第119話 ガツン

 その日の夜、雪名さんから電話が来た。


「見たわよ、あの馬鹿みたいな動画。大変ね」

 一言目に、他人事のように雪名さんは言ってきた。

「どう考えても浅はかな再生回数稼ぎの炎上狙いの発言ね。注目されるために手段を選ばない感じ、嫌いじゃないわ」

「雪名さんにも迷惑かけてるんですよ」

 私は、雪名さんが莉子ちゃんを褒めた(?)ので、つい不貞腐れた声になってしまった。

「嘘ばっかり言って……。あんな子じゃなかったのに」

「ま、この私のことを勝手に利用したのは気に入らないわ。この世界、利用し利用されが当たり前だとは思ってるけど、仁義ってものが必要よね。どうしてやろうかしら」

 やっぱり雪名さんも少しイラついているようだ。

「それでですね。赤坂さんから、しばらく私、雪名さんと会わないようにって言われてまして」

「……私もそれは白井さんから言われたわ」

 今度は雪名さんがちょっと不貞腐れる番のようだ。

「これから色々気に入らないプロデューサーのドラマの撮影が始まるのに、私から好葉の足を取り上げるなんて……」

「すみません、なんとかいままで撮った動画とかで我慢を……」

「そんなの、飽きるほど見たわ」

 飽きるほど見たんだ……。


「ねえ好葉、明日1回だけ会って、赤いピンヒール履いて踏んでる動画撮らせなさいよ」

 偉そうに雪名さんがご命令してくる。しかし私は電話越しに首を振った。

「すみません、赤坂さんに言われてるので……」

「赤坂さんの言う事と私の言う事、どっちを選ぶの?」

「そりゃ赤坂さん……」

 そう即答してしまってから私は慌てて訂正する。

「ちが、違うんです!ほら、仕事に関しては赤坂さんの言う事が絶対で……その!プライベートは勿論雪名さんを絶対優先させて頂くので!」

「ふうん」

 いつもの雪名さんの『ふうん』が聞こえた。

 こころなしか、なぜかちょっとご機嫌なトーンだ。

「わかってるわ。好葉はそういう子よね」


 雪名さんの中で、私はどんなキャラなんだろうか。


「とりあえず、好葉は明日忙しいの?」

「いえ、明日は午前に打ち合わせだけです」

「そう、じゃあ明日、〇〇スタジオ近くのカフェで1時に待ち合わせね」

 雪名さんの突然のお誘いに、私はポカンとした。

「……雪名さん、だからあの、しばらく会わないようにと……」

「ええ、そうね」

「だから、明日も会ったりは」

「あら、プライベートは私を絶対優先するんでしょ?」

「あの、ですから、仕事の一環として会わない選択を」

「遅刻したら許さないわよ。1分遅刻する事に1回顔を踏んでもらうからね」

「ダメです!」

「なら遅刻しない事ね。それじゃあ明日」

 雪名さんはそう言い切ると、ブツッと電話を切ってしまった。


「そんな……強引すぎ……」

 私は啞然としながら、電話を見つめた。


 どうしよう。こんな事してる場合じゃないのに。雪名さんにも迷惑かけてるし、なるべくご意向には沿いたいと思っているけど、勝手な行動は今は慎まねばならない。

 さすがの私も、明日会ったらガツンと言ってやらなきゃ、と気合を入れるのだった。



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