第121話 たまたま
「ちょ、な、雪名さん!!ゴシップ系配信者って!!え!誰!?いつから気づいてたんですか!?私達、何か変な事言って無かったっけ!?え?」
パニックを起こしている私を、雪名さんは面倒くさそうな顔で、口を無理やり塞いできた。
「うるさい」
さっき優しく抹茶ラテの泡を指で拭いてくれた人と同一人物とは思えない。
落差で私は更に混乱した。
そんな私を無視して、雪名さんは電話を続けた。
「そう、さっき送ったURL。ゴシップちゃんねる。生配信に映り込んだみたい。まるごと私達の会話が配信されたと思うの。うん、そうね。迷惑かけて悪いけど、配信者に事務所を通じて差止めを請求してもらえる?」
優雅にそう言って電話を切ると、雪名さんは私に顔を向けた。ようやく説明してもらえるのだろうか。
「さて、ちょっとちゃんと話し合いましょうか。好葉が、私にガツンと言ってやりたいって言ってた件について……」
「それはどうでもいいじゃないですか!!」
私は焦って突っ込んだ。
「よくないわよ。ほら、聞かせなさい好葉。何をこの私にガツンと言ってやろうと思っていたの?」
雪名さんが、笑っていない目の笑顔で私に近寄ってきた。
「聞きたいわ。好葉が私にガツンと言ってくれるなんて滅多に無いからね。ほら、言いたい事言いなさいよ」
「ち、違うんです……その……」
私がプルプルと首を震わせると、雪名さんはいつものブサイクな顔で笑ってきた。
その顔を見たら、なんだかさっきまでの違和感満載の雪名さんじゃなく、いつもの雪名さんが戻ったようで、少し安心してきた。
「あー……やっぱり、雪名さんはこの方がいいです」
ブサイクな笑顔の雪名さんの方が安心する。
さっきの美しくて優しい雪名さんじゃドキドキしすぎて落ち着かない。
私がそう言うと、雪名さんは急に顔を離してふいっとそっぽを向いた。
「そう言って誤魔化そうったってそうはいかないからね」
「別に誤魔化すつもりじゃ……」
「ま、いいわ。今回は特別に誤魔化されてあげるわ」
「はあ、ありがとうございます」
私がよくわからないままにそう答えているうちに、タクシーはいつも雪名さんを踏む時に使うホテルの前に到着した。
「これを見なさい」
ホテルの部屋に入るなり、雪名さんは私にスマホを見せてきた。それは、動画配信チャンネルのようだった。
「これ、もしかしてさっき言ってた……?」
「そう」
見せてもらった配信チャンネルには、私達がさっき喫茶店で話をしていた様子が、ハッキリと映っていた。
「この配信者は、今日、とある別の有名配信者が不倫しているって噂を聞いて、近くのホテルに張り込みをする生配信を行っていたの。その際に入った喫茶店で、たまたまもっと有名人の、もっと面白そうなの芸能ネタが転がってきたからそっちを生配信することに決めたようね」
「たまたま……なわけないですよね」
私は思わず雪名さんを睨む。
「雪名さん、この配信者がいる事知ってたんですよね?そうでなきゃあんな優しい雪名さんおかしい」
「ふふ、好葉は私の事分かってるわね」
雪名さんは私が睨んでいるのに上機嫌だ。
「私がLIPの売名の為に黙っているだとか、そのせいで変なものが送りつけられているだとか変な噂が立つのはムカつくけど。ただハッキリとした中傷じゃないし、今回は事実無根だけど事務所が売名行為をしたこと無い、とは言えないし。事務所としても大々的に公的否定コメントも出しづらいらしくて。非公式にたまたま否定できる機会があれば、と思ってね」
そう言って、雪名さんはスマホをスクロールしてSNSを開く。
「どうなるか賭けだったけど、まあ概ね悪くなさそうよ」
私は、雪名さんからスマホを受け取る。
『動画見たけど花実雪名、莉子にガチギレしてない?優しい口調だけどあれ絶対ガチギレしてる』
『てか、稼ぎ頭の人気女優に、地下アイドルの売名させるわけない。元々莉子とかいう炎上アイドルの適当な発言じゃん?これ訴えられるんじゃね?』
『いやいや、このタイミングでこんな動画撮られるとかヤラセくさい。全部仕込みだろ』
『花実雪名、推しのエロに解釈違いでキレてんのウケる』
「……こんな、勝手にこんな事して、怒られますよ!」
私はSNSを見ながら雪名さんを再度睨む。私達への売名は否定できたかもしれないけど、これじゃあ雪名さんのイメージに影響が出てしまうかもしれない。
「別に勝手にやったわけじゃないわ。一応事務所のリスク監理部門に確認した。白井さんにもやんわりと伝えてあった」
「そんな、私達の為に……」
「誤解するんじゃないわよ。全部私の為よ」
雪名さんはきっぱりと言い放つ。
「この私が売名に関与してるとか思われるのが嫌なのよ。利用し利用されが当たり前だとは思っているけど、程度によるわ。私と好葉の関係を、炎上動画なんかに利用されるなんて腸が煮えくり返る」
雪名さんはそう言い切ると、突然床に座りこみ、偉そうに土下座スタイルになった。
「多少でも、私に罪悪感があるなら、踏みなさい。今日は仕事でもないのにあんなニコニコして疲れてるんだから」
私は、黙ってそんな雪名さんの背中を見つめた。今の私には、雪名さんの背中に足を乗せることはできなかった。いや、したくなかった。
だって、こんなの!こんなの!!
「好葉!!」
気づくと私は、ホテルの部屋を飛び出していた。
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