4th PHASE:SUMMER OF LOVE

 ナトゥーラの面々がアジトへ帰ってまもなく、ユキがみなを集めて欲しいと言い出した。「みなさんにお話があります」唐突にユキが語り始めた。「わたしは公安のスパイです」ホールの中がどよめいた。「しかしナトゥーラの思想に心を打たれ、改心しました。わたしは今後ともナトゥーラの一員です。許されるのであれば」「証明できるか?」薫がタバコの煙を吐いて訊いた。「官邸での戦い振りではいけませんでしょうか」「そうだ! こいつ凄かったぜ!」キリトが援護した。確かに、あれはまさしく一騎当千と言える身振りであった。味方を殺すのに何の躊躇もなかった。「……分かった。信じよう。では質問だ」「何でしょう」「公安はこれからどう動くつもりだ。きみが来たということは奴らもここを特定しているはずだ」「はい、その通りです。公安はわたしからの連絡を待って、成瀬を総攻撃するつもりです」「連絡を待って、ね。なるほど」薫の口が歪んだ。「ではユキ。公安に、『敵は小規模、しかも先の戦いで満身創痍。戦車もすべてメンテナンス中。攻めるなら今』と伝えろ」「分かりました」「アイジ、彼女と同行して言質を取れ」「了解」二人はホールを出て行った。

「いやースパイかー、面白くなってきたじゃねえの」「キリト、ぼんやりしている場合じゃないぞ。敵はおそらく今もこちらを監視しているはず。戦闘準備をしておけ。公安と軍を駆逐すれば革命の成功だ。みなも聞こえたな? 敵は総力を上げてくる。今すぐ戦闘の準備をしろ。これがラストミッションだ」了解、了解、と声が上がる。

 程なくしてユキとアイジが戻ってきた。「薫、ユキは本物だ」「ならば結構。二人とも、戦闘準備を。それとイザム、あれは完成したか?」


「攻めるなら今、ね」と市川。「どう思う?」田渕が訊いた。「仮にユキが裏切ったとしてもだ。いずれにせよ成瀬を攻めるつもりだった。計画に変更はない。ナトゥーラを潰すぞ。徹底的にだ」「了解」


 翌日。「われわれのアジトの前には森林があって、道が三方向に分かれている。しかしどの道も辿り着く場所は同じだ。したがってパーティを三つに分けて攻め込む。そして道の辿る先に陣取っているであろう大将の首を誰かが取ればわれわれの勝利だ。これは敵側も同じで、京やイザムがいるエントランスにエンカウントされれば負けだ。パーティ分けについて何か意見のある者はいるか」

 マナが手を挙げた。「最も強い奴を集めて一つのパーティを作り、速攻でボスを倒す」「良い意見だ。しかし当然他の仲間が危険にさらされる。俺はなるべく犠牲者を最小限に抑えたい。みなどう思う」賛成、賛成と声が上がる。「では実力は均等に分けようか」薫はペンを取ってホワイトボードに向かった。

A:薫、ソラ×3/B:キリト、アイジ、ソラ×3/C:ユキ、椎名、ソラ×3

「では、それぞれのリーダーのもと二十名ほど着いてこい」

 椎名は思った。(わたしは監視役なのね)


 ドドドドド……。やがて地響きが聞こえてきた。「来たか」あらかじめ絨毯爆撃を食らわないために、全員が外に出ている。薫はタバコに火をつけた。ふーっと二回吸い、捨てた。それを踏み潰して、『京、頼む』と言うと、『了解』という応えと共にサイバースペースに稲妻が走った。「な、な、な、ナトゥーラに栄光あれ!」それは敵のセリフだった。敵軍の半数が挙動不審になり、互いに殺し合いを始めた。「この数のクラッキングだと!?」公安磯部が驚愕した。京が乗っているトラックには豊富な情報端末と巨大なパラボラアンテナが付いている。京の能力を最大限に活かせるよう、イザムは没入ジャック・イン装置を京にパーソナライズさせ、今日に臨んだのであった。

