第113話 利用している

 無事舞台は終了した。


 囲み取材を終えて、皆が楽屋に戻ってくるタイミングで、私と爽香も楽屋へ挨拶へ向かった。


 楽屋の中からはガヤガヤと楽しそうな声が聞こえてくる。


「いやぁ、まあなかなか今日はいい感じにできたんじゃない?」

「着信音聞こえた時はマジ殺って思ったけどね、奈美穂ちゃんと動揺しないでできたね。偉いぞ」

「てか、アズサさん、全然関係無いのに、戸川瑠佑とエリックフォードの話されてウケる。よくキレませんでしたね。アズサさん昔はそういうの嫌ってたでしょう」

「ふん、大人になったのよ。それに、その話をすれば少しでもワイドショーで使ってもらえる確率上がるでしょ。宣伝になるなら何の話でもするわよ」


 和気あいあい、楽しそうな雰囲気だ。


「お疲れ様です。とっても素晴らしい舞台でした」

 私達はそう言いながら楽屋に入ると、皆明るく迎えてくれた。


「今日はね、結構皆いい出来だったと思うんだ」

「明日からの本番楽しみだ。あ、今日のゲネプロの感想、是非SNSとかに上げてよ。君等のファン連れてきてー」


 皆口々に明るく言う中、監督が私達の目の前に近づいてきた。とても真面目な顔をしている。


「奈美穂は。君たちのメンバーの奈美穂はどうだったと思う」


 どうだった?とても良かった。とっても練習したのがわかって良かったです。

 そう言いたかったけど、それじゃあちょっと身内目線になっちゃうからもう少し悪い面とか言った方がいいかな。

 そう思っていた私の横で、爽香が口を開いた。


「全然、まだまだだと思いました。皆さんかとっても素晴らしくて、それでいてまだ新人の奈美穂みたいなのをちゃんと引っ張ってくれているから見れるレベルだと思いました。動きももっと他の人と合わせて、それでいて自分の色を出せるようにしないとだめだな、と思いました」


 爽香が言ったのは、私が思った以上に厳しい言葉だった。

 奈美穂をちらりと見ると少しこわばった顔をしている。


「全くその通りだ。君、ちゃんと客観的に見る目があるね」

 監督はニコリともせずに爽香に言った。


「でも、悪くなかった。だから、明日からの本番で、きっともっと良くなる。だから本番にもぜひ来てくれよ。メンタルの弱くない奈美穂をみせてあげるから。ねえアズサ」


「そうね」

 気づくと監督の横にいたアズサさんが、奈美穂の肩を強く掴みながら言った。

「まあ私の舞台に立って恥ずかしくないレベルにはなってるわ」


「ありがとうございます!」

 奈美穂は丁寧に、頭を下げていた。



 〜〜〜〜


 それから、楽屋の方へ挨拶しにくる人が増えてきたので私と爽香は帰ることにした。


 爽香はこのあと仕事が入っているというので駅で別れた。


 爽香を見下りながら私はため息をついた。


「爽香、ちゃんとしてるなぁ」


 爽香はちゃんと厳しい事も言えるんだ。いつの間にあんなにちゃんと言える子になってたんだろう。奈美穂だって成長している。多分今頃、ちゃんと爽香の言葉を噛み締めていることだろう。

 アズサさんの言う通り、ナアナアで仲良しだけじゃだめなんだ。


「がんばんなきゃ、私も」


 そう言いながら大通りをゆっくりと歩いていた時だった。


「へいそこの彼女、暇ならお茶しない?」

 古臭いナンパ台詞に思わず吹き出して振り返ると、そこにはまさかの社長が立っていた。


「お、お疲れ様です!え、社長まさか電車移動なんですか!?」

「いや、ちょっと駅をぶらついてたとこ」

 そう言いながら、自然に私の隣にきた。


 さすがに社長と二人はとても緊張してしまう。

 何を話せばいいのか。


「これからまた別の舞台に行くんだけどね。今度は地下劇場。ちょっといい俳優がいて、スカウトしに行こうかと思ってるんだ」


「へえ、そうなんですか」


 私は上手い返しができずに当たり障りのない返事をしてしまう。


「あの、噂で、あくまでも噂なんですけど、社長川越アズサさんを引き抜こうとしてるって本当ですか」


「へえ、誰から聞いたの」

 社長はニコニコした顔だったけど、目は一切笑ってなかった。


 私は慌てて「いえ、その、誰からだったかなぁ」と誤魔化そうとしたけど、多分バレている。


「はは、まあちょっと裏から手を回してねぇ。焦らずゆっくりと説得しようかなって。裏っていってもヤクザさんとかじゃないからね。いや、彼女だって、枕営業の噂放置してるような事務所よりはいいかなって思わない?」


「あー、あはは、そうですかね」


「おや、枕営業の話聞いてもビックリしないんだね。やっぱり誰から聞いてるんだねぇ」

 社長はニコニコと言うので、私はサッと背筋が凍った。

 だめだ、私は余計な反応をしないほうがいい。


「固くならないでくれ。まあ、君は花実雪名と仲が良いようだし、色々な話を聞いてるんだろうってことはわかってる」

「そうなんですか」

 私は社長の口調が少し和らいだのでほっとした。


「それにしても、Lip‐ステップは本当に将来有望だって再認識したよ。奈美穂は頑張ってるし、さっき監督に聞いたけど爽香もしっかりしてきたみたいだね。好葉も花実を利用していい繋がり作ってることだし」

「り、利用?」

 社長の言葉に私はものすごくショックを受けた。

「私、雪名さ……じゃなくて、花実さんを利用してるんですか?」

「え?違う?」

「ち、違……」


 私は言い訳をしようとしたけど、その時迎えの車が来たようで、社長は高級そうな車にさっさと乗ってしまった。


「それじゃあ、これからも頑張ってねー」


 颯爽と立ち去る高級車を見つめながら、私は色々なショックを受けてしまっていた。


 ――もしかして、爽香も奈美穂も成長してるのに、私は人を利用して、目に見える成長もしていない?そう言う事……?


 この世界、利用し利用されるのが当たり前じゃない、という雪名さんの口癖が頭をよぎったけど、私は思いっきり首を振った。


「ほんと、私もがんばんなきゃ」



 第七章END

 第八章へ続く……。





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