に晒すことになったとしても、それはサザンアマテラス基地が気を配ることではなかった。準パイロットのアサギリのために監視がついていただけのことである。

 彼女の反応からウァルホールが敗戦したことを察したレーゲンがペンを握り直したのと、部屋に銃を構えた警備部隊が突入したのはほぼほぼ同時であった。監視モニターでレーゲンの心拍数や緊張状態を測られていたのである。

 レーゲンは特に暴れるでも咆哮するでもなかった。アサギリに眉を顰め、その機械めいたチョーカーの少し上にペンを突き立てた。

―ありがとう、ミナカミ先生。





「いやぁ、難しいね。塾講師ってのは、ホント、難しい!元々気難しげな子だったんだけどさ!」

 毎日通っていたホストクラブ、キャッスル・ストーンハートだが、ほんの数日間空けただけで、久々な感じがあった。気に入りのホスト、三途ワタラセを呼び寄せて酒を飲む。少し野暮ったさのあるルックスと頭の悪そうな喋り方、色気のない所作が、このホストクラブの客層には合わず、あまり人気はないようである。しかしアサギリとしては、この居酒屋にいそうな感じのホストが気に入った。擬似色恋をしに来たのではない。

「アサギちゃん、そんなコトがあったんだ。どしたんかと思ったケド、身体のほうは健康げんきそうならよかった。もうお酒飲んじゃイケませんって言われちゃったんかと思ったよ」

 三途ワタラセとエンブリオ、そして異国の軍人レーゲン・ランドロックトが同じ世界にいる人物とは思えなかった。このホストクラブの雰囲気がそうさせるのだろうか。夜通しの酒もそこに加わるだろう。

「止められても飲むよ」

 カットフルーツを食らう。腹には酒とそれ以外が受け付けなかった。三途ワタラセはきょときょととアサギリを見ている。なかなか可憐である。華があったり見目が特別麗しいわけでもないが、陽気ななかに憐憫を誘い出す哀れっぽさが彼にはある。

「三途くん、メロンソーダ頼んであげるから飲みなよ。何か食べる?」

 彼は未成年だ。17歳と聞いている。レーゲン・ランドロックトとそう変わらないのである。

「うん!食べたい」

 メニューを広げる。ホストクラブだが居酒屋みたいな品書もアサギリをここに引き留めた。

空揚からあげかタコヤキか迷う」

 異国人か否か、軍人か否かなどと考えずに済む、純な17歳の眼に安堵した。

「空揚げにしなよ。タコヤキはダメ。タコヤキは……」

 そうしてメロンソーダとフライドチキンを食らう気に入りのホストを眺め、溶けつつある氷の浮かんだグラスを傾ける。

「打ち解けたと思ったんだけどなぁ……」

「美味しいよ、アサギちゃん!」

 無邪気な笑みを肴に酒瓶を片していく。

『愛国心の強い軍人は共に国に殉じようとするだなんて、ありがちでしょう』

 指揮官の言葉がふと蘇った。

「仲良くなれたと思ってたのに……」

 ぶつぶつ喋っている羽振りのいい客の口元に担当ホストはフライドチキンを運ぶ。

 三途ワタラセを前にすると、出動も戦争もない、そういう概念も存在しない気になった。



 明朝まで飲み明かす。酔った頭でひひひ、と笑いながら寄宿舎へ帰った。家具がひとつ増えた。ストレッチャーだ。点滴を含めると2つ増えている。荷台には機械が乗せられ、ピーピー、または蕭々しょうしょうと音を響かせている。

「おかえり、アサギ……」

 マージャリナがストレッチャーの様子を看ていた。彼の手にはタオルが握られている。ゴールドのフレーム付きの義眼は寝台の上の人物から焦点を放さない。

「ただいま。いいよ。わたしがやるから」

「でも、この人、男の子でしょ……?」

 少しずつ明るくなりつつある窓に照らされた金髪の下で、腺病質な感じのある顔がぎょっとする。

未成年こどもでしょう。それより輸血してくれてありがとう。寝ていて。ごはんは食べたの?」

 ただでさえ貧血のような風貌であるが、条件を満たしたため採血された。アサギリはストレッチャーの傍に立つこの性奴隷を引き剥がした。ベッドに座らせた。近くに置いたはずの弁当は無くなっている。

「うん……でも、」

「わたしには子供だし、この人の世話にまで貴方を付き合わせないから安心して。どうなるか分からないけれど、ここに置いておくだけだから」

 チューブに繋がれている人物の寝間着の前を開いていった。マージャリナから預かった濡れタオルで首から拭きかけた。だが彼女のその手に、骨張った軽い手が重なった。

「で、でも、ぼくは……いやだ。アサギがそう思っても……」

 温いタオルを奪われた。

「ぼくは、アサギにぼくの知らない男の人、触ってほしくない」

「なんで?大丈夫だよ……?え?わたし、別に……」

 アサギリはマージャリナに険しい表情を向けた。

「この人、まだ未成年こどもで………わたし、そんな、変な病気もらうような行為コト、してないし………」

 マージャリナはアサギリ・ミナカミ専属の性奴隷である。性行為をするためだけに傍にいる。そのために彼がアサギリの性生活を気にするのも無理はない。彼女もマージャリナの立場上、そのようなことを容易に連想してしまった。

「フツーに、霹靂神祝詞語教えてた、だけだよ……」

 ホストクラブ通いに朝帰りである。そのために性奴隷を贈られた。そういう見方をされている。要するに、節操のない女だと思われているのだ。そこに異国の若い軍人と2人きりで居たと言われたなら、そこに監視の目があったことも忘れ、有る事無い事想像されるのは仕方がないことなのかも知れない。

「え……?え?」

 忽如として傷付いたような顔をするアサギリにマージャリナも戸惑っている。ただ機械仕掛けの片目だけがバネの音を軋ませて左見右見とみこうみ右顧左眄うこさべんしている。

「だから、大丈夫。ごめんね、心配させちゃって……」

 マージャリナにはきちんと検査の結果を渡したほうがいいのかも知れない。アサギリもまた他人の肌を知らない。気に入りのホストである三途ワタラセを愛らしくは思うが艶気は覚えない。

 マージャリナから濡れタオルを取り返そうとするが許されない。

「でも、ぼくがやるから」

 車椅子で軟禁生活にあったとは思えないほど、レーゲン・ランドロックトの身体は引き締まっていた。時間経過を感じる傷の痕が散っている。

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