第122話 足掻く

 ※※※※

 雪名さんの作戦は概ね成功したようだった。

 事務所は形式上、例のゴシップ系配信者に動画の停止を要求したが、それでも切り抜き動画なんかは残り、噂はあっという間に広がった。


 そのおかげで莉子ちゃんは嘘つき、適当、デマ製造業と言われてまた炎上した。ただ、莉子ちゃんは「嘘なんていってないもん、私の考えを述べただけですぅー」と飄々としていた。


 そして、雪名さんはやっぱりプライベートでも優しいのだと好感度が向上し、私達の知名度も上がった。


 売名はしていない、ただの後輩想いの先輩と先輩想いの後輩の関係なだけ。

 人気女優と仲の良いアイドル。


 そんな風に私の知名度は上がった。


 そう、うまくいったのだ。でも私は気に入らなかった。

 あの日、雪名さんを放置して帰るという、切腹間違いなしの行為をしてしまったのは後悔している。

 でもどうしても気持ちがぐらついていたのだ。



 今日はいつものライブハウスでのライブの仕事があった。

 今日は新曲を初めてステージでやるの公表していたので、ファンが多めに集まってくれ、チケットはすぐに売り切れた。ただ、私は完全には喜べなかった。

 もちろん、シンプルに私達のライブを楽しみにしてくれている人達が多いんだろうけど、あの莉子ちゃんの発言からの一連の騒動で興味本位で来ている人も多いんじゃないか、そんな気持ちが拭いきれなかった。


 楽屋でSNS用の写真撮影をしているところで、私は赤坂さんに別室に呼ばれた。


「好葉……今日ちょっとテンション低いね。お客さんもいつもより多いのに。メンタル調整できてる?」

「ごめんなさい」

 私は素直に謝る。実際テンションは低かった。

 私の様子に、赤坂さんは小さくため息をついて厳しい顔を向けた。

「そんなんじゃダメよ。今が一番大事な時なんだから。いい曲も出来てるし、皆色んな仕事で一皮剥けてるし、何より知名度も上がってるし……」

「赤坂さんは、全部知ってましたか」

 私が言葉を遮るように言ったので、赤坂さんは困ったような顔になった。そして、少し言葉を選ぶように、ゆっくりと答えた。

「あの日のことだよね。うん、あの日の前日の夜中に、事務所から連絡があって。うまくいくかどうか分からないけど、ちょっと荒い方法取るからって報告があったの。ごめんね、好葉は演技がヘタっていうか、嘘がつけないっていうか……だから秘密にしておいたほうがリアルっぽいのが撮れるかと思ってて」

「違うんです。秘密にしてたのが気に入らないとかそういうのじゃないんです」

 私は不貞腐れながら首をふる。そんな私に、赤坂さんは優しくきいてくれた。

「やっぱり、やり方が気に入らない?」

「気に入らないっていうか……だってこれじゃあ結局またおもしろ話題性だけで注目されちゃうじゃないですか。これで注目されたのは雪名さんの力です。赤坂さんだって、私達を実力で注目させたいって言ってたじゃないですか。私は、自分の、純粋なアイドルとしての実力で世間に認められたい」

 私は駄々をこねるように赤坂さんに訴える。

「私達は結局実力じゃ注目されないんですか。雪名さんの……誰かの力が無いとダメなんですか?」

「好葉、あのね」

 赤坂さんが何かを、言おうと口を開いたその時だった。


 後ろの方からドスドスと足音が聞こえ、振り向いた瞬間に勢いよくほっぺをつねられた。

「いででででで」

「馬鹿好葉!!」

 私のほっぺをつねっていたのは、爽香だった。その後ろに奈美穂もいる。

 いつの間に部屋に入ってきたのだろうか。全然気づかなかった。ていうか痛い。

「いだい、爽香、いだいって」

「爽香、ライブ前にアイドルの顔変形させないで下さい」

 奈美穂が慌てて爽香に注意する。

 爽香は、仕方ない、といった顔で私のほっぺから手を離した。

「痛いよぉ、何よ急に」

「ごめん、好葉あんまりにも甘っちょろい事言ってるから腹が立って」

 ムスッとしながら爽香が言った。

「甘っちょろい事?私はただ、人の力で注目されたくないって言っただけだよ」

「それが甘っちょろいって言ってるの!」

 爽香は再度ほっぺをつねる。

「いだいってばぁ!」

「何が自分の力だけで注目されたい、よ!実力があっても埋もれていくグループ、何組も見てきたでしょ!皆、どうにかしようともがいてもがいて、ようやく陽の目をみるんじゃん!」

「で、でも」

「バラエティの現場だって、人脈づくりに精を出したり、偉い人におべっか使ったり頑張ってるよ!

 やり方はおかしいけど、莉子ちゃんだって必死で足掻いてるじゃん!私は莉子ちゃんのやり方は嫌いだけど、でも馬鹿にはできない。だって、莉子ちゃんのは皆に忘れられないために足掻いてるんだもん!」


 私は、爽香の言葉が脳に突き刺さった。私は確かに、無意識に莉子ちゃんを馬鹿にしていたと思う。可哀想、そんな事して落ちぶれたな、って。


「そりゃ、私だって、純粋に実力だけで認められたいよ。でもだからって、今もらえてるチャンスを、自分の力じゃないからってへそ曲げてんのは馬鹿じゃん。自惚れるでしょ」

「う、自惚れてる?」

 私は頭を殴られたような衝撃を受けた。

「で、でもだって、こんな知名度の上げ方じゃ、長続きしないじゃん!ちゃんとした認められ方じゃないと」

「ここから認められていけばいいでしょ」

 爽香は、ほっぺをつけるのをやめて、私の顔を両手で挟んで顔を近づけてきた。

「私達なら出来るよ!莉子ちゃんが悪い方につけてくれた知名度を、花実雪名さんが軌道修正してくれたんだから!感謝して頑張んなきゃじゃないの!?ヘソ曲げてる暇ないじゃん!」


 そうだ。そうなのだ。雪名さんは軌道修正してくれた。私達のために。雪名さんは自分の為だって言い張ったけど、それならもっと賢いやり方があったはずなのだ。結局、私は雪名さんを知名度の為に利用してしまった。

 それが何となくわかるからこそ……。


「……私、悔しかったの。結局、雪名さんに助けてもらった自分が」

 私は顔を伏せた。

「そりゃ、人気女優と底辺アイドルが肩を並べるのはおこがましいけど。この件は雪名さんにも迷惑かけたし、自分が雪名さんを何とかしてあげたかったって」

「そりゃおこがましい。でもね、好葉」

 赤坂さんが優しく口を挟んできた。

「自分の事、底辺アイドルなんて言っちゃダメ。ファンに失礼だよ。気迫くらいは人気女優に肩を並べてもいいと思うよ」


 私は黙って頷いた。

 さっきまで黙って爽香と私の様子を見てた奈美穂が優しく言った。

「好葉、花実さんの事大好きですからね。だったら尚更、こんな風にヘソ曲げてたら失礼ですよ。頑張って、ファンを一人でも増やすことに専念しますよ?ね?」

 また私は頷く。

「雪名さんに、酷いことしちゃった」

 雪名さんを踏まずに、土下座の格好をさせたまま放置してしまった。お礼も言わずに逃げるように帰ってしまった。

「謝らなきゃ」

「そうだね」

「雪名さんにまた土下座なきゃ」

「何でよ!!」

 爽香のツッコミに、私は我に返って慌てて「土下座、する!する方!」と言い換えた。








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