第八章 成長篇
第114話 ちっぽけなプライド
「好葉」
その日、私はいつものように雪名さんのマンションにお邪魔していつものように踏んで帰ろうとしていた。
玄関で雪名さんは私を怖い顔で見下ろしながら呼びかけた。
「何なの、最近」
「な、何なの、とは?」
私は恐る恐る雪名さんを見上げる。なぜ雪名さんが怖い顔をしているのかはわからない。
ちゃんと雪名さんをグリグリ踏みつけるというノルマをこなしたのに。
「なんでそんな事務的なわけ?サクッと踏んで、お茶もお酒も呑まないでサッサと帰って。足にオイルも塗らせないで。何なの?」
「だ、だめですか?足はちゃんと自分でも最近ちゃんとお手入れして……」
「だめじゃないけど!」
雪名さんはあからさまに不貞腐れている。
私は慌てて言い訳した。
「あのぅ、よく考えたら最近ずっと、雪名さんに甘えてばっかりだったなぁって思ってて……。ご飯も奢ってもらってばっかりだし、靴とかもらっちゃってるし……何よりお仕事とかも雪名さんのお陰で色々いいようにしてもらってる気がして……ちょっと雪名さんに頼らないで、自分の力でも頑張りたいなぁって……」
「頼る……ふうん」
雪名さんはまだ冷たい目のままだ。
私は前に社長に言われた事が気になっていた。
私は雪名さんを利用している。
そんなの、いつまでも続かないし、雪名さんに申し訳ないし、何よりそういう風に見られるのは悔しい。
雪名さんはそんな事は気にしないかもしれないけど、私にもちっぽけなプライドがある。
だから、あまり雪名さんに甘えっぱなしを少し改善するのから始めようと思ったのだ。
「あの……だから……」
「わかったわ。じゃあ今度、森野姉妹を誘うわ」
「へっ?」
「別に良いでしょう。私、彼女たちと一緒にランチ食べに行っちゃうから。美里ちゃんは子供だから美味しいパフェとか奢っちゃうし、紗弓さんにも高級コーヒー奢っちゃうから」
プイッとそっぽを向く雪名さんに、私は首を傾げながら、「はあ、どうぞ」と言いそうになったけど、今までの経験からハッと気づいた。
――雪名さん、もしかして嫉妬させようとしている?
前に私がちょっと紗弓さんに嫉妬した件もあるし。だからもしかして、紗弓さんの名前を出せば私が嫉妬すると思っているのでは?
案の定、雪名さんはちょっと、どうだ、という顔をしている。
どうもクソも無いんだけど。
でもここで「どうぞ」って言ったら多分女王様のご機嫌を損ねてしまう。
「えーーっと、じゃあ……やっぱりたまには一緒にお食事したいかなぁ……」
「そう?じゃあ仕方ないわね。好葉も一緒に連れて行ってあげるわ」
雪名さんは満足げに答えた。
「あと、たまには私にオイル塗らせなさい。せっかく海外ロケ行った時に珍しい高級オイル買ったんだから」
「そんな、是非雪名さん自分に使ってください」
「使ってるわよ。好葉にも使わせてあげるって言ってるの」
そう言って、雪名さんは小さなオイルの瓶を見せてくる。蓋をしているのにいい匂いがする。
雪名さんの髪と同じ匂いだ。
「それ、私の足が、雪名さんと同じ匂いになっちゃうじゃないですか」
「ふふ、マーキングみたいね」
雪名さんはニヤリと笑う。
「じゃあランチ付き合う約束よ。あとで私のスケジュール送るから、美里ちゃん達に連絡よろしく」
あっさりと予定の丸投げをされて私は雪名さんのマンションを後にした。
ああ、こんなんで、雪名さんに甘えている現状から抜け出せるんだろうか。
甘っちょろい自分にがっかりしながら、私はスマホで、美里ちゃんのマネージャー兼保護者の紗弓さんの方へ連絡をとるのだった。
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