「さて、行こうか同志諸君」とラストバトルの始まりを告げた。


 Aパーティがエンカウントした。一個連隊ほどの勢力だった。薫はソラの後ろに着いて進軍し、ソラが撃ち逃した敵をバッサバッサと切り裂いていく。

 Bパーティがエンカウントした。キリト、アイジ、ソラの乱れ撃ちが猛威をふるった。

 Cパーティがエンカウントした。ユキが縦横無尽にアクロバティックな剣戟を繰り返し、無双の活躍を見せた。椎名は後方支援に廻っている。

……

 (市川、こんなものか?)薫は思った。その時、ズン! という音と共にソラ一機が爆発した。(スナイパーか!)ズン! また一つ、ソラがやられた。スナイパーは移動しながら射撃をしているようで、所在がつかめない。「ちぃっ、やるな市川!」


「一つ!」「二つ!」「三つ! どうだ!」白川は射撃位置を変えつつ目標をスナイプしていく。白川のロングライフルは各所に設置されており、ネットワークを築いている。射撃する毎にデータベースに目標の大きさと位置が記録され、次のお勧めターゲットをロックオンしてくれる。「四つ!」白川はナトゥーラの主戦力である自走戦車を殲滅しようとしている。「もう一つ! ……あっ」バチバチッ! 白川は倒れた。ライフルに潜伏型ウイルスが仕込んであったのだ。言うまでもなく京のサポートであった。


(射撃が止んだ? よし、このまま……)ユキの勢いは止まらない。ナトゥーラ最強の称号があるとしたら彼女に捧げられるだろう。その時、立ち塞がった巨人にユキは薙ぎ払われた。「くっはっ……」その巨躯はディシプリン・アーマーとしては大きすぎる。「ロボットか!」さすがにこの大きさでは刀は無力だ。ロボットは次に椎名に襲いかかる。「ソラ、主砲!」ソラの六百ミリ大口径砲弾が巨人の胸元を抉り取った。上半身の殆どを失った巨人の腹に赤く点滅する部位がある。「あれがコアか!」と言うなり、ユキは跳躍した。「ヤーーーーーーー!」ザン! ユキの一振りで巨人は動きを止めた。そのとき椎名が、「危ない! 離れて!」と叫んだ。ユキもその意図を察し、飛び退いた。ドガアアアアアアアアン! 地面と周囲の木々を巻き込んで、巨人は爆発した。「自爆かしら」ユキは冷や汗をかいている。「どうでしょうね……」


(爆発!? ユキ達の方だ。彼女らは無事か?)その瞬間、大型メイスが振り下ろされた。キリトはそれを紙一枚で躱したが、敵が接近する気配は一切なかった。(なんだこいつは!)キリトは戦慄した。見るとメイスを両手に持ち佇む一人のディシプリン・アーマーがいる。「公安か……?」「いかにも。公安課の磯部と言う。貴様らを断罪する男だ」「磯部か。アイジ! 二人掛かりで行くぞ! ソラは援護を!」「了解!」言うなり、磯部は駿足で間合いを詰めてきた。「くっ」メイスを剣で受け止める。「くそ、なんて力だ!」キリトとアイジは磯部から一旦距離を取る。ソラが六百ミリ弾を放つが、躱されてしまう。「そこだ!」キリトが斬りかかる。しかしこれも躱され、逆にメイスの一撃を受けてしまう。「くそ、左腕はもうダメか。ならば!」キリトは左腕を盾に突進する。「アイジ!」「おうよ!」キリトは左腕にメイスの一撃を受けつつ、磯部を拘束する。そしてキリトの後ろから跳躍したアイジの一撃が磯部の右腕を断つ。「不覚ー! ここまでか! 本部と合流する!」磯部は去って行った。

 はあ、はあ、はあ……残された二人の息遣いは荒い。「キリト、大丈夫か」「ああ、なんとかな」


 一番に通りを抜けたのは薫だった。(公安課の連中が揃っているな。いや、二人足りない。ここはみんなと合流した方がいいな)

 しばらくすると公安の磯部が現れた。(右腕がない。二人掛かりで右腕一本か……)そしてユキ、椎名、キリト、アイジが現れた。(みな無事か。よし!)薫も姿を現し、ぞろぞろとナトゥーラ全員が集まった。その数約五十名とソラが五機、対するは公安課五名と軍の約三十名と戦車六台。

薫が言った。「さあ、始めようか。殺し合いを」

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