第112話 鑑賞ルール
本番が始まった。
艶やかなステージが幕をあける。
派手な音楽と共に大勢が踊りだすスタートは圧巻だった。
大勢出演者の中から奈美穂を探しだし、思わず私は親心が出てきて泣きそうになってしまった。
うんうん、奈美穂いままで頑張ったもんね、と涙目な私に、爽香は少し引いていた。
それにしても、素人の私からしても、アズサさんや、池田和文さんなどのベテランはやっぱり上手いな、と思ってしまった。
聞き取りやすい発声・遠くでも表情まで見えそうなくらいの感情のある表現・そして響く歌声。
やっぱりプロは凄いな、と思うと同時に、奈美穂は大丈夫だろうか、と再度不安になる。
ストーリーは進み、奈美穂のソロの出番がやってきた。
緊張は……うん、大丈夫。そこまで酷くはない。
いつものライブでの力強い奈美穂の声とは少し違う、女優としての歌声だ。
いっぱい教えてもらっていっぱい練習したんだな、と思ったら、また何だか泣けてきてしまい、鼻を少しすすった。
鼻すすりの音を聞いて、私が泣いているのに気づいた爽香は、再度ドン引きしていた。
その時だった。
誰かの携帯電話の着信音が鳴り響いた。
結構大きい。やだなあ。鑑賞ルールのわからない人がいる。ゲネプロに招待される人でそんな人がいるなんて。それも今奈美穂の見せ場なのに。
私はプリプリしていた。
それも、その着信音の主は、あろうことか電源を切るどころか、席を立ってどこかへ消えてしまった。
なんだろう。緊急の用事だったんだろうか。
まあそんな迷惑客なんかどうでもいい、と私は再度舞台に集中した。
しかし、ふと観客席数人がソワソワしだしている。
そして、数人が席を立って行ってしまったのだ。
どうして?何で?
多分ライブと同じなら、舞台からは観客席はよく見える。
奈美穂には、自分の見せ場でお客さんが立って行ったのがよく見えるずだ。
ショックを受けていないだろうか。
私は心配になって舞台の奈美穂を見つめる。
アイドルライブの時だってこんなとこはよくあった。それくらいではいくらメンタルの弱い奈美穂でも慣れているはずだけと、それでもやっぱ心配である。
「大丈夫だよ、奈美穂なら」
私は小さく奈美穂に呼びかける。
ここにファンがいるから。ファンがいれば、私達はなんとか出来るから。そうでしょう。
ふと、舞台上の奈美穂と目があった気がした。
そして、奈美穂は歌いながら私に向かってウインクしてみせた。
もちろん、あとから聞いたら、別に特別私に向かってウインクしたわけじゃなかったみたいだけど。
〜〜
「休業中の大物女優戸川瑠佑、大物ハリウッド俳優エリック・フォードと電撃結婚だって。今日これから記者会見みたい」
ミュージカルの第1幕が終わっての休憩中、爽香がスマホを見ながら言った。
「これだよ、多分さっきのケータイおっさん。あと途中で席立った人達も、こっちに呼ばれて行ったんだ。あの席マスコミ用席だったし」
「でもさ、ゲネプロとはいえ、途中で席立つのってありなの?失礼じゃない?」
事情はわかったけど、なんだか解せない。
「まあ、それくらいマスコミも人材不足なんだろう」
突然話に割って入ってきた人がいて、振り向くと社長だった。
私達は慌てて立ち上がる。
「いいよいいよ座ってて。いやあ、まあ戸川瑠佑とエリックフォードじゃ仕方ない仕方ない……と言いたいところだけど、こちらはしっかりと立ち去ったマスコミの社名は覚えたからね。絶対にそんなところにはうちの俳優達が電撃結婚しても独占取材とかはさせないようにしてやる」
ニコニコと大人げない言い方をする社長に、私達は少し笑った。
「社長、うちの奈美穂どうでしたか?」
「全然、まだまだだね」
バッサリと社長は切る。おお、さすが厳しい……。
「基礎は練習したんだな、とは思うがまだまだだ。場数を踏んでいけばもう少しなんとかなるとは思うが……。あと、優秀な舞台に強い先輩でもできればなぁ」
「奈美穂、川越アズサさんの弟子みたいになってるんですよ。事務所を越えた師弟関係みたいに」
私は慌てて言った。
つい、先日の雪名さんの話が頭をよぎる。
「事務所を越えた、ねえ」
意味ありげに社長は頷いた。
「そろそろ第2幕始まるね。それじゃあ」
社長はそう言って、行ってしまった。
「さすが社長は甘くないね」
爽香が感心したように呟いた。
第2幕が始まった。
私は第1幕ではほとんど奈美穂しか気にしていなかったが、社長に言われて冷静に舞台を見てみれば、やっぱり他のベテラン勢と比べてしまうと、奈美穂の未熟さがわかってしまう。それでも見苦しくない、ちゃんとアズサさん達について行ってるよ、と思えてしまうのは、やっぱり私が甘いからだろうか。
グループ内で仲良しなあなあでやっていけないでしょ。と前にアズサさんが言っていたのを思い出して、私はちょっとブルーになってしまった。
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