第103話 性悪女
その後、奈美穂のミュージカルの話題は出なくなった。
奈美穂も別に機嫌が悪い様子もないし、赤坂さんからも何も聞かない。
きっとうまくいってるのだろう、と思っていた。
「いや、めちゃめちゃボロクソ言われてるよ、ねえ奈美穂」
ある日のライブ終わり。
ライブハウスの小さい楽屋で、ふと、奈美穂にミュージカルの様子を聞くと、奈美穂の代わりに赤坂さんがそう答えた。
「まあ監督も厳しい人みたいだから仕方ないけどね。でも潰れてないし、奈美穂も成長したんじゃない?」
「そうですね。成長した、んでしょうか」
奈美穂がはにかみながら頷いた。
「そう、かあ」
ボロクソ言われても、ちゃんと一人で対処出来てるんだ。何だか本当に、奈美穂が一人立ちしているようで、私はセンチメンタルな気分になっていた。
「それにしても、奈美穂、すっごく川越アズサさんに懐いててね。家にも行ったりして教えてもらってるらしいの」
「えー、いいなぁ」
爽香が口をとがらせてハマってくる。
「好葉には花実さんがいるし、奈美穂には川越さんがいて……。私も色々教えてくれる素敵なお姉様が欲しいよう」
爽香がジタバタと言う。
奈美穂は苦笑いしながら言った。
「そんなんじゃないですよ。前に二人が練習を見に来たときからずいぶんと気にかけてもらえるようになったんです。メンバーに心配かけちゃだめだよってことなんだと思います」
「いいよぅ、心配かけてもー」
私は慌てて言う。
その時、トントン、と楽屋のドアがノックされた。
「奈美穂、来ちゃった」
「アズサさん!」
奈美穂がパッと顔を輝かせた。
「見に来てくれたんですか!言ってくれればいい席用意したのに!」
「いいのよ。いい席はファンに取っておいてあげて」
アズサさんはそう言いながら、差し入れらしい飲み物を渡した。
「可愛いライブだったよ。みんな仲良いのがすっごく分かるよ。今どきこんなほのぼのグループいないよね」
「えへへ。私達、全然ギスギスしないよね」
爽香はそう言って照れてみせた。
「……褒め言葉じゃないけど」
ボソリ、とアズサさんが何か言った気がした。
気の所為だろうか。
「あ、このジュース、とってもさっぱりしてオススメ。良かったらみんなで飲んで」
そう言われて、みんなでアズサさんから貰ったジュースの蓋を開ける。手が滑ってちょっと衣装が濡れた。
「ちょっと、好葉落ち着いてよー」
「ごめんなさいー。ちょっと私トイレ行ってきます」
手を洗いに私は楽屋を出た。
ハンカチを濡らして衣装を拭いていると、後ろに人影が現れた。
アズサさんだ。
「えーっと、牧村さん、よね?あなたがグループのリーダー?」
「あ、えっと、リーダーってわけじゃ無いけど、一番年上なのでなんかまとめたりはしてます」
「そう」
アズサさんはちょっと真面目な顔をした。
「余計なお世話かもしれないけどね。奈美穂を見てても思ったんだけど、ちょっと、なあなあだと思うわよ」
「な、なあなあ?」
急に言われて私はぽかんとする。
「芸能界での仕事は仲良しグループじゃやっていけないわよ。お互いにお互いに負けたくないって気持ちで、嫉妬・やっかみが成長につながったりもするじゃない。あなた、リーダーならちょっと厳しくしたほうがいいわよ」
突然のダメ出しに、私はダメージを受ける。
確かにそれはちょっとあるかもしれない。私達はすぐにお互いを甘やかすクセがついているのは自覚している。
アズサさんは続けている。
「奈美穂なんか、上手くいってるメンバーに嫉妬しちゃったって自己嫌悪するのよ。そんな優しすぎるメンタルだからだめなんだと思うわ」
え?何なの?
正論っぽいけど。でも。
え?急に何なの?
奈美穂は頑張ってる。
「だ、だめじゃないです。奈美穂は」
私はつい、そう言った。
「確かに、嫉妬とかは負けん気になるっていうか、向上心につながると思います。でも、嫉妬でだめになるよりはいいじゃないですか。人を蹴落としたり、意地悪しちゃったりするより。アズサさんだって昔……」
ヤバい、つい漏れた発言に、私は思わず自分の口を抑えた。
「なあに?私が昔?」
アズサさんが笑っていない目でこちらを見てくる。
「いや、違うんです……」
私はぷるぷると震えながら後退る。
そんな私をにらみながら、苦々しい口調でアズサさんが叫んだ。
「やっぱり、私の過去話を吹聴してやがったのね、あの性悪女!!脅迫の手紙送って来たのもきっとあの変態女だわ!」
「き、脅迫?」
思いがけない言葉に、私はポカンとした。
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