第120話 冥途の土産
次の日、約束の時間に待ち合わせ場所のカフェに行くと、雪名さんが優雅にお茶を飲んでいた。
いつもはサングラスをしたり地味な服装をして顔を少し隠しているのに、今日は結構そのままの雪名さんだ。だいたい、いつも待ち合わせて一緒にご飯を食べる時なんかは個室の店なのに、今日はオープンスペースである。
「あら、来たわね」
雪名さんは私を見るなり、ニコニコと微笑んできた。いつものブサイクな笑顔じゃない。美しい笑顔だ。何でこんなに上機嫌なんだろう。ちょっと気持ち悪い。
「ちょっと、こんな人通りの多いカフェで、そんな顔見せたらいけないんじゃないですか?雪名さん、見つかったらどうするんですか」
私は小声で雪名さんに文句を言う。
すると雪名さんは、不気味なほど優しい笑顔で言った。
「ありがとう、いつも好葉は私の事ばかり考えてくれて、優しいわね」
「ほえ?」
だ、誰だこのいい人は………。私はポカンとして言葉が出なかった。
「ほら、何飲む?好葉は抹茶ラテ好きよね?」
「は、はぁ。雪名さん?どうしちゃったんですか?何だかいつもと違いませんか?」
「ああ、やっぱり分かる?」
そう言って、雪名さんは私の頬を優しく触れ、そしてジッとその美しい切れ目で見つめてきた。
「心配で眠れなかったの。好葉が困ってるみたいだから……」
そう言って、私の頬を優しくナデナデする雪名さん……。
何これ。何のご褒美?いや、ご褒美じゃなくて逆かもしれない。多分何が女王様のご機嫌を損ねることをしてしまったから、私は今から殺されるのかもしれない。疲れて死ぬまで雪名さんを踏まされるのかもしれない。これは冥途の土産なのかもしれない。
背筋を凍らせる私をよそに、雪名さんは店員さんを呼んで私の分の抹茶ラテを注文する。ちなみに私は別に抹茶ラテは好物ではない。
「あ、あ、あの、雪名さん、私何か気に障るような事をしてしまったんでしょうか……確かに昨日、雪名さんにガツンと言ってやらなきゃとか思いましたけど、でもまだ何も言ってないのでどうか命だけは……」
「何言ってるの好葉、相変わらず面白いわね」
雪名さんはニコニコと私の言葉を遮った。
「今回の事はごめんなさいね。元はといえば私のところに来たトラブルのせいなのに、好葉が売名だとか何だとか言われちゃって」
雪名さんがへにゃりと眉を下げながら言う。
私は慌てて首を振った。
「いえ、そんな。雪名さんの方は全然悪くないです!事務所と相談して無視すること決めてたんでしょうし、もうこれは事故みたいなもんですよ。……若干莉子ちゃんからの当たり屋みたいな……」
最後の方はちょっと自分でも悔しくてボソボソと言ってしまう。
「売名なんてしてないのに。言いがかりなのに」
「そうよね。いつも好葉はそう言ってたわよね。私が、自分の力で成長したいって。だいたい、事務所がLIPを売り込むために私を使って売名するわけ無いわよね」
「そうですよ!事務所の売れっ子女優利用するなんて!そんな勿体ないことするわけないじゃないですか!それもあんなスケベな漫画利用してなんて……!」
「そうね。うちの事務所もあの件は、公表することで私のファンに不快なものを見せる事になるかもしれないから、私のファンに不快な想いをさせないように、って言う事であえて無視することにしたんだけど……悲しい捉え方する人もいるのねぇ」
ふう、と雪名さんはため息をついた。
「私ね、あの漫画大嫌いよ。あんな漫画、二度と送ってもらいたくないわ」
雪名さんは少し強い口調でいう。
「ま、まあ、そうですよね」
私は頷きながらも、ちょっと首をかしげる。
あれ?あの漫画を初めに見せてきた時なんかは、少し面白がってた様子だったけど……。やっぱり嫌だったのかな。
それともこんな件に巻き込まれちゃって不快になったのかな。
私が疑問を感じながら、目の前に置かれた抹茶ラテに口をつけた。
抹茶ラテの泡が唇についた、と思って拭おうと紙ナプキンを手にした、その時だった。
雪名さんは、そのキレイな指で私の唇に触れ、泡を拭ってきたのだ。そしてその指の泡をぺろりと官能的に舐める。
「ふふ、好葉、キレイな唇が隠れちゃちゃったわよ」
「ほえ……!?」
あまりに美しい顔を私に近づけてそんな事を言うので、私は顔からマグマが好き出そうなくらい真っ赤なった。
だめだ!理由はわからないけど、雪名さんが私を恋に落とそうとしてくる!!
「あの漫画書いた子、全っ然好葉の事を分かってないわよねぇ。本当の好葉はもっともっと可愛いのに。まあ、そもそも私と好葉はこんな表面的なスケベな関係じゃないわよね。もっと、内面的なとこでの仲良しよねぇ」
「ほ、ほえぇ……」
もう私は変な声しか出せない。
何なの!?やっぱり私は今日多分殺られる……!?
私が内心パニクっていると、二つ隣の席に座っていた男の人が、突然、ガタンと音を立てて立ち上がった。
そしてこちらの方をチラリと見てきた。
結構大きい声で話してたし、顔バレしちゃった?声かけられる?私は少し警戒した。しかし男の人は何もこちらには反応せずに、急いだ様子でどこかへ行ってしまった。
私が拍子抜けしていると、雪名さんはスマホを取り出し、何かを確認している。
そして「まあ、こんなものかしら」とニヤリと笑うと、サッサと荷物をまとめて立ち上がった。
「さ、好葉出るわよ」
「え?」
「どこか個室のとこに移動するわ」
「え、私一口しか飲んでない……勿体ない……エコじゃない」
「じゃあサッサと飲みなさいよ。十秒で飲んで」
「えぇ……」
さっきとはうってかわって、冷たい口調の雪名さんだ。ただ、どこかこの雪名さんの方が私には安心できる。
私はまだ熱い抹茶ラテをご命令通り一気飲みすると、急いで雪名さんを追って喫茶店を出た。
喫茶店を出てタクシーを捕まえると、雪名さんは電話をかけ始めた。相手は白井さんのようだ。
「白井さん、大変。私今日好葉と一緒にお茶してたんだけどね。近くにいたゴシップ系配信者に見られちゃった。どうしましょう」
「はあ!?」
私が思わず大きな声を上げる一方で、どうしましょうと言いながらも雪名さんの顔つきは涼しいままだった。
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