第109話 脅迫罪

 雪名さんは、カバンをあさり、一通の手紙を取り出した。

「これが私に送られてきた脅迫状。まあこれと全く同じ内容で川越に送ったみたいね。ほんと、犯罪よねー。それに、川越も今日私と話をして色々察したと思うけど」


 そこには、『お前の変態性をバラされたくなかったら今の仕事を降りろ』と書いてある文章があった。

 私はドン引きした。


「え、これ本当に社長やったんですか?脅迫で捕まるやつじゃないですか」


「多分そうだと思うわ。馬鹿みたいでしょう。ていうか、知らないの?うちの事務所、結構エグいのよ」


「ええ……知りたくなかったです」


 私はぼやきながらも手紙を見つめた。ふと、ある違和感を感じた。


「あの、アズサさんって、昔他の人に意地悪して、事務所クビになったことを脅迫されてたんじゃないですか?変態性っておかしくないですか……?」


「他の人いじめてたってた件なんて、私は一言も言ってないけと」


 雪名さんはけろりと言った。


「え?じゃあ……」


「絶対に秘密にするのよ」

 雪名さんはそう言うと、私の耳に口を寄せた。

「あくまでも噂話。もうやってないけど、アズサ、昔ちょっと偉い人に枕営業してたって噂」


「ひえっ!」

 私はおもわず口を抑えた。


 この世界にいればよく耳にする噂。あの子はあのプロデューサーと寝ただとか、スポンサーのパーティーでなんやらやらされたとか。

 でもあくまでも噂話だった。


「ほ、本当なんですか?」


「知らないわよ。でも、本人はその噂がある事を知ってるし、その噂を広げないように頑張ってるはずよ」

 雪名さんはそう言うと、少しアンニュイな表情になった。


「……やっぱり、雪名さんアズサさんのこと大事に思ってるんじゃないですか?」

 私はふと言う。お友達とか思っていないって言ってたけど、事務所も違うアズサさんの事をよく知っているし、何より、この世界は利用し利用されるのが当たり前とか言いながらも、自分は人に利用されるのが嫌いな雪名さんが、素直に社長の望むように利用されているのは……。


「雪名さん自体も、アズサさんにうちの事務所来てもらいたいんじゃないですか?」


 私の言葉に、雪名さんは顔をそらした。


「正直、今アズサのいる事務所は、他のとこと比べて、いわゆる枕営業の噂が多いし、脅迫罪ブチかます馬鹿な社長だけど、こっちに来たほうがいいんじゃないかしら、とは思うことはあったわ。

 今、奈美穂の事も大事にしてくれるし。それに」


 少し雪名さんは顔が赤くなって酔っ払っているようだった。


「また私に意地悪してくれればいいなって思って」


「……うん?」


 ちょっと予想外の方向で、私はポカンとした。


「別に、川越の足は大きいし、あんまり好みじゃ無いわ。でも、また私が川越の少し上を行って、川越が嫉妬してくれれば、また意地悪で踏んでくれるかしらってちょっとだけワクワクしただけで……。そのためには同じ事務所の方が合う機会も増えるし……」


「……拗れてる……」

 私のドン引きした顔を、どう勘違いしたのか、雪名さんは開き直ったように言った。


「いい?これは浮気じゃないわよ。ただの、芸能界でのあわよくばの夢というか」


 芸能界での夢は、もっとカッコイイ夢を抱いてほしいな。私はそう思いながら黙って食事をすすめた。


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