第111話 舞台裏
ミュージカルゲネプロ当日。私と爽香は出番前に差し入れを渡そうと、舞台裏へ軽く挨拶に行く。
色々バタバタしているようで、奈美穂が見当たらない。奈美穂どころかアズサさんも見当たらない。
出演者のひとり、池田和文さんがいたので、彼に声をかけて差し入れを渡した。
「おう、わざわざありがとうね。あ、そう言えば君たちの事務所の社長さんらしい人もさっき挨拶に来てたよ。あの実業家っぽい人。奈美穂を激励という名のプレッシャー与えて去って行ったよ」
少しおもしろがりながら池田さんは言う。
噂をしていたら、本番の衣装に着替えた奈美穂がアズサさんと一緒に向こうからやってきた。
「ったく、プレッシャー感じてんじゃないわよ、ミュージカル新人のくせに。あんたアイドルなんでしょ。ライブだと思って楽にやんなさいよ」
「ライブ前もよく胃痛になってます……」
「どんだけ紙メンタルよ。今日はまだ本番じゃないゲネプロなんだから、気楽にしてなさい」
アズサさんが辛辣ながらも慰めるように言っている。
池田さんがおもしろそうな顔をしながら、アズサさんと奈美穂の間に割って入ってきた。
「いや、ゲネプロっていってもミュージカル関係者とかマスコミ入ってるからね。ある意味本番よりも本番らしく、絶対にミスできないよ!」
池田さんの言葉に、奈美穂は青くなった。
「そう言えば今日のゲネプロには結構有名な監督も招待してたよな。もしミスったらもう舞台の仕事は……」
そこまで言ったところで、池田さんはアズサさんに勢いよく台本で頭を殴られた。
「おい、冗談だろ。本気で叩くなよ」
「私の舞台の出演者のメンタル潰すような奴はメタメタにするよ」
アズサさんは口角は上げているものの、笑っていない目で言い放った。
「あら」
ふと、アズサさんは私と爽香に気づいたようで、慌ててニッコリと笑った。
「来てくれてありがとう。あーそんで、前はなんか酔っ払って変な空気にしてごめんね」
「い、いえ!大丈夫です。こちらこそ……」
うちの雪名さんと社長がなんかすみません、と言いそうになり、よく考えたら私が偉そうにそんな事言う筋合いでもないな、と思い直して続きはモゴモゴさせた。
「とにかく、今日は楽しんで行ってね」
「ありがとうございます」
私達は頭を下げる。
奈美穂も私達の顔を見てホッとしたように言った。
「よかった。二人の顔見たらなんだか少し緊張が、ほぐれていくような気がします」
「社長の顔じゃ緊張ほぐれなかった?」
爽香が茶化すように言うと、奈美穂は口を尖らせた。
「いやぁ……だって社長生で見るのとかあんまり機会無いじゃないですか。それに妙にアズサさんにもうちの若人をよろしく、みたいに話かけるし……」
「そうね、よろしくされたわね」
アズサさんの表情からはどうも感情は読めない。何をよろしくされたのか、気になるけど、聞くわけにもいかない。
「じゃあ客席から応援してるね」
そう言って、私と奈美穂は舞台裏を後にした。
観客席の方へ向かうと、見覚えのあるチャラそうな実業家風の男が見えた。
社長だ。
「ねえ、やっぱりちゃんと挨拶したほうがいいよね」
「そりゃそうでしょ。赤坂さんからも、社長に会ったらキッチリ媚売ってきなさいって言われてるし」
私達は社長に近寄った。
しかし私達が声をかけるまえに、あちらから満面の笑みで寄ってきた。
「お、Lip‐ステップのお二人だね。最近活躍は聞いているよ。好葉と爽香だよね」
「覚えてて頂いてるんですか!ありがとうございます!」
個人名を当てられて、私達は少し興奮した。
「そりゃそうだよ。有望な子たちは覚えてるからね」
「奈美穂もですか」
「もちろんだよ。ココだけの話、これからうちの事務所、舞台に力を入れていこうと思っててね。若手にいくつか舞台のオーディション受けさせたのに、名のある役貰えたのは奈美穂だけでね」
小声で社長が囁く。
――雪名さんから聞いた話と同じだ。
私はちょっとドキリとした。
ということは、やっぱりあの脅迫状の件はマジなのか。
私のドキドキには一切気づかずに、
「そうでしょう、うちの奈美穂すごいでしょう」
と爽香はマネージャー面してうなづいていた。
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